【中竹竜二×岩政大樹】組織を成長させる「ゴール設定法」

2018/8/22
元サッカー日本代表で現在は東京ユナイテッドで選手兼コーチの岩政大樹氏が、スポーツチームのコーチやビジネスパーソンがリーダーとして学ぶべきことを各界の専門家に聞く新連載がスタート。第1回は2010年から日本ラグビーフットボール協会でコーチングディレクターとしてコーチの育成を担う中竹竜二氏との対談をお届けする。

この練習のゴールは何ですか?

岩政 中竹さんは日本ラグビー協会の初代コーチングディレクターに就任した際、前例がないなか、どこから手をつけていったのですか。
中竹 私が就任した当時、今と比べてラグビー日本代表は選手、指導者から憧れられているわけではありませんでした。自分の所属チームと試合が重なると招集を断ったり、合宿に行かなかったり、指導者自身が代表を下に見ている感じで、選手も代表に対してモチベーションが上がらない状況でした。
そんな環境下でコーチングディレクターに就任し、ラグビー協会から「とにかく子どもからトップレベルまで、どこの地域に行っても一貫指導をできる体制を早くつくってほしい」という依頼で、あとはお任せ状態でした。これは私にはちょっと難しいなと。当時、私はまだ36歳という年齢でしたしね。
岩政 僕が今36歳なので、ちょうどその年齢です。
中竹 私が対峙する相手は指導歴20〜30年の重鎮の人たちなので、これはトップダウンで進めることはできないと思いました。だからボトムアップというか、自らが足を運び全国を回りますというやり方でしました。
当たり前ですけど、私のように若く、そしてキャリアの浅い人間が突然やって来て、「こうやれ」と言うことは難しい。さらに「日本ラグビー協会から来ました」というだけで「お前たちは……」とすぐに説教が始まるのは予想もついたので、絶対トップダウンではできないなと。
そうかといってこちらが何も言わなければ言わなかったで、「何をやってほしいんだ?」っていう逆の攻撃もあるのも容易に予想がつきました。
中竹竜二/日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクター
 1973年福岡県生まれ。2006年早稲田大学ラグビー部の監督に就任し、2007年度から大学選手権2連覇。2010年日本ラグビー協会コーチングディレクターに就任。株式会社「チームボックス」の代表取締役として企業のリーダー育成も行っている
そういうジレンマの中で、「初めに仕組み化を進めるのに一番いいカテゴリーはどこか?」と考えたとき、高校生世代が思い浮かびました。花園という高校野球の甲子園みたいなものがあり、地域の高体連(高等学校体育連盟)があって、それぞれに大会があり、合宿もある。体制的に一番整備されているんですね。
その頃は北海道、東北など地域ごとに9ブロックに分けられていて、そのうちの1つで仕組みをつくってしまおうと。いきなりトップリーグや大学の仕組みをいじるより、ユースという大事なところを先に押さえる。最初は高校生の指導者と仕組みをどれだけ変えるかに専念しました。
その中で高校3年生の場合、花園での勝負もかかっているし、学校経営にも関わるところです。だから、一番いいのは16歳と17歳。それぞれのブロック代表だなと思いました。ブロック代表にはU17、つまり高校2年生世代の大会があります。そこに向けた3カ月を全部こっちである程度の一貫指導に持っていけば、変わると思いました。
大会までの3カ月の間に9ブロックを全部回り、合宿をしました。ブロック代表の合宿には選手が100〜200人来ていて、指導者が20〜30人いて、そこで普通に練習をやって、試合をして、セレクションをして終わり。いくらいい練習をしていても、ゴールが定まっていないんです。何となく練習をして、それで終わっている。
私はそこに介入し、「この練習のゴールは何ですか?」と指導者たちに聞いていきました。すると答えられないんです。成果を出している重鎮たちに練習の細かいゴールを聞いても、答えられない。練習を振り返ってもらっても、いい振り返りができない。だからまずは、練習の振り返りを徹底的にやることから始めました。
とはいえ、練習のゴールの決め方、準備の仕方、そして振り返り方を徹底的にやると、1日の振り返りが3〜4時間かかるんですね。今まで練習後に指導者たちがお酒を飲んでいた時間が全部、振り返りの時間になりました。
フラフラになりながら夜中の12時、1時、2時までかかって振り返り、朝6時に起きて練習をやり、と繰り返す中でコーチたちに文句を言われることも多かったですが、練習が変わっていき、子どもたちが変わっていくんです。2年ぐらい文句を言われましたけど、文句を言っていた人たちが成果を感じてくれて、「これはやらなきゃ」と言われるようになって、基盤が一つできました。

チェックリストで練習改善

岩政 ゴールを決めると、どういうところが変わっていきましたか。
中竹 無駄がなくなりますよね。サッカーもそうでしょうけど、グラウンドのどこで何をやるのか。その日の練習は何個の練習があり、道具をどう使うか。
例えば30人の選手がいたときに、1人がたった3回しかやらないドリルを1カ所でやっても、10回に1回しか回らないじゃないですか。その辺りをチェックリストにし、効率よくやれたか、選手が主体的にやれたか、楽しんでいるか、成功率がちゃんと50-50になるかなど、こっちで完全に定義しました。
岩政 奇抜なことをやるというより、基本的なことをしっかり準備できているかを見ていくのですね。
岩政大樹(いわまさ・だいき)/東京ユナイテッド選手兼コーチ
 1982年山口県生まれ。東京学芸大学を経て2004年鹿島アントラーズに入団。2007年にはJリーグのベストイレブンに選ばれた。翌年日本代表に初招集。2014年タイのBECテロサーサナに移籍。2015年からファジアーノ岡山で2年間プレーし、2017年東京ユナイテッドに選手兼コーチとして加入
中竹 内容ではなく、練習そのものに対するチェックリストですね。指導者に対して「こういう練習をやらせてください」とは、一つも言いませんでした。
振り返りのときに、「メンバーを半分に分けて回転数を多くしたほうが、選手としても良くないですか」「コーチはなんでここに立っているんですか。見えにくくないですか」とチェックリストでやっていくと、普段当たり前にやっていることが劇的に変わっていきます。
岩政 サッカーも今、指導のやり方が過渡期に来ています。よく「日本らしいサッカーはどうなんだ?」という議論が起こっていますが、システムやスタイルは指導者がそれぞれ決めればいいと思います。
ただ、いわゆる町クラブの人たちも含めて、日本全体の指導のベーシックな部分のところが一貫されるべきではないかと。ベースとなるものを定めて、そこのチェックリストみたいなものがあれば、そこから先は指導者が自分でつくっても、日本人らしいサッカーにまとまると思います。
「一貫する」と言うと、「サッカーのスタイルを決めなきゃ」とか、「こういうやり方をしよう」となりがちだけど、そこに話がいくとまた違うような気がして。中竹さんがおっしゃったようなことは、「サッカーでもできないのかな?」ってよく思っているところでした。
僕も今のチームで練習をやっているんですけど、自分なりに準備して、振り返るじゃないですか。その中でうまくいったなと思うときもあれば、そうではないときもあります。指導しているとき、準備と振り返りのどの部分に気を付ければいいですか。
中竹 準備の段階でゴールを明確にできるか、ですね。「この1時間の練習で、練習のゴールとしては選手をこうしたい」とか、「そのゴールに向かってどれだけ近づいた」とか。
ゴールがないと、振り返る意味がないと思うんです。ゴールがない中で、良かった、悪かったって振り返っても、たぶん本質的には間違っているので。「今日、この練習はたまたまうまくいった」のではなく、本当にそっちに向かっていったのか。
よくあるのが、例えば今日の練習のゴールは「ディフェンスを強化して、フォーメーションをチェックしたかった」で、ディフェンス練習をしたら、たまたまみんなアタックが良くなること。けれど、あたかもアタックの強化を狙ったかのように捉えて、「今日、いい練習だった」とするのは全然良くない。
振り返りのときに、「自分としては狙った練習ができなくて、ゴールとしては全然ダメだったけれども、たまたま副産物としていい結果が出た。次はこれを意図的にデザインし、この練習をやります」だったらいいわけです。ここを混同しながら全部ポジティブに置き換えるのは良くありません。
そもそも準備がダメだったから、ゴールもブレていくわけです。準備って何かというと、ゴールを決めることと、ゴールに向かってデザインされた練習になっているかということ。そう考えると、当たり前ですけど、練習の前に絶対ミーティングをやったほうがいいです。
岩政 選手たちとですか。
中竹 はい。コーチともです。なぜかと言うと、練習中にいきなり練習の説明をすると、時間の無駄が生まれるじゃないですか。
「今日はこの練習があり、その次はこの練習がある。途中の移動も大変だ。練習の強弱はこう付けている。だから、ここではこれに集中しよう」と、全部をその場で言ったら大きなロスなんですよね。
ミーティングで全部言っても絶対に忘れるので、先に言っておいて、「ミーティングで言ったと思うけど、もう1回言うね」だったらまだいいですけど、その場で全部説明するのは意味がない。逆にあえて練習の意図を伝えずにやる練習が、いいケースもあります。
それが本当にデザインされて、意図的に言わずにやって、みんなをチェックすることが目的の練習だったらいいんですけど、そうでないなら説明は事前にあったほうがいい。だから、ミーティングは5分でもやったほうがいいです。

学ぶ姿勢で信頼関係構築

岩政 全国を回りながらそうした指導をしていくなかで、指導者の方はどう変わっていきましたか。
中竹 コーチのミーティングとか、グラウンド上で結構突っ込んで言わないといけないので、すごく嫌なことを質問するんですよ。みんなが尊敬している人たちに、「ゴールあります? ないですよね。今、適当に言っていますよね」って。「そういう意味では残念ながら、ダメな練習なんですよ」って言わないといけない。だから、向こうはカチンときているわけです。
これを何もなしに次の日になると敵意しかないので、私の本当の勝負はミーティングが終わった後、夜中の2時ぐらいから指導者の方々と、とことん飲みます。フラフラになって朝を迎えて練習をやるんですけど、そこもこっちの情熱ですよね。
そうすると、最初は意外に手ごわいなと思っていた重鎮の人たちが、一緒に飲んでいる途中、「お前、いいことやっているな」みたいな感じになっていきました。やっぱり“飲みニケーション”って大事だなと。
結局、正しいことを言うときこそ情熱を持って、「あなたを傷つけに来たわけではなくて、現場を良くしようとしています。皆さんの本当の力を引き出すために来ているので、私も嫌な思いをしていますよ」って、はっきり言うんです。それをグラウンドではない、いわゆる“飲みニケーション”の場でちゃんとやりました。
私はコーチングディレクターに就任した当初、全国をほぼ4〜5人で回っていましたが、協会側として一緒に参加してくれたコーチには「“飲みニケーション”の場が勝負だから。疲れていても、人生の先輩からこっちも学ぶ姿勢にならないと、信頼関係がつかめないよ」って徹底的に言いました。そういうことをできないコーチたちは、残念ながら信頼関係を築けなかったりしますよね。
意外だったのは、若手の指導者がもっとこっちに寄ってくれると思ったら、必ずしもそうではありませんでした。後からわかったことですけど、若いほうがプライドとぶつかり合います。意外と、同世代やちょっと上の人たちのほうがそうではない。若い指導者に厳しいことを言うと、ずっと根に持っていたり、そっぽを向いたりされたのはちょっと誤算でしたね。
岩政 逆に言うと、重鎮まで行かれた方たちこそ、オープンなのでしょうね。
中竹 一見怖そうでも、実は情熱をちゃんと理解してくれるんだなと。そういういい驚きもありました。あれからもう8年ぐらい経っていますけど、重鎮の方々はいまだに一番信頼できる人たちです。
*明日に続きます。
(構成:中島大輔、撮影:TOBI)