最先端AI研究者に改めて聞く。「人工神経」とは【後編】

2018/8/7
AIのリーディングカンパニーであるIBMの東京基礎研究所で、人工知能の中枢を担うニューラルネットワークの研究を進め、「ダイナミックボルツマンマシン(DyBM)」という独自のニューラルネットワークを開発した恐神貴行シニア・リサーチ・スタッフ・メンバー。AIの中枢と言えるニューラルネットワークとは何か。前回に引き続き「AIの中身」に迫る。
最先端AI研究者に改めて聞く。「人工神経」とは【前編】
──DyBMは具体的にどのような分野で活用することができるのでしょうか。
恐神 DyBMの特徴は、「時系列」と「リアルタイム性」。この二つが求められる環境で非常に効果を発揮します。たとえば、工場にある機械。機械は、使えば使うほど劣化していきますよね。そして、あるタイミングで不具合が生じて不良品を出してしまったり、止まってしまったりする。
 DyBMでは、この機械の動きを常時監視して、時系列データを蓄積し正常時のデータとリアルタイムで照らし合わせ、何かの異常が出た場合は警告を出し、トラブルを未然に防ぐようなことが可能になります。
 また、具体的な事例として、今年3月にプレスリリースも出しましたが、みずほフィナンシャルグループ、みずほ銀行とともに「市場予兆管理ツール」を新たに開発し、ここにもDyBMを活用しました。
 銀行は、長期金利の急騰リスクや株式市場の急落リスクの把握が重要な経営課題で、市場の急激な変化の予兆を的確に把握することは重要な意味を持ちます。
 この分野にDyBMを応用し、過去20年間の市況データなどを用いた複数の予測モデルを活用し、現在と類似度の高い過去日付(類似日)を抽出し、それぞれの類似日のその後の価格推移を用いて、将来の価格推移や変化(ボラティリティ)を予測する新たな予兆管理ツールを開発したんです。
 金融情報はまさに時系列とリアルタイム性が求められる分野ですからDyBMが大きく貢献できると思っており、今後もさまざまな活用事例が出てくると思います。
  そのほかには、自動車の分野でも活用価値は高いと思っています。
  車にセンサーをつければ大量の車両の状態や運転の状態に関わる情報を得られることになりますから、渋滞の緩和や事故の減少、自動車のトラブルの未然防止といった多角的なメリットが得られるはずです。
──DyBMの課題、つまり恐神さんが今後力を入れる研究分野はどのようなことですか。
 DyBMに限らないのですが、人の意思決定を支援するお手伝いをしたいと思っています。DyBMは応用範囲も広く、今後の中枢技術になっていくと感じていますから、まずはDyBMの性能を上げていかなければならないし、適用範囲を広げていかなければならないと思っています。人の意思決定の支援に関連するDyBM以外の新たな研究プロジェクトも進めていきます。
──具体的にはどのようなことでしょうか。
 複数人が集まった状態での意思決定支援が今とても力を入れている分野です。
 サッカーをイメージしてみてください。サッカーは相手チームより多く得点をあげることが目標のスポーツですよね。11人が敵をかわしながら、ボールを相手陣地に運んでいく。
 そのためには1人の行動だけではダメで、各自の動きが組み合わせって有機的に連動していなければならない。プレーヤ―は自然と仲間と相手の動きをみながら、得点をあげるために自分はどう動けばいいかを考えて動いているんです。
 私は、こうした動きを、人と同じようにできるようにするのではなく、人よりうまく計算機上で実現したいのです。「不確実性の高い問題」と同じように、人は協調するのがそれほどうまくないと思っていますから。
 簡単に言えば、サッカーゲームで人間に勝つようなイメージです。ゲームは、ビジネスで使うことはあまりできませんが、これをたとえば無人工場で複数のロボットが連動して動きながら、人を全く介さずに協調して動作するといったこともより精度を高めた状態で進められるようになるんです。
 かなり難易度は高いのですが、ここが全然今はできていないので長期にわたっての研究テーマとして取り組んで行くつもりです。
──そうなると、正確な答えを導き出すための精度を上げるということでしょうか。
 いや、そうとも言い切れません。
 ニューラルネットワークは学習に時間がかかる。特に、複数人での意思決定の文脈だと、試行錯誤を繰り返して学習を進めていきますが、人間レベルの意思決定ができるようになるまでに、現状では人間よりはるかに多くの試行錯誤を繰り返す必要があります。十分多く試行すると人間を超えるけど、それだと適用分野が限られる。
 どんなプロジェクトに使うか次第ですが、たとえば、人が数時間で学習できるものを、ニューラルネットワークであれば数日分の学習データが必要になる。精度を高めることと同時に少ない試行回数で、人間レベルまたは人間を超える意思決定ができるようにすることも極めて重要な改善点なんです。
 AIはいくつかの分野で人間をすでに超えていて、特に2つの分野ではそれが顕著です。
 一つは、人が扱うことができないほどの大量のデータから関係を見出して活用すること。一般に「機械学習」と言われている分野です。
 もう一つは、人が処理しきれないほどの多数の候補の中から良いものを見つけ出すこと。最初の話に戻りますが、これが大量の「計算」を必要とするような問題で、留学前に興味を持っていたのはこの分野でした。
 この2分野は人間より計算機のほうが得意です。ほかにも人間が苦手なことがあって、その例が不確実性の高い状況における意思決定や、他人と協調して全体最適な意思決定をするようなこと。その部分を支援するようなことをやっていきたいと思っています。
(取材・構成:木村剛士、撮影:森カズシゲ)
最先端AI研究者に改めて聞く。「人工神経」とは【前編】