VCからの投資がプレッシャーに

ネットで消費者に直接プロダクトを売り込むDTC(Direct to Consumer)企業の強みを生かすカギは、顧客獲得コストと顧客生涯価値(顧客が長期的にもたらす利益)のバランスを取ることだ。その方法は主に2つある。
しょっちゅう買わない高額商品(295ドルのスーツケースや1000ドルのマットレス)を扱うDTC企業の場合は、1回の取引の利益率を上げること。付属品や新しいラインを発表して、顧客が戻ってくるようにする工夫も必要だ。
価格が安い商品(ひげ剃り、歯ブラシ、靴下など)を扱うDTC企業は、何度も買ってもらうために顧客を囲い込む必要がある。多くのDTC企業がサブスクリプションモデルを採用しているのはそのためだ。
ただ問題は、顧客獲得コストも顧客生涯価値も予測が難しいことだと、コムキャスト・ベンチャーズのパートナーであるダニエル・グラーティは指摘する。
「立ち上げたばかりの会社の顧客維持率は、予測できないものだ。それなのに多くのスタートアップは、顧客の反復購入率を楽観視しすぎる傾向がある」
多くの場合、こうしたスタートアップはVCから巨額の資金を調達しており、それをマーケティングに注ぎ込もうとする。
VCがスピーディーな成長を求めるからだと、アウトドアグッズDTC企業のコトパクシ(Cotopaxi)の共同創業者デーヴィス・スミス(ペンシルベニア大学ウォートンスクール2011年生)は言う。
「ハムスターの回し車に乗っている気分だ。そうでないスタートアップはごくわずかだろう」

マーケティングに資金を費やした結果

思うような結果が出ないと、スタートアップはますます多くの資金をマーケティングにつぎ込もうとする。
地下鉄の広告や屋外広告、ダイレクトメール、ポッドキャスト、それにテレビやラジオのスポット広告──。
フェイスブックやグーグルを使うことで不要になったはずの伝統的な広告媒体(高くつくうえに、ターゲットを絞ったり、広告の効果を把握することもできない)に手を出すようになる。
「人にモノを買ってもらうためのコストを過小評価していた」と、スティーブン・クール(ウォートンスクール2017年卒)は語る。
彼が同窓生のカビア・チョプラと立ち上げたソファのDTC企業バロウ(Burrow)は、1年のうちにソファの価格を795ドルから850ドルへ、さらには950ドル、そしてついには1095ドルに引き上げざるをえなくなった。
「価格はなるべく安くしたいと思いがちだが、いざ商売を始めると『しまった、これじゃ続かない。もっと利益を増やさないと』となる」

改めて見直せされる実店舗の魅力

多くのDTCスタートアップは、あることに気づきつつある。顧客獲得単価がデジタル企業の家賃だというなら、本物の家賃を払えばいいじゃないか──。
マンハッタンのソーホー地区に行くと、その「気づき」を目にすることができる。半径1.5キロのエリアに、12のDTCブランドの実店舗が集まっているのだ。
スーツケースのアウェイ、スニーカーのオールバーズ(Allbirds)、男性シャツのアンタキット(UNTUCKit)、カジュアル衣料のエバーレーン(Everlane)、男性用スーツのインドチノ(INDOCHINO)、エクササイズウエアのアウトドアボイス(Outdoor Voices)、男性用カジュアルウエアのボノボ(Bonobos)、もちろんワービーパーカーもある。
こうしたリアル店舗は、フェイスブックとハムスターの回し車の代わりになっている。つまりこれは、極めて効果的な顧客獲得戦略となっている。
たとえば、アウェイはニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコ、オースティンと、全米で最もハイエンドな4つの街に実店舗を開いた。
ソーホーの店は本社のすぐ近くにあり、エスプレッソバーを併設している。店内にはミレニアム世代が好きそうなエキゾチックな写真集が置かれ、商品であるスーツケースは白い台座に飾られている。そのインテリアは一瞬、ブティックホテルのロビーに足を踏み入れたのかと思うほどだ。
アウェイの創業者たちは当初、実店舗を出すなんてありえないと思っていた。ところが、あるときポップアップストアを出してみたところ、「私たちの仮説はひっくり返された」と、CEOのステフ・コリーは言う。
「『ウェブサイトを見たけど、3キロってどのくらいかの重さかなと思って。ああ、これなら本当に軽い。それじゃ緑色のをいただくわ』という人が、次から次へとやってきた」
こうしてアウェイは、実店舗を1つずつオープンした。すると新しい店を開くたびに、その地域のオンラインストアの売り上げも増えることがわかった。「(実店舗は)効果抜群の屋外広告のようだ」と、コリーは語る。
だが、DTC企業が創業当初から実店舗を視野に入れるのは危険だと、ある投資家は言う。
「ネットでうまくいっているなら、なぜわざわざ店を出すのか。オンラインストアのまま、時間をかけてスケール化したらいいじゃないか。PRのために1〜2店舗開くならわかるが、莫大なコストをかけて大量の店を出す意味がわからない」
ワービーパーカーは、そんな「大量の店」を出したDTC企業だ。現在、全米に66店舗ある。
だが、ワービーパーカーの店舗がもたらすのはPR効果だけではない。手軽な価格のアイウエアを気軽に買えるようになったため、メガネをイヤリングのように毎日着け替える人が増えたのだ。おかげで昨年、ワービーパーカーの実店舗の売り上げは、オンラインストアの売り上げを上回った。

「デジタルオンリーではなく、デジタルファーストである」

ワービーパーカーの成功に大きく貢献したPR会社デリスを経営するジェシー・デリスは、DTC企業は「デジタルオンリーではなく、デジタルファーストである」ことに気づきつつあると指摘する。
また、インターネットを使って伝統的な市場参入障壁を回避する一方で、ひとたび市場に参入すると、従来型に近いビジネスを展開するようになるという。
ひげ剃りDTC企業のハリーズは今、ディスカウントストア大手のターゲットでも商品を売っている。ターゲットはある意味で、DTC企業が排除するべき中間業者の典型だ。そこに商品を降ろすということは、粗利のかなりの部分を小売店に持って行かれるだけでなく、顧客データから得られる情報も乏しくなる。
「純粋にスケール化のためだ」と、ウォートンスクールのデビッド・ベル教授は解説する。「オンラインでリーチできる消費者は限られている。世の中にはまだ実店舗でしか買い物をしない人が大勢いる。ハリーズがターゲットに商品を卸ろすようになったのは、この層にリーチするためだ」
ハリーズは今年2月、いわば現代版プロクター&ギャンブルを目指すべく、VCから新たに1億1200万ドルを調達し、薄毛予防DTC企業のヒムズ(Hims)やタンポンのDTC企業ローラ(Lola)に投資した。どちらもターゲットに並んでいる光景を容易に想像できる商品だ。
ファッションジュエリーDTCのボーブルバーは、さらに一歩踏み込んだ戦略をとっている。35ドルのタッセルイヤリングや45ドルのネックレスといったファッションジュエリーは、よく売れる(衝動買いされやすい)うえに利幅は90%にもなることから、小売店がぜひとも取り扱いたがる商品だ。
それならボーブルバーの潜在的な顧客に限定せず、欲しい人みんなに商品を提供すればいいではないか──。そうボーブルバーの経営陣は考えた。
そこでオンラインストアで直接販売すると同時に、よそのデザイナーや小売店にプライベートブランド商品やホワイトラベル商品としても提供を始めたのだ。いまやボーブルバーの売上高の半分は、こうした小売チャネルが占めるようになった。
ただし、ハリーズやブーブルバーのようなことができるDTC企業は一握りだ。「DTCブランドの90%は失敗するだろう」と、デリスは言う。「でも、(DTCでなくても)すべてのブランドの90%は失敗する。そういうものだ。だからそこに注目する必要はない」

失敗した9割のDTC企業の行方

フォアランナー・ベンチャーズのカースティン・グリーンは「VCが支援するべきではないのに、支援されているDTC企業は非常に多い」と語る。
多くの創業者は、非現実的な10億ドル企業を目指してすべてを危険にさらすよりも、VCからの調達資金を控えめに抑えて、堅実な手法でビジネスを構築し、最終的に企業価値5000万ドルとか7500万ドルとなった企業の株保有率を高めたほうがいいと、グリーンは言う。
たとえば、ミーアンディーズは2011年の設立以来、VCからの調達資金を1000万ドル程度に抑えてきた。経営は早い段階で黒字化し、現在の売上高は5000万ドルを超える。
「DTC企業を立ち上げた友達には、VCから莫大な資金を調達して、何がなんでも規模拡大を優先するのはやめたほうがいいと言っている」と、下着DTC企業ミーアンディーズCEOのブライアン・ラレザリアンは語る。
「確かに、会社の立ち上げ時には一定の資金が必要だが、黒字化を目指す段階でVCの資金に頼ると、持続不可能になる場合がある」
多くのDTCスタートアップは、すでにその運命をたどっている。では、デリスが言うように失敗した90%には何が起きるのか。ソファのDTC企業バロウやグレイコーク(Greycork)のように、会社をたたむところもあるだろう。同業他社が多い業界では合併するところもあるだろう。
ドラー・シェーブ・クラブは2016年、10億ドルという高値でユニリーバに身売りすることに成功した。
だが、多くのDTCはウォルマートに身売りしたボノボと同じ道をたどる可能性が高い。ボノボの身売り価格は3億1000万ドル。VCから1億2700万ドル以上を調達していたことを考えると、理想の結末とはとても言えないだろう。

イノベーションパイプラインの役割

このため新しい世代のDTC企業は小売革命を起こすというより、伝統的な企業に買収されてイノベーションパイプラインの役割を果たす可能性が高い。
「レガシー企業にとって、(DTC企業を買収するのは)新たな顧客基盤とマーケティング方法、そしてeコマースの実績を手に入れる安上がりな方法だ」と、あるDTC創業者は言う。
「VCにとっても、リスクなしで手堅く儲けるスマートな戦略だ。100万ドルの投資で、少なくとも500万ドルは儲かるのだから」と、別の創業者は言う。「よほどの失敗をしないかぎり、最低限の儲けはある」
DTCスタートアップのブランドメッセージ作りを10年近く手伝ってきたデリスも今、その波に乗ろうとしている。デリスのPR会社は最近、VC部門を立ち上げたのだ。投資対象にはDTCスタートアップも含まれる。
ウォートンスクールのベルも、DTCブランドの構築と投資を手がけるアイデア・ファーム(Idea Farm)をニューヨークに立ち上げた。顧問には、ワービーパーカーの共同創業者らDTCムーブメントの大物を迎え入れた。
アイデア・ファームは今、ウォートンスクールの2017年生が立ち上げたベビーカーDTC企業に助言するとともに、バス・トイレタリー商品のDTC企業を立ち上げた。
歯ブラシ「ブリッスル」を考案したウォートンスクールのジェームズ・マッキーンは、オーラルケア全般に進出することを決意。もう少し形になれば、アイデア・ファームが投資する可能性があると、ベルは言う。
「マウスウォッシュ、歯ぐきマッサージ、歯磨き粉など(オーラルケアに)必要なものすべてを扱う」とベルは言う。「すごく楽しいと思うよ」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Tom Foster/Editor-at-large, Inc.、翻訳:藤原朝子、写真:LightFieldStudios/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.