シリコンバレーが学ぶ、中国ユニコーン企業たちの「正体」

2018/8/27

シリコンバレーの「焦燥」

もうシリコンバレーは、世界でもっとも多くのユニコーン企業を生みだす、テクノロジーの「聖地」ではないのかもしれない。
2018年5月下旬、米サンフランシスコ市内。一流のベンチャー投資家がテクノロジーの未来を語り合うイベントでは、そんなシリコンバレーの雰囲気を象徴する出来事が起きていた。
「中国は、AIと自動運転の分野で大きな革新を起こそうとしています。3年〜5年後、中国はシリコンバレーを追い抜いてしまうのでは?」
壇上にあがったセコイア・キャピタルのパートナー、マイク・ヴァーナルが、そのように賛否を問いかけたのだ。すると壇上に集まっていた投資家5人のうち、4人が瞬時に「YES」と答えたのだ。
卓球のラケットを掲げ賛否を表明する。緑は賛成、赤は不賛成を表し、壇上のVCから一斉に賛成の票が入った
そして会場に集まっていた観客たちも、この問いかけに対してボタン型のスイッチを押して投票した。すると全体の72%の人が、やはり「YES」と答えたのだ。
なぜ彼らは、「YES」と答えたのだろうか。なぜ中国に対して強い危機感を持っているのだろうか。
セコイアの創業者は、草創期のアップルに投資したことで知られ、その後もグーグルやリンクトイン、ユーチューブ、ワッツアップといった世界的ベンチャーを掘り当ててきた名門だ。
そして「ユニコーン」(時価総額10億ドル以上の未上場企業)という言葉も、このシリコンバレーのVCが発明したものだ。実際にこの地域はUberやAirbnb、スペースX、スラック、23andMeなど無数のユニコーン企業を生み出してきた。
ところが、そんなシリコンバレーをはるかに超えるスピードで、より多くのユニコーン企業を生みだすようになっているのが中国なのだ。
シリコンバレーの起業家より猛烈に働く点でも中国が一歩先を行っているとも言われる(写真:Ryan Pyle via Getty Images)
かつて先進国のコピーという印象があった中国企業が、14億人の巨大市場を追い風に、新サービスを続々と生んでいる。そして人工知能や自動運転などの投資金額は、すでに米国を抜かしたのだ。
「今となってはフェイスブックが、中国のメッセージアプリの『WeChat』をお手本にして、未来のサービスを考えているんだよ」(マイク・ヴァーナル)
テクノロジーの世界の「幻獣」として、富と名誉をもたらすユニコーンたちは、今やその多くが中国を駆け回るようになっているのだ。

大量の「隠れユニコーン」

米調査会社のCB Insightsによると、世界には合計261社のユニコーン企業がある。
そのうち米国生まれのユニコーン企業121社に対して、中国のユニコーン企業は76社だ。しかし欧米メディアや調査会社が補足していない中国ユニコーンはかなり多いと言われており、すでに米国をしのぐ191社という調査結果もある。
つまり中国には、隠れユニコーンがまだまだいるというのだ。
「米ドル建てのオフショア投資だけでは、把握できないユニコーンがあります。中国メディアやデータベースでは公になっている企業もあります」と、上海で投資コンサルティング会社を営んでいる板谷俊輔氏は語る。
そんな中国のユニコーンたちは、徐々に新しいサービスや技術を世界に輸出しようとしているのだ。
NewsPicks編集部は今回、日本人の多くが知らない中国ユニコーン企業のサービス、技術、ビジネスモデルを徹底取材。シリコンバレーの住人たちも必死で学んでいる、最先端の現場をレポートする。
第1話は、中国でもトップクラスの影響力をもつユニコーン企業たちを理解できる「ユニコーン図鑑」をお届けする。
その代表格はニュースアプリ「今日頭条(トウティアオ)」、出前口コミサービス「美団点評(メイトゥアン)」、配車サービス「滴滴出行」の3社だ。どれも毎日億単位のユーザーを抱えており、ケタ違いのスケールを見せている。
その他にも、人工知能や電気自動車、フィンテックなど、日本人の多くが知らない中国ユニコーンたちの素顔や仕組みを、豊富なグラフィックをつかって解説する。
第2話は、アップル創業者のスティーブ・ジョブズや、アマゾン創業者のジェフ・ベゾスに勝るとも劣らない、個性あふれる中国の「起業家ヒーロー」たちの人生を紹介する。
ゴールドマン・サックスで年収4億円という高給を捨て、チベットの旅行で号泣をした後に、新しいモビリティサービスに挑んだ女性起業家。はたまた完璧主義者ゆえに、ほとんどの仲間を失いながら、世界的なドローン企業を築いた男など、どの物語もドラマチックだ。
第3話は、シリコンバレーきっての「中国通」として有名なトップ投資家に、世界最大のユニコーン市場の舞台裏を解説してもらった。
1990年代にITの基礎を築いたバイドゥ、アリババ、テンセント。2000年代に入り新しい時代の若者により作られたユニコーン企業には、主に3つの勝因の秘密があるという。
いまや中国ユニコーンは「モテ期」であり、有名投資家や大手企業であっても、良い投資先は奪い合いが続いている。その成り立ちも語ってくれた。
第4話は、巨人アリババが作る「未来型スーパー」の舞台裏に迫る。
スーパーのアプリから新鮮な伊勢海老をオーダーすると、30分以内に自宅配送される。支払いは顔認証を使って数秒で完了する。こんな体験が中国ではもう当たり前になりつつある。
世界中から視察者が訪れる、ニューリテール(新小売り)の世界。
このインフラを支えているのがAIを含むデータ解析技術だ。中国の最先端システムをそっくり日本のスーパーに移植すると、私たちの生活はどう変わるのか。徹底取材した。
第5話は、アリババの子会社にして、世界最大のユニコーン「アントフィナンシャル」が開発する信用格付けシステムを解き明かす。
個人の支払い能力、学歴などをもとに弾き出す「芝麻信用(セサミ・クレジット)」のスコアが社会的な影響力を持ちつつある。
結婚相手を見つける際にこの指標がチェックされ、スコアの高い男性がモテるというから、男性は心中穏やかではない。都市伝説か、それとも現実か。NewsPicksが直当たりで検証した。
第7話は、中国のインターネット産業やベンチャー動向を追いかけ続けている、メルペイの家田昇悟氏のインタビューを掲載する。
第8話は、時価総額8兆円でありながら、謎に包まれた大型ユニコーン企業を追う。
メイクアップやダンスなどの15秒動画を作成し、ユーザーと共有する「Tik Tok(ティクトック)」。米国、日本の若い世代からも大きな支持を集め、利用者は1億5000万人を超える。
このサービスを提供するのが中国の「バイトダンス」だ。来年にもIPOすると囁かれる巨大ユニコーン企業の正体とは。関係者の証言を追った。
中国が、これからテクノロジーの進化を見ていく上で外せないピースであることは誰も疑いはないだろう。しかし、「新しい中国」を理解するには、我々の情報を大幅にアップデートする必要があることも確かだ。
今回の特集が、躍動する中国の理解を深める一助となれば幸いだ。
(執筆:洪由姫、編集:後藤直義、デザイン:九喜洋介)