企業課題の解決策のひとつとして世の中に流布する“オープンイノベーション”。最新テクノロジーや、それを提供するベンチャーと接触する段階で、ある種のジレンマを抱えている企業もあると聞く。その最前線では一体、何が起こっているのか?その打開策は?三菱UFJリサーチ&コンサルティングのイノベーション&インキュベーション室長である渡邉 藤晴氏に話を伺った。

企業が抱えるオープンイノベーションのジレンマ

――流行語のように「イノベーション」という言葉が世の中に溢れていますが、その実態が見えにくくなっているような気がします。一体、どういう状況にあるのでしょうか。
大手企業の中で、いわゆる“オープンイノベーションのジレンマ”が生じているように感じています。
オープンイノベーションが登場する以前の日本の大企業は、ご存じのように、自分たちの技術の進化の延長線上で成長を遂げてきました。ところが、近年はAIやIoT、ロボット技術などが代表するテクノロジーの著しい進化によって、企業が自力で対応できる範囲は狭まっています。
“What=何をやるか?”と”How=どうやるか?”を考える際に、これまでは企業が自分たちで“What”を決めることができていたのに、それすら自力で考えることが難しくなってしまった。それなら他力を使いましょうという流れで、オープンイノベーションの必要性がクローズアップされるようになりました。
渡邉 藤晴 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 イノベーション&インキュベーション室長 プリンシパル
大学卒業後、事業会社、監査法人系FASを経て外資系戦略コンサルティングファームへ。2013年より三菱UFJリサーチ&コンサルティングに参画。2017年4月に立ち上がったイノベーション&インキュベーション室長として、大企業向けに先進技術を活用した街づくりのコンセプト設計や官民連携を促す仕組み作りなど、幅広いテーマでコンサルティングを行っている。
そして「“What”をとりにいくにはオープンイノベーションが良い」という話になった瞬間、右にならえとばかりに、いきなりオープンイノベーションを起こそうとする流れが生まれてしまいました。例えば、“自分たちの事業×IoTでできること何かありませんか?”とか、“ベンチャーと組んでイノベーションを起こしましょう”といった具合です。
そうなると当然、様々な弊害が生まれます。例えば、出来上がったものが会社の戦略と合致しないとか、会社の仕組みや制度とベンチャーの風土が相容れないとか。大きな花火を打ち上げるようにロケットスタートした話が、いつの間にかどんどんシュリンクしてしまう。
もちろん、ベンチャーと組むこと自体が悪いわけではありません。いうなれば、大企業の組織風土にオープンイノベーションが根付いていなかったり、ベンチャーのスピード感についていけていなかったりするのが現状です。結局、ベンチャーと組む上での正しい準備ができていないということでしょう。
要するに、イノベーションの本質は“What”をとりにいくことなのですが、思考がともなわなければ意味がありません。知恵を出す前から、極端になんでもかんでもゼロイチで議論をしてしまうところに問題があるのです。

“コンサル×シンクタンク”だからできること

――それって、日本の大手企業の限界ということではないですか?もはや、新しいモノを生み出せないと…。
いえいえ、決してそんなことはありません。これはあくまで足踏みの段階というか、冒頭で述べたように、単なるジレンマです。ただ、いつまでも足踏みはしていられないので、私たちはそのジレンマからの脱却の後押しをしたいと思っています。
社内でイノベーション&インキュベーション室(以下、I&I室)を立ち上げたのには、そのような想いが根底にあります。正直申せば、当初は大企業戦略コンサルティングの強化というミッションに応じて、他のファームにはないコンサルティングメニューを開発しようと考えていました。
コンサルティング業務自体がもはやコモディティ化していて、単なる戦略コンサルティングでは対応できない場面が増えてきています。だから、R&D的な機能を持つI&I室でOSとなりうるベースを作り、新しいチャレンジがしたいという社員に、それが実現可能なインフラとして提供しようと思ったのです。
あくまで大企業戦略コンサルティングのメニュー作りから始まった取り組みではありましたが、実際にクライアントに提案していくと想定以上の反響がありました。シンクタンク機能とコンサルティング機能、さらに三菱UFJフィナンシャル・グループ(以下、MUFG)というケイパビリティがあるからこそ、クライアントが抱えるジレンマという壁を突破するお手伝いができると再認識しました。
先ほど申し上げた“What”を埋めるパートナーは、ベンチャーに限る必要はありません。卓越した技術力を持つ中堅・中小企業が良いかもしれませんし、M&Aという選択肢でも良い。三菱UFJ銀行を中心としたMUFGのネットワークを活用すれば、いずれのパターンでも提案が可能となります。また、ベンチャーと組んだことで生まれる弊害や、そもそも組織的な課題が障壁になってイノベーションが進まないのであれば、当社の組織人事コンサルタントや戦略・業務支援コンサルタントと連携して、組織風土そのものを変えていくこともできます。
さらに、オープンイノベーションを進めるうえでは、官と連携するシンクタンク機能も有効に活用できます。先端技術にまつわる情報は国の機関や行政の委員会に集約される傾向がありますから、最新の情報ソースにアプローチできるアドバンテージは大きい。シンクタンク機能を持たないコンサルティング会社では、当領域の有識者を探し出しインタビューをして、そこから得た情報から推測するしかありません。そこは大きな差異を生むポイントだと思います。
また、イノベーションを具体化し実現していくうえで法規制が障害になることもあります。そうしたときに官に働きかけて、“規制や法律を変えるにはどうしたらいいのだ”といった議論を始め、政策提言につなげることも可能になります。
民にも官にもつながり、戦略にも組織づくりにも対応できる総合的なコンサルティング・シンクタンク力を持つという私たちの強みを活かすことで、オープンイノベーションを単なるお題目や流行で終わらせることなく、確実に実行フェーズへともっていくことができると自負しています。

仮説の限界を知っているからこそ他力を活用する

――そういった御社の強みが顕著に表れている事例など、明かせる範囲で結構ですので、ご説明いただけますでしょうか。
そうですね。クライアントの戦略に関わる領域のため、少しぼかしながら説明します。あるメーカーさんから“自社のロボットにIoTを搭載したら何かできるか?”という、非常に抽象的な問いかけをいただいたことがありました。失敗しやすいパターンとしては、そのままオープンイノベーションのアクセラレーター・プログラムに乗せて、いきなり“What”をとりにいこうとすること。そこにジレンマの要因があったことは、先ほどご説明しました。そういう意味では正しいアプローチといいますか、いわゆる“生煮えの状態”から入ったプロジェクトでした。
まず私たちは仮説を立て、ソリューションを考え、どういったVCやベンチャーを集めるかなど、かなり具体的な戦略を立てていきました。しかしこのまま仮説を問うのでは従前の戦略策定と同じアプローチとなり、厳密な意味でのオープンイノベーションではありません。そこでもう一度その戦略を抽象化したうえで、多様なVCやベンチャーを集めてオープンイノベーションの仕組みを導入しました。そうすることで、私たちでは思いつかないような“What”が出てくるかもしれないと考えたのです。なお、弊社ではオープンイノベーションを創発させる機能・仕組み(=「LEAP OVER」)を内製化していて、プロジェクトはそのチームと協業して進めています。
――一度考えた戦略をわざわざ手前まで戻したのですか?なんだか、ものすごく潔いと申しますか…。
戦略コンサルタントが、自分たちがよく知らない領域で“What”を考え作り上げた仮説には、限界があると思っています。むしろ、ベンチャーや中小企業、専門家たちの知識の掛け算からシナジーが生まれると考えており、だからこそ私は、こうしてオープンイノベーションを推進しているのです。
もちろん、あまり広げ過ぎても収拾がつかなくなる可能性もあります。ある程度の戦略の範囲というか、クライアントがGoを出すだろうという現実レベルも見極めておきます。実現可能な範囲の枠を用意して、その中で最大限の爆発をさせる。そんな役割と自覚しています。
――コンサルの限界を自覚している方が、オープンイノベーションを用いて、日本の大手企業の限界を突破する、その風穴をあけようとされている。新しいコンサル像ですね。
私自身、従来型のコンサルタントとして未熟な部分があると自覚しているのかもしれません。知らない領域で仮説を立てるくらいだったら、他力を使って、どうレバレッジをかけるかという思考になります。私の根底には、“ビジネスは掛け算でやるもの”という考えがあって、そのスタイルがオープンイノベーションにマッチしているから、違和感なくワークできているのかなと思っています。

企業の成長を下支えするプラットフォームに

――すごく刺激的なお話でした。最後に、今後のI&I室が描くビジョンや渡邉さん個人としての想いをお聞かせいただけますか。
少し青臭いかもしれませんが、日本のために、社会のために働きたいという想いが私にはあります。それは、MUFGというバリューをベースに“コンサル×シンクタンク”というワークスタイルをもつ当社に入社したいと考えた理由のひとつでした。この会社であれば、それが実現できるのではないかと。
そしてI&I室を立ちあげ、グループのインフラ作りをしようと考えました。それが今、社会のインフラを作りたいという想いに拡大しています。
MUFGが企業の成長を下支えするプラットフォームになってほしいし、生活者が幸せに生きる環境づくりを手助けするエンジンであってほしい。I&I室がその中のコア機能としてありたいと思っています。
幸いにも、国の補佐役としてのシンクタンクという位置づけもありますし、一方の民間の補佐役という意味でいえば、MUFGがバンカーとして下支えをしています。理想の社会を作っていくという想いを絵空事では終わらせない立ち位置にあると思っています。
この壮大なビジョンを実現するには、心強い仲間の存在が不可欠です。私自身もそうですが、日本のためにとか、世の中を変えたいという、多少青臭いような想いを内に秘めている人材が活躍できる会社だと思います。そういった想いがおそらく、あらゆる限界を突破できるものと確信しています。熱い想いを持った皆さんの応募をお待ちしています。
(インタビュー・文:伊藤秋廣[エーアイプロダクション]、写真:岡部敏明)