ニューヨークの高級物件が3分の1

アーカンソー州リトルロックにある地方銀行のオザーク銀行が最大の賭けをしているのは、アメリカで最も価格水準が高いニューヨークの不動産市場。同行建設部門が融資している物件の3分の1がニューヨークの不動産だ。
チェルシーのホテルやクイーンズのアパート、パークアベニューの豪華なコンドミニアム、パーク・ロウの54階建てのタワーマンションなど、融資した物件は数十件もある。マンハッタンの10番街では、中国の不動産会社のニューヨーク支店が開発する7階建てコンドミニアムに、1億800万ドルを貸し付けている。
以前はさびれた一角だったが、今は新築タワーマンションが立ち並ぶクイーンズ地区のロングアイランドシティでも、壁一面の芸術的な落書きで有名だったファイブ・ポインツという倉庫の跡地に、数棟のビルを建設するプロジェクトに総計3億ドルを融資している。
急速に高級化が進むブルックリンでは、ドナルド・トランプ大統領の娘婿ジャレッド・クシュナーの家族が経営するクシュナー社を含む数社に、ダンボ駐車場の購入費として1億4700万ドルを貸しつけた。
この土地の購入に協力したCIMグループは、戸数732の中庭つきの21階建てタワーマンションの敷地に転用する予定だ。
オザーク銀行は、そのすぐそばに建設される別の住宅用高層ビルのプロジェクトにも、1億ドルを融資している。建築予定を告知する開発業者の立て看板には「もっと金持ちのアホがもうすぐやってくる」と落書きされていた。

39年目の驚くべき成功と懸念

今年5月、ジョージ・グリーソンCEOはマンハッタンのミッドタウンにあるレストラン、イル・ティネロでパーティーを開催した。
壁にかけられたルノワールの名画「舟遊びをする人々の昼食」の下で、グリーソンはニューヨーク支店長リッチ・スミスやオザーク銀行の役員を務めるボブ・イースト、リトルロックの友人および役員(最近雇われたソニーの法務部長キャサリーン・フランクリン、ナイトキャピタルグループで市場ストラテジストを務めていたピーター・ケニー)に囲まれていた。隣のテーブルにはたまたま著名な投資家カール・アイカーンがいた。
顧客に会うためにマンハッタンを訪れていたグリーソンはその日、役員たちと筆者を夕食に招いた。オザーク銀行が全米刻んだ足跡だけでなく、企業としてジェンダーやビジネス経験における多様性に富むところを示すつもりだったのだろう。
ケニーは役員間のきわめて知的で活発な議論の応酬について語った。話がダーダネルや『トゥルー・グリット』におよぶと、イーストは「あれはジョージそのものだ」と茶化した。
グリーソンは39年目の驚異的な成功の第3幕を楽しんでいたはずだった。しかし、2016年5月にマディー・ウォーターズのブロックが提起した、オザーク銀行の成長が持続不可能だろうという懸念は消え去らなかった。
「君たちマスコミは、われわれの仕事を理解していない」と、グリーソンは嘆いた。「だから、ばかげた見出しや記事を作る羽目になる」
なかでも腹に据えかねていたのは、2017年7月にダン・トーマスが不動産専門グループ(RESG)を離れたことについて説明させられたことだ。
トーマスは当時、オザーク銀行の最高貸付責任者であり、同行の資産が100億ドルを超えた後の規制の厳しさについて文句を言っていたと、役員のビル・コフォードは言う。「成長があまりにも速いというだけの理由で、厳しい監視の対象になっていると感じているようだった」
トーマスは競争相手であるオテラ・キャピタ社の顧問になった(グリーソンは「彼の幸運を祈っている。わが部門は彼を失ったことをまったく残念に思わない」と述べた。トーマスによれば、オザーク銀行を離れた理由は「銀行が成長したがゆえに要求された追加の監査や規制に基づくストレステストのせいではない」)。

不動産ブーム終了後も生き残れるか

グリーソンを悩ませたのは、メディアだけではなかった。世界有数の金融持株会社ユービーエスAGのアナリスト、ブロック・バンダーブレットは今年3月にオザーク銀行の株価に「売り」の評価を付け、低金利政策が終われば打撃を受ける可能性が高いと発言した。
連邦準備理事会(FRB)は今年2回金利を引き上げており、今後さらに2回の利上げを予告している。バンダーブレットは金利が上昇するにつれて、オザーク銀行が預金者に払う利息と、借り手から徴収する利息の差が縮小すると予測している。
また、開発プロジェクトが高額化すれば、銀行が貸出額を現在のように大幅に増やし続けることは困難になるだろう。「今や融資の仕組みが逆転しはじめた」と、彼は言う。
融資関連文書を精査することなく、どのプロジェクトに破綻の可能性があるかを見極めるのは難しいが、景気拡大期の終わりをうかがわせる兆候は現れ始めている。
コンサルタントのジャック・マッケーブによると、マイアミでは一部の開発業者は買い手を求めて、通常は3%の仲介手数料の4倍の額をブローカーに提示している。
「市況は12年前の状態に戻ろうとしている」と、フロリダ州で2006年にバブルの発生を警告したマッケーブは語る。「近い将来、着工するコンドミニアムに融資している貸し手にはトラブルが待っている」
不動産情報のコンド・ヴァルチャーズ社によれば、ターンベリー・オーシャンクラブの建設が進行しているサニーアイルズ・ビーチでは、3月末の時点で通常なら6カ月分の完成在庫が30カ月分に達している(グリーソンによると、オザーク銀行が貸し付けをフロリダ州の11件のコンドミニアム建設資金のうち9件は、すでに返済に十分な売り上げを達成しており、買い手はすでにかなりの手付を支払い済みだ)。
ニューヨークの好況も、沈静化の兆しをみせている。マンハッタンの平均的なマンション価格は不動産ブームで200万ドル以上に押し上げられた後、2017年4月から1年間で8%以上減少した。
不動産会社シティリアルティの新規物件の調査によれば、平方フィートあたり2000ドルの未売却分譲マンションの戸数は、2015年から2017年の間に5倍以上の4362戸に増えた。
信用格付け会社フィッチ・レーティングスは、1月にホテルの不良債権が増加すると警告し、ニューヨークを含む7つの都市では客室の供給過剰が料金を押し下げる可能性があると述べた。
「これからいくつか問題が起きるとは思う」と、スターウッド・ホテル&リゾートの創設者で、不動産投資会社スターウッド・プロパティ・トラストを経営するバリー・スターンリヒトは言う。「最初にそれが現れるは、おそらくニューヨーク・シティだ」
とはいっても、こうした問題にオザーク銀行が関与しているというわけではないと彼は念をおした。彼はいくつかのプロジェクトでオザークと協力関係にあり、「きわめて優良な貸し手だ」と評した。

リスクある投資にも安全を確保

マンハッタンでの夕食の話に戻ろう。
グリーソンはノートから破り取った紙に、オザーク銀行からの金の流れと、リスクを最小限に抑えるための複数の段階を四角と矢印のダイアグラムで描いた。
銀行にとって、建設ローンはバランスシート上最もリスクの高い融資だ。当初は収入を生み出さず、建設費が予算を超過したり、物件が売れないという危険が常につきまとう。
そのような投機的事業は通常、数カ所から融資を受けており、カスケード状に充当の順番が決まっている。オザーク銀行の融資は、1番目の最もリスクの低い部分にあたり、不動産先取特権で保証されている。
また安全対策として、開発業者に最初に自己資金を拠出させている。2017年末の規制当局への報告書によれば、オザーク銀行の融資はたいていの場合、100ドルの支出に対して49ドル分だけで、残りの51ドル分は開発業者が自ら捻出していた。
グリーソンに言わせれば、オザーク銀行が大恐慌による株価下落幅以上の不動産価格の急落に耐えるためには、これで十分だ。「失敗することは、ほぼありえない」
確かにグリーソンが描いたダイアグラムは、投資の安全性を保証しているように見えた。
だが銀行という文字の上に、もうひとつの四角がある。そこに入るのはメザニンといわれる財務的に不安定な中小企業向けの融資だ。スターンリヒトの会社のようなファンドが手掛けることが多く、メザニンによる融資は場合によっては、開発業者が出す51ドルのうち、25ドル分を占める。
それは住宅購入の際に、頭金のかなりの部分を祖父母に出してらうようなものだ。この金はエクイティとしてプロジェクトに利用される。開発業者はさらに追加融資(一般的に約12%、対オザークでは6%程度)も受ける。オザーク銀行の不動産融資の3分の1は、このパターンだ。
心配する必要はないと、グリーソンは言った。他の貸し手には不動産先取特権がない。それに、他の貸し手が金を出した後で、オザークが金を貸し出す仕組みになっているからだ。

規制の緩和が追い風、世界を相手に

オザークはいくつもの法的な保証で身を守っているが、一部の保証は「ティッシュペーバ並みの薄さ」かもしれない。それはグリーソンも認めたが、こう付け加えた。「でも、非常に強度の高いティッシュペーパーだ」
不動産コンサルタント、メイドストーン・アドバイザース社のマーク・エレットソンによれば、このような法的保証はこれまで、貸し手の役に立たなかったという。プロジェクトが失敗するときは、損害が大きくなりやすい。失敗をカバーするだけの資金力がある開発業者は損切りをして、次に進む。
先取特権のある銀行は担保権を行使できるが、対象となる建物は未完成だ。紙の上では、未完成でも建物には融資額以上の価値がある。だが売却となると、破格の安値でなければ売れないかもしれない。「ものごとはうまくいかないこともあるし、間違いも起きる。貸し手は無傷ではいられない」と、彼は言う。
金融規制改革法(ドット・フランク法)の改正案にトランプが署名し、金融危機をきっかけに制定された規制の一部が緩和されるため、規制当局はこのようなパターンの失敗を防ぐ権限を持たなくなる。
改正前には資産規模100億ドルから1000億ドルの銀行も、米経済への深刻な打撃に銀行が対応する能力を備えているかどうかを確認する健全性審査(ストレステスト)を義務付けられていたが、今回の法改正で対象から外された。
政府によるテストは、商業用不動産価格が40%低下した場合にバランスシートがどのような影響を受けるかを評価するといった内容だが、グリーソンは独自に、より具体的なストレステストを実施すると言う。
この改正法では、変動制の高い商業用不動産ローンの定義も変更されたため、積極的に手掛ける銀行が増える可能性もある。
オザーク銀行はまもなく新しい名前で再出発する。「バンクOZK」(オザークではなくオウ・ズィー・ケイと発音する)へのブランド変更には、2500万ドルが費やされた。
まもなく、小切手帳や支店の看板、数千ページにわたる融資契約書に表示されるこの名前は、グリーソン自身が思いついた。「若々しく、技術指向の、グローバルな響きだ」と、彼は言う。つまり、アーカンソー州オザークで生まれた銀行は、世界を相手にするほどの進化を遂げたのだ。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Peter Robison記者、翻訳:栗原紀子、写真:©2018 Bloomberg L.P)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.