SIerとして長く受託開発型ビジネスをしてきたTIS。経営の方針として受託開発からサービス化への転換を謳っており、まさに今、変革の渦が起きている。その渦中で、AIを活用したサービス化に向けて様々な苦悩に直面している事業部がある。TIS社でAIサービスの事業化を推進するキーマン・織田村明雄氏にその苦悩と描く未来を聞いた。

危機感の中から生まれたAIサービス事業

―まずは、織田村さんが在籍されていますAIサービス事業部の成り立ちをお聞かせください。
私たちはこれまで、アカウント中心の受託開発をメインに、多くのエンタープライズ企業からの信頼を集めてきました。ところが、そのブランドイメージが新たなチャレンジの足かせになることもあります。TISの場合には「受託開発中心のSIer」というイメージがあるかと思いますが、2026年に向けたグループビジョンでは「サービス化へのシフト」を強く打出し、これまでのイメージからの脱却を図ろうと考えています。
会社としてSI事業中心の人月ビジネスを進めていくことに大きな危機意識があり、SIerとしての強みを最大限に活かしながら、サービス分野に参入するための新たなビジネスのシーズを見つける必要がありました。
TISは2002年「基盤技術センター」を設立し、2011年にビックデータ活用の一環としてAIに着目を始め、「戦略技術センター」と組織名を変えて、所謂、R&D部門として、FinTechやIoT、AIなど、近年のトレンドとなっている様々な新技術を幅広く研究してきました。SIerがこういったラボ機能を持って、最先端技術の研究に取り組むという話は、それほど珍しい発想ではありません。
しかし、私たちの「戦略技術センター」は、その名の通り、単なる研究機関としてだけ存在しているわけではありません。あくまで“事業化”という出口を求め、“私たちの研究をいかに世の中の役に立つものにするか?”というテーマで、大学などと連携しながら戦略的に考え、世の中の流れを見据えながらチャンスをうかがっていたという経緯があります。
織田村 明雄 TIS株式会社 サービス事業統括本部 AIサービス事業部 AIサービス企画開発部副部長
大学卒業後、1997年に当時の株式会社東洋情報システムに入社。以来、10年に渡り、公共事業関連のシステム構築に携わってきた。その後、製造業メーカーの与信管理をはじめ、購買・販売・物流・アフターサービスなど多くの基幹システム構築に従事。2017年4月に設立したAIサービス事業部にジョインし、サービス企画開発に従事。
そして、今、世の中にAI活用の機運が生まれ、取引のあるナショナルクライアントの開発案件にも影響を及ぼすようになり、それら企業からTISに“自然言語処理技術や音声技術を取り入れて、家電をコントロールしたい”などというご依頼が舞い込んでくるようになってきています。
そこで「戦略技術センター」のメンバーが、これまで蓄積してきた知見・ノウハウを活かして開発を進めるという話となり、そのアカウント担当として私がアサインされました。そもそも「戦略技術センター」としては、AIの事業化のチャンスを伺っていたわけですから、自分たちの研究成果が社会実装できる時代の到来を捉え、その出口としてAIサービス事業部を設立、私もメンバーの一人として参画し、企画側の仕事を任されることになりました。
―織田村さんには、当時、会社からどのような期待が寄せられていたとお考えですか?
前例がない中でゼロから考えるという事だと思います。
入社当時は、顧客に適したパッケージなどのプロダクトも少なく、顧客の要求事項を整理して、それを実現するシステムをゼロから作りあげるスクラッチ開発が中心でした。当然、ネットワーク、サーバ等のハードウェア、OS、ミドルウェアからアプリケーションまで全てを自ら考える必要がありました。
また、これまで様々な業界/業種において、異なる業務や新たなITを使ってシステム構築するという経験をしてきたこともあり、新しいことへのチャレンジにはまったく抵抗はなかったですね。
―AIサービス事業部ではまず、どのようなサービスを考えていたのですか。
2017年12月にサービスローンチした業務チャットボットプラットフォーム『DialogPlay(ダイアログ・プレイ)』は、私たちがはじめて提供するサービスとなりました。単にFAQに対応するボットを作るためのプラットフォームではなく、企業内、企業間での情報格差を吸収できるのではないかという仮説を置いて取り組んできました。
そのため、一問一答のFAQだけでなく、ヒアリング対話、シナリオ対話を重視し、業務担当者が容易にチャットボットを作れるようにしています。
例えば、販売代理店とメーカーの関係性を思い浮かべてください。メーカーに製品情報はたくさん集まっていますが、代理店はそれに比べてその情報量が少なく、情報理解度が低くなるため、説明書に書いてあるにもかかわらず、どうしても頻繁に問い合わせをしてしまいます。情報を持っている人はたくさん持っているけれど、それを知らない人から何度も聞かれるという不均衡が生じています。
社内においても同じような現象が起きています。事務処理の方法がわからなければ、100人の社員が1人の庶務担当者に問い合わせます。聞かれるほうは100回、同じことを聞かれてしまう…。
このような情報量と頻度の格差を、チャットボットに応えさせることで埋めていこうと考えました。こうしたAIをベースとしたテキストボットは、ECサイトにおける問い合わせやレコメンドを対象として、いわゆる“C向け”によく活用されていますが、私たちはBtoB領域において、業務効率改善のための活用をご提案しています。

トライ&エラーを繰り返してたどり着いた場所

―サービス化にあたってご苦労された点も多々あったのではないかと思うのですが。
そうですね。そもそもAIサービス事業部ではこれまでサービスを提供したことがなかったわけですから、すべてゼロから始めるしかありませんでした。どうやってサービスを届けるのか?という基本的な話から、人月ビジネスの受託開発中心の会社の仕組みの中で、サービスを売るための仕組みをどう構築するのか?など。それらをひとつずつ考えていきました。
そして、ある程度形が出来てからは、自分たちが作ったサービスをTISのアカウント向けに提供していこうと考えましたが、これがなかなかうまくいかない。冒頭に述べたように、TISのクライアントにとってのイメージは“信頼のできるSIer”ですから、“こういう新しい分野もやっているの?“ベンチャーやスタートアップの領域じゃないの?”という業界内の定説をなかなか拭い去ることができませんでした。
そこで今度はAIサービス事業部で売っていこうと考えたのですが、マーケティングとプロモーションの費用をどれだけ割けるか?という壁に直面します。TISは、すでに企業規模も大きくなっており、中途半端なプロモーションではサービスビジネスというブランド価値をあげることができません。もちろん、自ら販売チャネルを構築するのもハードルが高いものでした。
そこで私たちは、販売チャネルをたくさん持つITディストリビューターやITサポート企業とのアライアンスを考え、今はそこを中心に進めています。
私たちは、これまでもオラクルやSAPなど大手ベンダーとのアライアンスを組んで、システムをインテグレートしてお客様に提供してきましたから、そういった風土がしっかり根付いているということでしょう。
だったらと、もう一歩踏み込んで考えました。そういった特性を生かして、ベンチャーやスタートアップとアライアンスを組んで、お互いのサービスをインテグレートすることで、新しい価値を提供していけるのではないかと。自分たちで全てやるのではなく、人の役に立つものを作る時に、必要なサービスをインテグレーションした方がより早く、よい良いものを提供できる。そこから“サービス・インテグレーター”という構想が生まれました
―サービス・インテグレーターという切り口は興味深いですね。どのような内容となるのでしょうか。
TISの業務対話プラットフォーム「DialogPlay」を例にとると、「顧客対話」というサービス基盤の形成です。これは、TISと技術に尖りのあるベンチャー3社の各サービスをインテグレーションするものです。
顧客サポート向けチャットボット・チャットツールを開発するモビルス社とのサービス連携により、業務担当者が自ら容易にメンテナンス可能なチャットボットを作れ、運用できるようになります。また、スマートスピーカー「Fairy I/O Tumbler」を開発するベンチャー企業・Fairy Devices社とは、音声対話の実現のためにサービス連携しており、さらに、コールセンターに必要なCTI機能をクラウドサービスとして提供するコムデザイン社とは、電話による音声対話の実現に向けて検討しています。各々の分野に強みを持つベンチャー・スタートアップとアライアンスを組み、一体となって、サービスをインテグレートして提供します。
各社のサービスをインテグレーションすることで、サービスが有機的につながり、電話、スマートスピーカー、スマホ、PCなどの様々なデバイス、テキストと音声でのコミュニケーション、そして、「有人×ボット」を組み合わせたハイブリッドなサービスの提供を可能とし、顧客に新たな価値を提供できると考えています。
逆にTISは、SIerとして、システム導入後のサポート業務において膨大なノウハウの蓄積があります。ベンチャーが提供するサービスを、TISがインテグレーションすることで、お互いにWIN-WINになりますし、TISのサービスの価値がさらに向上するのは明らかです。SIerとしての経験を強みとしてサービスの中に活かすことができる最適解が見つかった気がします。
ここに至るまで、それこそ半年スパンでアプローチを変えてきました。ビジネススタイルの変換という動きの中で、規模の大きなトライ&エラーを繰り返しながら、すばやく方向を転換。今年度になってようやく、ひとつの方向性が見え、一気に舵をきって進めています。
―大きなトライアンドエラーも容認しながら進めていく…すごく懐の大きな会社ですね。
TISが全社的に覚悟を決め、サービス化の推進に注力していることの表れといえるでしょう。これまでのアカウントビジネスでは、それぞれの部門がしっかり組織内部をマネジメントしていました。ところがサービスの事業化に向けては柔軟な動きが求められますから、それぞれにビジネスオーナーを決め、それぞれの判断で横断的に活動してビジネスを進めていこうと、組織風土そのものを急激かつ大胆に変革しようとしています。

会社自体を大きく変えていく動き

―織田村さんは、このビジネスをどこまでもっていきたいとお考えですか?
これまでは、“アカウントありき”の会社だったので、せっかくソリューションを作っても、数十単位で利用されるにすぎませんでした。しかしサービスとなれば桁が違います。数千、あるいは数万のユーザーが利用することになります。ベンチャーにとってはごく当たり前のことなのかしれませんが、伝統があって規模が大きなSIerであるTISが、大きく方向転換しながらそこにたどり着くのは、それほど簡単なことではありません。そこを目指すということは、すなわち会社そのものを大きく変えるということと同義です。
私たちが構築して提供しようと考えている「顧客対話基盤」サービスの可能性は、無限にあると思っています。私たちには企業の基幹システムに対する知見がありますから、例えば、基幹システムとの連携、ビジネスソフトとの連携も容易です。「ワークスタイル変革」など単に在宅勤務ということではなく、より簡単に、すぐに、音声やテキストのメッセージで仕事ができる環境づくりも可能です。
サービスそのものの進化も必要です。常に先端技術や新しいベンチャー・サービスの動向をみつつ、ブラッシュアップを図っていきます。Googleやアマゾンのような汎用的サービスの作り込みでは投資体力的に勝つことは難しいため、TISは尖ったサービスを提供するベンチャーとのアライアンスを組みながら、スピード感をもって進めていきます。今年の4月にAI技術に特化したコーポレートベンチャーキャピタル(AI-CVC)を立ち上げたのもそのためです。コンセプトベースで光るものをお持ちのベンチャーを支援して協業していくのは、AI業界そのものの底上げにもなります。今回は対話ボットのお話しをしましたが、画像解析、機械学習、自然言語、ロボティクスなど様々なサービスの種を作っています。
ここまで紆余曲折があったものの、TISが持っているいくつもの強みを生かすことができる環境も整いつつあり、武器になるパーツが揃い始めました。元々、インテグレーションの実行力を持っているTISに「今」不足しているのはビジネスやサービスの企画力や発想力だと考えています。
ビジネスやサービスのアイデアを持っている方には、是非ともTISの事業に参画していただきたいと思っています。それはAI分野に限ったことではありません。アイデアはあるけれど、現在の環境では、それをカタチにできない、前に進められないという方にジョインしていただき、そのアイデアを一緒に実現していければと思います。
(インタビュー・文:伊藤秋廣[エーアイプロダクション]、写真:岡部敏明、バナーデザイン:kanako kato)