「#1時間勤務」キャンペーンに秘めた日本における働き方改革の本質

2018/7/31
2020年の東京オリンピックの開会式と同日にあたる7月24日、今年で2回目の「テレワーク・デイ」が実施されたのをどのくらいの人が認知しているだろうか。

テレワークの実施・トライアルを推進する国民運動で、旗振り役は総務省を中心とした政府、そして東京都。今は、国を挙げての「働き方改革ブーム」。企業も率先して働き方を見直す動きが進んでいるが、その多くは「手段が目的化」している印象があり、本質を突いていないようにも感じられる。

そんな中、日本HPは、「#1時間勤務」と銘打った働き方をテーマにしたキャンペーンを実施し、働き方改革の議論に一石を投じた。仕掛け人は、パーソナルシステムズ・マーケティング部部長 甲斐博一氏。働き方を変えたくてもハードルが高い企業に対して、ノートPCを変えるだけで安全で効果的な働き方改革が可能と言う。働き方改革について同社が考えること、キャンペーンに込めた思い、そして独自のマーケティング術に迫る。

「ワークライフバランス」に留まらない本質の議論

──Twitterでハッシュタグ「#1時間勤務」が話題になりました。このキャンペーンを実施しようと考えた理由を教えてください。
甲斐:日本全体が「働き方改革」という潮流を躍起になって作っていますよね。過重労働対策やライフスタイルの見直し、生産性の向上など、さまざまな目的がありますが、この先重要になるのは雇用問題。2020年に向かって景気は上向いていきますが、その後は少子高齢化によって生産年齢人口が激減していき、何か手を打たなければ日本経済が低迷していくことは明らかです。
ただ、現状の「働き方改革」は「働く時間短縮=ワークライフバランスの実現」のようなステレオタイプな考え方に留まっているのが現状で、全く本質的ではないと私は日頃から感じていました。
働く時間を短くしたところで健康や精神的な豊かさにつながらない場合もあるし、別のことを変えないと生産性向上にはつながらない。また、働くべき時間、働きたい時間は人によって違うんです。
国や会社がつくった画一的なルールですべての人が幸せになるわけではない。だから、本当の働き方改革は、時間と場所を自由にし、その選択を社員側に委ねることができる環境を経営側がつくることではないかと考え、それを伝えられるキャンペーンを実施しようと思ったのです。
「なぜHPが?」と疑問に思われた方も多かったかと思います。議論のきっかけをつくりたかったとともに、私たちは単純にPCを売る会社ではなく、テクノロジーによって人が幸せになっていくことに貢献する会社だということを知って欲しかったんです。
甲斐博一 日本HP パーソナルシステム事業本部パーソナルシステムズ・マーケティング部部長
IT企業にてB2Bの営業を経験したあと、販促部署へ転身し、企業向けITシステムの販促と新ビジネスの立ち上げを経験。その後、本格的にマーケティングへと職を移し、数多くの分野におけるマーケティング活動を展開。eCommerceの立ち上げも中核メンバーの一人として携わる。若者向け、女性向けのブランディング活動ではソーシャル分野の活動をいち早く実施したことで、デジタル・ソーシャル分野の知見を得る。また多くの統合型マーケティング活動を実施する中で、最近では動画と顧客活動データを使った活動に注目し、実践している。現在はHP Inc.のグローバルマーケティングとして日本のマーケティング全般を担当。
──キャンペーンのコアアクティビティとして動画を制作しました。その内容は、女性がミーティングのスケジュールを入れたのはその女性がもともと子供のために計画していた休日で、家族とピクニックを楽しみながら、その合間の1時間、公園のベンチでオンライン会議を行う姿を表現しました。文字通り、1時間勤務を表した内容です(動画はこちら)。
約1分30秒のショートムービー。子育てとビジネスを両立するワーキングマザーの姿を描いている。動画はこちら
私たちの大切なお客様であります家具・インテリア雑貨店のFrancfrancさんのご協力のもと、そこで働くお母さんの働き方を協働で考え、実際にFrancfrancさんが志向されている方向性とずれないものを制作しました。
結果、「オン/オフ」の区別があるべきだ、など否定的な意見もありましたが、賛同する意見のほうが多く寄せられました。また、主人公の女性は後輩からの厚い信頼に応えたくて、自ら1時間勤務を選んでいることもポイントです。つまり彼女はそうしたくて選択しているのです。また、後輩も子供もそれを尊敬しているし、それが日常になっている。
ワークライフバランスは、ワークとライフを別々に考えてトレードオフしていくスタイルだと思いますが、これからの働き方の本質は、どちらも自分の大切な一部でありトレードオフではない「One Life」だとHPは提唱しています。生活の中に仕事を溶け込ませて、ビジネスもプライベートも充実させる。そしてそれは、テクノロジーの進化によって実現できるようになりました。だから、その姿を一例として描きたかったんです。

「多くに届ける」だけではないマーケティング

──こうしたマーケティング施策は、話題にはなるものの、実際の購買には結びつきにくいという課題があるように思います。
そうですね。ただ、日本の企業におけるマーケティングは「営業部宣伝課」とよく言われるんですが、ROI(Return On Investment)を短期的に求めすぎています。デジタルでそれがわかるようになってきたこともその一因ではありますね。もちろん経営側から見ればそれが最も大切なものであることも理解しています。
ただ、これは私の価値観の話ですけれど、社会に貢献してこそのマーケティング。企業活動の土台も同じ。マーケティングの領域を超えて社会創造、未来に貢献することができると思うから、常にキャンペーン構築においては短期的な視点だけではなく、ROIを長期的に見る視点も必ず入れています。
──今回は個人ではなく企業に導入を促すことが狙いですよね。B to Bならではのマーケティングメソッドはあるのですか。
まず、B to BもB to Cも同じなのは、マーケティングを通じて「会話」する相手は人であるということ。ターゲットである人の感情をどうやって揺さぶっていくか、共感してもらえるか、いいなと思っていただけるか。言い換えれば、エモーショナルコネクション、心理的絆の構築だと考えています。そのためには、心情を掘り下げて考えることが大切です。
一方でB to Bに特有なのは、「財布が違う」ということ。購買プロセスが個人とは異なることを、きちんと理解することは基本ですね。意思決定者は誰で、何を見ているのか、ステークホルダーの明確化とインフルエンサーの存在はどこにあるか。また、それぞれに響く差別化ポイントを正しく捉えていないと競合には勝てません。
それから、個々の案件としてトラッキングする点も違います。私たちの活動によって顧客の心情が変わり、行動が変化し、案件になり、そこから先に進む。案件の前の活動とまた案件が出てきてからそれを育てていく活動が存在し、最終的には営業と連携させる、B to Bのこれが特色だと思います。
──マーケティングの手法はデジタルにシフトしていますが、長年のマーケター経験から、どう活用できそうだと見ていますか。
メディアの観点では、先ほどお話しした動画は、見てもらいたいという願望だけでなく、今の働き方改革について考えて欲しい、ある意味、賛否どちらの声も生み出したいと考えていましたので、それに適したチャネルであるTwitterを活用しました。
その結果、ダイレクトな意見を集めることができたと思っていますし、通常の2倍近いインプレッションがあり、これは世の中に必要な議論だったんだという確信をもてました。
他に声を集める方法としてはアンケートがありますが、本心ではないことも多く、ともすればデータ偏重主義に陥りかねないという課題があります。
デジタルマーケティングでは、統計解析的なスキルも必要なのですが、それは早くコンピューターに任せるべきで、今後はAI化していくべきですし、それを加速させていくべきです。
ただ、デジタルで多くの人にリーチできるようになり、それが可視化できるようになっても、AIを使ってより高度な分析ができるようになっても、やっぱり人の心を想像することがマーケティングにとって最も重要なんです。どうやったら人の心を把握し、そして変化させられるのか、を創造できる人がこれからのマーケターだと思っています。

中小企業は手が回らない

──今回のキャンペーンでリーチしたかった層にメッセージは届いたのでしょうか。
B to Bでは、すぐに売れることは少ないので、目に見える結果はPCの入れ替え時期などに合わせて、これからです。ただ、現時点で候補としてHPが挙がることが多くなっているのはデータが指し示しています。
私たちがリーチしたいのは、大手はもちろんですが、中小企業にもHPを知ってほしいんです。というのも、HPのノートPCを入れることが中小企業特有の課題を解決できる入り口となる、ひいては企業全体の課題解決につながり、結果として各方面から日本の将来に私たちが貢献できると考えているからです。
最初にした生産年齢人口が減少するという話は、改めて言うまでもなく、みんなが知っていることです。そこで、各企業は人材確保に力を入れるわけですが、特に若年層においては競争率が下がる大企業には入りやすくなり、中小企業はこれまで以上に若者を集めにくくなっていますし、その傾向はこれからますます強まると言われています。
働き手を確保するためには、高齢者が働きやすく、出産と子育てがしやすい環境をつくる、そして若者が自由に仕事ができる環境を整える必要があり、それにはテクノロジーの活用が不可欠です。
その1つが、ノートPCなどのデバイスを戦略的に活用した、多様な働き方の実現。このことを素早く実現させることで人材の確保はしやすくなるはずです。
──スマートフォンやタブレット、ノートPC、デスクトップPC、さらにウエアラブルなどデバイスは多様化しています。しかも、それぞれに大きさやスペックなど特徴があります。デバイスを戦略的に選択して活用するというのは、容易ではありません。
そうですね。しかし、仕事に合わせて適切にデバイスを使い分ければ、パフォーマンスを上げることができる。HPはPCだけでも4種類のシーンがあると考えています。

HP EliteBook x360 1030 G2
ところが、多くの経営者はまだまだITについてもデバイスについても真剣に考える時間がない。その結果、「安い」「軽い」「つきあい」といった観点のみで選択したり、販売代理店任せになったりしがちです。
だからといって、システム部門の担当者が道筋を立ててプレゼンして、とはいかないのも中小企業ならでは課題です。そもそもIT管理部門が独立しておらず、デバイスも電球と同じように一備品として管理したりするため、総務部の担当者が一人で回していることも珍しくありません。
これに加えて、クラウド活用、そして仮想化ネットワークでセキュリティ対策などを施すのは、とても手が回らないだけでなく、コスト面でも忌避されてしまいがちです。
──セキュリティ対策は範囲が広く、利益につながるという認識もされないので、大手でも後回しになったり不十分だったりするものです。
そうですね。Windowsのバージョンが古く、まだWindows 10にしていないことも多いようですが、それだとセキュリティレベルが低く、結果として会社全体の仕事が止まる危険性が広がります。また、ウイルス対策ソフトを入れているだけという場合もありますが、このソフト自体の動きを止めるウイルスの存在をデバイス導入担当者が認識していないことも多いのが実情です。

“本当の脅威”に対応するのは難しくない

──そうすると、中小企業の働き方改革は難しそうです。先ほど、HPのノートPCを活用すれば解決できることがあるとの話でした。どういうことでしょうか。
セキュリティ対策が必要なポイントは、ネットワークレイヤーやクラウド側などいくつかありますが、本当の脅威は、PCやスマートフォンといったエンドポイントにあります。ここが最も狙いやすく、これを壊されたら、簡単に業務が止まってしまいます。
あるいは電車の中で横に座っている人にメールの内容を盗み見されたら、そこで機密情報が洩れる可能性が高くなります。HPのビジネスノートPCは、このエンドポイントでのセキュリティ対策がしっかり施されているので、PCを変えるだけでセキュリティ対策の最も大切な部分を実現できます。
例えば、今のランサムウェアは高度化し、標的型攻撃などでは、絶対に開いてしまう内容のメールが個人宛てに送られてきます。これを開くな、というほうが無理なメールが送られてくるんですね。HPのビジネスノートPCに標準搭載の「HP Sure Click」では、もし悪意のあるWebサイトやWebメールを開いてしまっても、その動きをWebブラウザ内に閉じ込めることができる。Webブラウザのタブを閉じれば、何もなかったことにできるのです。
それから気をつけたいのは、電車や飛行機、あるいはカフェなどでPCを使い仕事をする触れる機会です。
私自身、とても気に入っているのですが、「HP Sure View」という内蔵型のプライバシースクリーン機能があって、ボタンを押すだけで横、斜めからの視線を遮ることができます。
他にも、OSよりも深いBIOSというプログラムを攻撃された場合の自動修復機能、指紋、顔、Bluetooth機器などによる認証を組み合わせることでパスワードが漏洩してもアクセスできないようにするマルチファクター認証など、利便性を損なうことなく、企業の情報を手間を掛けずにセキュアに守るための仕組みをいくつも備えています。
セキュリティ対策は難しそうに見えて、実はこのようにPCを変えるだけで多くのことを解決できます。いつも使うものを、少し見直すだけで働き方は変えられます。PCを通して、働く人たちの生活が豊かに、幸せになっていく。それが私たちの目的であり、大きなモチベーションなのです。
(取材・編集:木村剛士、構成:加藤学宏、撮影:長谷川博一)