プラトンのエロスを解放する「恋愛アプリ」

2018/8/9

恋愛アプリ市場が急成長する背景にあるもの

恋愛アプリの市場が急成長しているという。たとえば、サイバーエージェントが運営する「タップル誕生」、あるいはネットマーケティングが運営する「Omiai」や「QooN」、エウレカが運営する「Pairs」などが人気のようだ。
その背景には、次の3つの要素があるように思われる。①テクノロジーの進化、②リアルでのコミュニケーション能力の劣化、そして何より③本能の解放である。
①のテクノロジーの進化というのは、単にSNSの使い勝手がよくなったという単純な話ではなく、様々な要素を組み合わせてマッチングする仕組みの進化や、細かいニーズに応えたり、逆に気楽にかつ手軽に使える工夫のことを指す。
さらに、セキュリティ対策の強化も重要な進化だ。オンラインで出会うというのは、いわゆる出会い系が犯罪の温床になってきたことから、女性には心理的抵抗があった。
ところが、最近のアプリはそのへんを厳格にチェックしているので、純粋に恋愛したいカップルの出会いの場となっているのである。

昔はもっと素直に愛を求めていた

②のリアルでのコミュニケーション能力の劣化というのは、ネット世代の若い人たちが、対面でのリアルなコミュニケーションを苦手としていることを指す。
こんなことを言うとすぐ、根拠がないなどと言われるが、ネットなんかなかった私の世代と比較すれば明らかだ。
あるいは、コミュニケーション能力が高く評価されるようになり、そのための本がたくさん出版され、大学でもコミュニケーション力を高めるための授業が開設され、コミュ障という言葉が喧伝(けんでん)される社会現象を指摘すれば十分だろう。
ネットとそれに接続する数々のデバイスは、対面でのコミュニケーション能力を弱体化しているといってよい。
だから「タップル誕生」のように細かく趣味などのマッチングをしてくれたり、「QooN」のように初デートのレストランまでマッチングしてもらえる機能がついていると、いちいちそれを聞き出す手間が省けるのだ。
③の本能の解放というのは、人間が持つ「愛の本能」が解放されるということだ。
人間は性別にかかわらず、誰かを愛するものだ。そういうふうにできている。なぜなら、誰一人として完璧な存在ではないからだ。
(写真:Vadym Petrochenko/iStock)
古代ギリシアの哲学者プラトンが指摘したように、人間は完璧なものを求める。その気持ちをエロスと呼んだ。だから愛を求めるのは、不完全な人間が完璧なものに憧れる本能のようなものなのだ。
だから昔はもっと素直に愛を求めていた。神話や歴史上の物語を見ればよくわかる。人間の歴史は愛を求める歴史だといっても過言ではない。ところが、その愛を求めるエロスなるエネルギーは、社会が複雑高度化するにしたがって弱体化していった。
なぜなら、そのエネルギーを他のことに振り向けないと生きていけなくなってきたからだ。恋愛ばかりしていては、勉強もできないし、仕事もできない。かくして人は恋愛する機会をどんどん失っていったのだ。当然それは、恋愛をする技術の喪失をも意味する。

問題は、マッチングの後に訪れる

忙しい現代人が恋愛から遠ざかるのはもっともな話なのだ。特に日本人のようなまじめな国民は。シングルが多いのも、晩婚化が進むのも、一つにはそうした恋愛技術の喪失が影響しているように思えてならない。
そこに救世主、いや恋のキューピッドのごとく現れたのが恋愛アプリにほかならない。つまり、テクノロジーのおかげでコミュニケーション能力の劣化がカバーされ、同時に本能が解放されたというわけだ。
エロスによって愛を求めるのは人間の本能だ。その本能を抑えつけていた現代社会の足かせを、テクノロジーは見事に粉砕することに成功した。コミュニケーション能力の劣化もちゃんとカバーしてくれるのだ。
その意味で、こうしたサービスが隆盛なのは当然といえる。もともと人間は愛を求めているのだから。問題は、マッチングの後だ。
愛は育み続けないと衰えてしまう。それにはリアルなコミュニケーション能力が求められる。はたして恋愛アプリで誕生したカップルたちは、その愛を育み続けることができるのだろうか。
おそらくそんなこと心配しなくても、愛を続けるためのアプリも早晩開発されるだろう。それとも、愛が続かないほうが恋愛マッチングのためのアプリがはやるから、あえてそのままにしておくかも!?
*本連載は毎週木曜日に掲載予定です。
(執筆:小川仁志 編集:奈良岡崇子 バナー写真:CarmenMurillo/iStock)