ブランディングなきキティからの脱却。サンリオがマーケに本気な理由

2018/7/30
2018年5月、サンリオは中期経営計画を発表した。3期連続減収減益という危機的状況を打破するための戦略的プラン。その中にマーケティング強化を盛り込んだ。その背景には、29歳専務取締役、辻朋邦氏の危機感があった。「絶対的エース、キティに頼りきっていた」。抜群の知名度を誇る商品がありながら、マーケとブランディングを今、経営マターとして強化する理由は何か。

デジタルマーケ支援に力を入れ、サンリオのパートナーでもあるトランスコスモスの兼澤伸二執行役員との対談で、サンリオの戦略からマーケとブランディングの重要性を説く。

突然の入社。肌で感じたマーケの弱さ

──創業者である辻信太郎さんの実息で、社長就任も目前と言われていた辻邦彦副社長が急逝したことで、邦彦さんの実息である辻専務が急遽入社を決断されたと聞いています。
:おっしゃる通り、私がサンリオに4年前に入社したのは、父の他界が理由です。いずれはサンリオに携わりたいと思っていましたが、こんな早くに入社するとは思っていませんでした。
それまで食品メーカーに勤めていたので、入社前はサンリオの経営や内情を詳しく知らなかった、というのが本音です。
:まずは経理部に配属され、数字で会社全体の状況をつかみました。入社した年から減益に転じてしまい、その様子を一人の経理部員として把握してはいましたが、根本的な課題を認識して危機感を抱くようになったのは、2年目に企画営業本部へと異動した後でした。
企画営業は、化粧品メーカーや外食産業、金融事業者などの幅広いお客さまに、サンリオのキャラクターとのコラボレーションで売上向上につなげませんか、というご提案をする営業です。
このとき、抜群の知名度があるハローキティを持って行っても響いていないと感じることが多々ありました。「今話題になっている?」という相手の雰囲気が伝わってくるんです。
ハローキティの知名度は確かに高いかもしれませんが、企業がキャラクターを欲する時は、何か話題に上がっている状況でないとダメなんです。何かブームが起きていて、それに便乗するような傾向がある。
ハローキティは、多少浮き沈みはありつつも、運よく自然とブームが繰り返し訪れたおかげで自然と広がってきた経緯があり、これという施策はないままでした。
売れないと思うキャラクターを自社製品に付けないですよね。売れるキャラクターなんだというブランディングができてないことに、もっとも危機感がありました。
サンリオの利益の大半は、ライセンスによるロイヤリティ。お客さまに採用してもらえるかどうかは外部要因に左右される振れ幅が大きく、キャラクターのブランド力が落ちるとビジネスに直撃する脆さがあります。
兼澤:そこで中期経営計画ではマーケティングを中心に据えたわけですね。
:そうです。一度下降線をたどると、キャラクターの露出も減るので一層ブランドも落ちるという悪循環が続き、それに歯止めを掛ける対処方法が弱いと分かったんです。上昇の波に乗るのは上手い一方で、下がっていくときに対応できるシステムづくりができていない。
言い換えれば、ハローキティに頼りすぎて、普通の会社が行っているマーケティングができていなかったということです。ですので、マーケティング本部を設立して、マーケティングの機能を再整備することにしました。経営に直結するからこそ、中期経営計画として取り組まないといけないという思いは強いですね。
──ハローキティは知名度があるからこそ、ブランディングも難しそうな印象です。
:キティ誕生から、おかげさまで来年45周年を迎え、親子3世代にわたって認知される強みを生かしたブランディングができると信じています。そのためには過去にとらわれないことが大事だと思っています。
たとえば、第一次産業でのコラボレーション。キティをパッケージやシールにして、安心安全のトレードマークとして認知してもらうんです。「キティ=安心・安全」のイメージをつくれないかなと。
野菜にまったく触れない日って考えにくいですよね。たとえばスーパーに売っている野菜にキティのシールが付いていれば安心だという目安の存在となることで、キティを知らない人に対してもリーチでき、キャラクターの特性を上手に生かしつつ、さらなるブランディングにつなげるわけです。

59年の歴史 伝統の中で変える難しさ

──サンリオには59年の歴史があります。伝統が生きる会社と足かせになる会社がありますが、辻さんの考えに対する社内の受け止め方はどうですか。
:やりにくいと感じることは、正直に言ってあります。私はまだ経験が少ないので、長年キャラクターを育ててきた方々には追いつけませんが、キャラクターを今以上に愛されるよう育てるためにも施策を推し進めたいと思っています。何を成そうとしているのかを、どう分かってもらうか、理解してもらうのかが大変ですが、しっかりやっていきます。
──デジタルやグローバル化の変化の激しい時代に対応するには、サンリオ内の蓄積だけでは対応しきれないのではないでしょうか。そして辻さんご自身が、若さをよく認めている。
:その通りで、私がマーケティングの専門家ではないので、頼れる人が必要でした。 そこで、P&Gなどマーケティングに強い企業出身者に参画してもらいました。
もちろん社内にも詳しい人はいるのですが、これまでになかった発想を社外から持ち込んでくれる人が必要だと。つぎはデジタルコンテンツに強い人を迎えたいと考えています。そして、トランスコスモスの力もお借りしています。
兼澤:私たちは国内外でのEコマース、チャットボットを通してサンリオピューロランドへの来場や物販への誘導、そして中期経営計画策定のインプットにもなったデータ面での支援を行っています。
辻さんとお付き合いしていて率直に感じるのは、ネット活用、デジタルマーケティング、データドリブンへの取り組みを、専務ならではのスピード感で実践しようとしている。かなり強い決意を感じます。
:ブランドエクスペリエンス部を新設し、この部を通してビジネスを円滑にすすめられるようにするのがこの1年のミッション。そのためには、インナーマーケティングも必要です。まずは小さな成功例を示して、全社の理解を促しながら全社最適の組織作りをしていきたいと考えています。

デジタルとサンリオの相性

──キャラクタービジネスという立ち位置で、デジタルマーケティングをどう捉えていますか。
:マーケティングではアナログの感性も大事だと思いますが、デジタルの恩恵として今の時代には欠かせないスピード感が得られるし、「打率」が明らかに違うんです。
そしてデジタルが生きるのは、マーケティングだけではありません。エンターテインメントの会社はデジタル抜きには考えられない。エンターテインメントがデジタルに置いて行かれると終わりです。
今後、価値を体験できる場所に今以上にデジタルを入れていきたいですね。リアル店舗であれば窓を液晶にしたり、AR・VRまで考えた体験を提供したりしないと。世の中では、そういう考えが当たり前になっていると思いますが、サンリオでそこまでの意識改革を起こして浸透するには、時間がかかると思います。
本当に成功するのか懐疑的な社員もいると思うので、プロトタイプから進めて理解してもらうつもりです。
兼澤:おっしゃる通りデジタルでは打率が上がりますが、それだけでなく、“てこの原理”が作用するのもデジタルの恩恵です。
デジタルコンテンツも流行り出した昨今、たとえば応募キャンペーンでコラボレーションするとしても、仕掛けられる選択肢は増えますね。
辻:そう、普通のことでは面白くないですよね。
──海外でもハローキティの認知は広がっていますが、特にこれから成長が見込まれる市場での可能性をどう見ていますか。トランスコスモスの強みである海外ECの展開サポートとの相性もよさそうだと思いますが。
兼澤:マーケットはあります。そこへデジタル起点によるリアル融合と各プラットフォームの活用も一緒に挑戦したいと思っており、今はアリババ中心のプロジェクトの話をしている最中です。
中国で成功すれば、これを起点にASEAN展開も見えてくるのではないでしょうか。中期経営計画を見せてもらったとき、同じ方向性であることを確認して、より一層深くご一緒したいと思いました。
:サンリオはグローバル企業なので、世界戦略の上では中国などでメディア戦略をサポートしくれる企業が必要なんです。日本では3世代に知られたキャラになってきているものの、海外では認知してもらうためにメディアが重要なんです。
──中国では、どういった部分で難しさを感じていますか。
:中国経済の伸びに、サンリオの成長が追いついていないことです。追いつけるポテンシャルはあるのですが、あと少し、何が足りないか。中期経営計画でアジアでのビジネスに力を入れることを明記していますが、これは伸びる可能性を確認しているからです。今の上昇の流れにぜひ乗って、一気に広めたい。
海外では地域性もあるでしょうから、ハローキティは1本の柱としつつも、幅広いキャラクターで挑むつもりです。
兼澤:グローバルでデータを見てみると、やり方次第では強いハローキティだけでなく、他のキャラクターでも勝負できることが分かっています。グローバルでは興味関心指数はディズニーに負けていないんです。ただ、ハローキティに依存していることも分かっている。特に中国では経済や文化が変革していてチャンスですから、オールジャパンで取り組みたいですね。
:データを見ていると、もったいない、という気持ちになります「もったいない」という言葉に全てが詰まっている。キティのことを嫌いな人って、ほとんどいないと思うんですよ。他にも認知されているキャラはいるのに、収益が十分に出ていないこの状態が、もったいない。
サンリオは「キティちゃんの会社」のイメージが強くて、特に海外ではキティは知っていてもサンリオを知らない。サンリオよりキティのほうが上にきているので、それは変えないといけない。中期経営計画は、このサンリオが進む方向性を社内外に発信するいいタイミングだったと思います。
サンリオは次に何をするんだろうと期待される会社にしたいんです。
兼澤:来年のハローキティ45周年では、何か企画しているんですか。
:これまでにない取り組みを考えています。これまでも周年施策は行ってきましたが、どれも単年で終わりでした。今回は何年も伸びる施策を考えているところです。まだ話せないんですが(笑)、これまでにないことなので楽しみにしていてください。
サンリオの理念は「Small Gift Big Smile」。この理念をグローバルに展開して、世界中を笑顔にしたい。私たちは利益追求だけの会社ではありませんが、ブランドの価値提供のために十分な利益を確保できていないといけません。伝統の上に取り入れるべきものは取り入れて、この先何十年も続いていくようにしないといけません。45周年はその再スタートの節目だと思っています。
(取材・編集:木村剛士、構成:加藤学宏、撮影:森カズシゲ)
トランスコスモスは、デジタルトランスフォーメーション時代のECの理想形を提案するイベント「EC FORUM 2018」を9月5日(大阪)、9月6日(東京)で開催します。本記事に登場したサンリオ辻専務取締役、トランスコスモス兼澤執行役員も登壇します。聴講は無料(事前登録制)ですので、ぜひご来場ください。詳細およびお申し込みはこちらです。