政府とは無縁、ハイテクなエコトピア

ピーター・ティールは海上国家の伝道者だった。このリバタリアンの大富豪はかつて、海上に人工島のネットワークをつくり、政府の統治とは無縁のハイテクなエコトピアを運営するという計画を支持し、出資していた。
今、ある注目のベンチャー企業が2021年までに最初の海上国家の運用を開始するという期限を設けて新たに資金調達を行っているが、ティールは出資者に含まれていない。
「ブルー・フロンティアズ」と名づけられたこのプロジェクトは2018年7月、人工島の居住権や投票権と引き換えにデジタルトークンを前売りし、140万ドルを調達した。ティールはこのトークンを購入しておらず、2014年以降、プロジェクトにかかわっていない。
プロジェクトの実行に必要な資金はまだ集まっておらず、政府の支援も得られていない。
ティールの意向を知るある人物によれば、ティールは当初のプロジェクトの立ち上げには慈善活動として寄付を行って協力したが、営利目的のプロジェクトは自立的でなければうまくいかないと考えているため、その後、身を引いたという。
ベンチャーキャピタリストでフェイスブックの役員も務めるティールは、推定33億ドルの資産を持つ。
ここ数年は、米大統領選挙におけるドナルド・トランプ陣営への参加や、あるゴシップブログを破綻に追い込んだ訴訟を秘密裏に支援したほか、大学を中退して会社や社会運動を立ち上げたいという人に奨学金を提供する「ティール・フェローシップ」など、多種多様な支援活動を行っている。
「逆張り投資家」を自認しているように、必ずしも自身の価値観を変わらず貫き通すわけではない。
トランプ陣営が選挙に勝利した後、ティールは政権移行チームの一員になったが、3カ月後、政権から距離を置くという決断を下した。機密情報であることを理由に匿名を希望した複数の関係者によれば、ティールはトランプ政権から少なくとも2つのポジションを提示されたが、すべて辞退したという。

自治権を持つ浮島の発案者は誰か

海上に自治権を持つ浮島をつくるというアイデアはもともと、2008年に政治理論家でソフトウェア技術者でもあるパトリ・フリードマンが思いついたものだ。
現在41歳のフリードマンは、ノーベル賞に輝いた経済学者でロナルド・レーガン元大統領の顧問も務めた故ミルトン・フリードマンの孫だ。
フリードマンはティールから出資を受け、海上都市に関する科学的・工学的な研究を行うためのNPO「シー・ステディング・インスティチュート(The Seasteading Institute:TSI)」を2008年に設立した。
その1年後、サンフランシスコで開催されたTSIの会合で、ティールは「シー・ステディング」、つまり海上入植地の利点を声高に宣伝した。「人々が自由を享受できる新たな空間を生み出してくれる数少ない最先端技術のひとつ」と評価し、自身に近い同僚や友人をTSIの理事に引き込んだ。
具体的には、成長企業に出資するティールのベンチャーファンド「ミスリル・キャピタル」(Mithril Capital)の役員2人、「ティール財団」から2人、そしてデータマイニング会社パランティア・テクノロジーズをティールと共同で立ち上げたペイパル出身のジョー・ロンズデールだ。
しかし、TSIの納税申告書を見る限り、ティールが理事を務めていたのは2011年までのようだ。同氏は2017年には、シー・ステディングの概念をあからさまに否定している。ティールは『ニューヨーク・タイムズ』紙の取材に対し、「工学的な観点から見れば、実現可能とは言い難い」と述べていた。
ほぼ時を同じくして、TSIは新組織ブルー・フロンティアズにバトンを渡した。TSIの研究成果を生かし、シー・ステディングのアイデアを実現するために立ち上げられた営利目的の組織だ。
石油リグのような海洋構造物を建設し、その上にレストランや別荘をつくる計画だが、石油のように大きな利益を生む収入源はない。
ブルー・フロンティアズ自身もティールと同様、少なくとも現時点では外洋に浮かぶ都市はコストがかかりすぎると判断している。フリードマンは現在、グーグルで働いている。

暗号通貨と所有権、居住権、駐在権

シンガポールに拠点を置くブルー・フロンティアズによれば、物資の供給や維持補修のコスト効率を上げるには、陸から近い場所に島を浮かべる必要があるという。
そこで2017年、条件に合う51カ国を特定し、フランス領ポリネシアの政府と予備的な合意に達した。しかし、テクノロジーによる植民地化を懸念する国民の圧力に負け、政府は契約を更新しなかった。
ブルー・フロンティアズのランディ・ヘンケン理事は、フランス領ポリネシアが最初のプロジェクトの候補地であることは変わっていないと述べている。年末までに工学設計を完了し、2019年6月までにプロトタイプの作成、波浪モデルのテスト、建設上の問題点の解決に取りかかる予定だ。
10余りの島にオフィスやレストラン、住宅をつくり、200~300人を入居させることが目標で、建設費用は1つの島につき500万ドルと見積もっている。
イニシャル・コイン・オファリング(ICO)による資金調達は7月14日で締め切られ、テッククランチの創業者マイケル・アーリントンをはじめ、5大陸の1000人以上がトークンを購入した。
「Varyon」と名づけられたトークンは、人気暗号通貨イーサリアムの一種だ(イーサリアムの開発には、ティール・フェローシップの奨学生もかかわっている)。
2017年にはいくつもの暗号通貨がICOを行い、40億ドル近くが投じられたが、注目を集めていた企業のいくつかがすぐに破綻し、投資家を失望させた。
中国ではICOは禁止になった。米証券取引委員会も警告を発し、偽のICOサイトを立ち上げるという悪ふざけまで行った。2018年に入ってからも、30億ドル以上が投じられているが、その大部分が1月に集中している。
ブルー・フロンティアズがこれまでに調達した資金は、プロジェクトの実行に必要な金額にはほど遠い。しかし、ヘンケン理事は満足している。今回はあくまで数を限定した前売りであり、現在のイーサリアムは底値に近いためだ。時期は未定だが、改めて公開ICOを実施し、さらにVaryonを販売する予定だという。
トークン所有者は、ブルー・フロンティアズによって建設された独立海上国家「シーゾーン(SeaZone)」における所有権や居住権、駐在権を主張できる。また、トークン所有者には投票権も与えられる。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Lizette Chapman記者、翻訳:米井香織/ガリレオ、写真:ekkawit998/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.