DAZN(ダゾーン)の挑戦と日本のスポーツビジネスの未来

2018/7/26
今夏、ローンチから2年を迎える「DAZN(ダゾーン)」。Jリーグとの放映権契約料2100億円を携えて、大々的に上陸した“黒船”は日本のスポーツ界にどんな新しい価値をもたらしたのか? Jリーグのアドバイザーを務める堀江貴文氏と、DAZNマーケティング・パートナーシップ シニアバイスプレジデントの大崎貴之氏が、それぞれの視点から日本スポーツビジネスの成長戦略とその先の未来を語る。
 2016年8月にサービスを開始したDAZNは、英Perform Group(パフォームグループ)が展開するスポーツに特化した定額制動画配信サービスだ。それまで地上波テレビや衛星放送の独占状態にあったライブスポーツの領域に「OTT(over the top)」と呼ばれるネット配信の手法を持ち込み、デバイスの垣根を超えた視聴体験を提供する。
 また、世間をあっと驚かせたのはJリーグと「2017年から10年で2100億円」という巨額の長期契約を結んだ点。試合を配信するだけでなく、Jリーグとともにさまざまな改革を進めるDAZNの姿をJリーグアドバイザーの堀江貴文氏は、どう見ているのか──。

ピタリと一致した両者の戦略

堀江 DAZNと契約して2年目のJリーグを総括すると、「イニエスタとトーレスがJリーグにやって来た」。もう、その一言で十分わかるんじゃないですか?(笑)。
 2100億円の契約料は各チームへの配分金に反映されて、1位になると賞金と合わせて約20億円が支給される。これまでは親会社からの宣伝広告費に頼るしかなかったのが、強いチームを作ったら大金が得られるとなれば選手や監督への投資も加速する。これが今後、より効いてくるでしょう。
 2年前にDAZNがJリーグと独占契約をしたのは本当に画期的だったし、双方にとって正しい戦略だったと思います。僕はライブスポーツが地上波テレビの最後の砦になると思っていたけど、意外と早くそのときが来たという印象です。
 Spotifyのようなサブスクリプションモデルをライブスポーツの世界で展開したのがDAZN。「今、決勝をやっているから観たい」と思ったら、スマホからすぐ視聴できるのがこのモデルの肝。衛星放送だったら、契約してアンテナを建てるところから始めなきゃいけないわけでしょ。信じられないよね(笑)。
(撮影:竹井俊晴)
 正直、ローンチ当初はトラブルも多かったし、モバイルの通信環境もまだ十分とは言えない状況。本当は5Gの環境が整ってからスタートしたほうがビジネス的には安定したんだろうけど、DAZNは日本に先行投資をした。
 きっと、もう1年早かったとしても、遅かったとしても、今みたいにうまくはいってない。日本からアジア市場を狙うDAZNと、メジャー化を進めたいJリーグの戦略がピタリと一致した、本当に抜群のタイミングだったと思います。
 しかも、目先の利益は追わないと言いつつ、提携したドコモ経由だけで3月時点で100万人のユーザーを獲得している。みんなが予想していたより、成長スピードも速いですね。

イニエスタとトーレスの移籍はファーストステップに過ぎない

 イニエスタがヴィッセル神戸に、トーレスがサガン鳥栖に移籍したのは大ニュースだけど、これはJリーグとDAZNの戦略のうちのファーストステップに過ぎない。
 代表を引退した選手がセカンドキャリアの場所として日本を選ぶのではなく、世界トップクラスでバリバリ現役の選手が日本で多数プレーする。Jリーグが目指すサードステップでは、そんな状況が当たり前になるでしょう。
 じゃあ、セカンドステップでなにが大事かというと、Jリーグに投資すれば儲かる仕組みをしっかり作ること。
 たとえば、Jリーグのスタジアムは圧倒的に地の利が悪い。あんなに強いサンフレッチェ広島もスタジアムへのアクセスが悪いから、なかなかサポーターが増えない。街に自然とスポーツが溶け込むような、都心のスタジアムが絶対にもっと必要だと思います。
 熱心なサポーターは放っておいても毎試合応援に来るけど、年に数回しか観ないライト層が気軽に立ち寄れる立地が、スポーツビジネス的にはすごく重要になる。今は街とスタジアムの間に見えない「結界」があって、それを“よいしょ”と取り払わなくちゃいけない。よいしょじゃなくて、“ふらっと”行けないとダメ。
 それに、東京や大阪といった人口が多い場所に専用のスタジアムと強豪チームがあると、スポンサーにとっての宣伝効果も高くなる。
(PhotoLondonUK/istock)
 世界のスタジアムを訪れると、さほど強くない2部のチームでも、VIPルームがめちゃくちゃ洗練されていてカッコいい。なぜなら、ライブスポーツにお金をもたらすのは圧倒的にVIP層だから。Jリーグをもっと売り出すためには、世界レベルのVIPルームの整備が必要でしょう。
 そして大事なのは、Jリーグのチームを買ったら儲かると彼らに思わせること。その潮目がセカンドステップとして来ると、自動的にお金が集まるようになって、よいサイクルが生まれていく。僕は今も、勢いがある会社の経営者には「Jリーグや野球に投資したほうがいいよ」と言いまくっている。

DAZNマネーでプレミア超えは夢じゃない

 これから10年、サッカー界はアジアの時代を迎え、世界の有力選手が続々と集まってくるでしょう。アジアで最も歴史あるプロサッカーリーグとして、Jリーグがその中心になることは間違いないし、DAZNもアジア市場に期待して先行投資をしている。
 地上波テレビや衛星放送から、モバイル放送へと通信インフラが大きく変化する潮目を迎えている今の状況は、実は英国でプレミアリーグが生まれた時と、すごく似ている。衛星放送が始まったタイミングでスカイ(ヨーロッパの有料放送事業者)が巨額のマネーを投資して、プレミアリーグは爆発的に伸びた。
 僕は、DAZNの巨額投資によって、Jリーグもプレミアリーグのように急成長できる勝ち体制に入っていると思います。もっと言えば、10年経ったら世界一のリーグになれるかもしれない。今はまだ、「堀江は何を言っているんだ?」と思われるかもしれませんが、こんなもんじゃない、10年後にわかる、と本気で思っています。

Jリーグ、日本のスポーツとともに成長を目指す

大崎 DAZNがJリーグと結んだ契約の背景には、単純に権利を買うのではなく、一緒にリーグを育てていきたいという想いがあったから。それが10年という長期契約の意味するところです。
 25周年を迎え、ファンの高年齢化という課題を抱えていたJリーグに、どうすれば新規層を呼び込めるのか。
 2018シーズンから始めた「フライデーナイトJリーグ」は、その施策のひとつ。
 観戦だけでなく、スタジアムでの食事や演出も合わせたイベント・ エンターテインメントとして楽しんでいただき、地域とも一緒になって盛り上げていく。
 たとえば、サッカーの欧州リーグでは平日開催する国も多く、そこには土日の観戦は難しかったファンに足を運んでもらうと同時に新規ファンを獲得すること、試合数が少ないことでちょっとした特別感を持っていただけること、試合日が分散し、メディア露出が増すことで人々の話題に入りやすくなるといった狙いがあります。
 ほかにも、アメリカNFLの「マンデーフットボール」など、プロのリーグ戦で平日夜の試合が定着している事例もあり、日本でも金曜夜の新しい楽しみ方を提案しています。
 初回となった2月の明治安田生命J1リーグ開幕戦・サガン鳥栖対ヴィッセル神戸戦では、ハーフタイムに元東方神起のジェジュンさんがミニライブを開催し、鳥栖の開幕戦史上2番目に多い1万9633人が来場。DAZNでのライブ視聴数も昨年のチーム平均視聴数の5倍という大成功を収めました。
 ネット配信サービスであるDAZNが、スタジアムへの来場施策に力を入れたり、ツイッターで試合を無料配信したり、一見ビジネスと相反するような取り組みを行うのは「スポーツ自体が盛り上がってこそ」という想いがあるからです。
 今はとにかくタッチポイントを増やすことで認知を高め、裾野を広げる時期。長期的な視点になりますが、スポーツを楽しむ人が増え、サッカーを観る人が増え、スタジアムに行く人が増えれば、DAZNの会員も増えると考えています。

「スポーツの本拠地」を作りたい

 そして、私たちがなによりも大事にしているのは、スポーツが与える感動はなにものにも代えがたいということ。筋書きのないドラマが人生を豊かにし、人々を喜ばせる。このスポーツの力を我々は信じています。
(adamkaz/istock)
 しかしながら、スポーツを楽しむ方法は、これまでバラバラに断片化されていました。これではなかなか新しいファンも増えませんし、ビジネスとしての可能性も低いと言わざるを得ません。DAZNが目指しているのは、ワンプラットホームですべてのスポーツが閲覧できる、いわば“スポーツの本拠地”と言えるものです。
 現在は、Jリーグ、プロ野球という日本スポーツ界の2大人気コンテンツを筆頭に、メジャーリーグ、UEFAチャンピオンズリーグ、F1、テニス、バスケットボールなど130以上のスポーツコンテンツ、年間7500試合を配信しています。
 これがひとつの契約ですべて見放題で、いつでもメンバーになることができ、いつでも簡単にキャンセル可能。さらに初月は無料でトライアルができます。料金の支払いもシンプルに1750円だけ(DAZN for docomoは980円)。
 今までは限定されてきたスポーツの視聴体験を、さまざまなデバイスを使って、いつでもどこでも楽しんでいただくことを可能にしました。
 オリジナルのスポーツドキュメンタリーの作成なども含め、今後もどんどんコンテンツを拡充していきますが、ファンを第一に、お求めやすい価格でサービスを提供するというDAZNの理念は絶対に変わることはありません。
 放送局が届けるコンテンツを決めていた時代から、今後はユーザーが観たいコンテンツを自由に選ぶ時代になる。 
 DAZNのミッションは、スポーツを開放すること。新しい視聴体験を通して、それまでは触れることがなかったスポーツとの出会いを生み出し、ファンを育てていきたい。たとえば、「野球を観る人はラグビーも好き」など、データとしての知見が貯まれば、レコメンドやパーソナライゼーションも進めていきたいと思っています。

より上を目指して「改善」を繰り返す

 日本ローンチから2年、会員数が大幅に伸びているだけでなく、視聴時間が長くなっている、1カ月の無料会員から有料会員になっても継続する人が増えているなど、しっかりとした手応えを感じています。
 しかし、我々はいつも「今が一番、底」という危機感を持ちながら、日々、改善に取り組んでいます。さらなる成長を目指すために、終わることのない改善を愚直に繰り返していく。
 プロダクトに対する投資、コンテンツの充実、マーケティング戦略。この3つを軸に、短期的なリターンではなく、マクロでグローバルな目線を持ち、最もよいタイミングで仕掛けていくことが重要だと思っています。
 DAZNを展開するPerform Groupの本社はイギリスにありますが、サービスは日本、ドイツ、オーストリア、スイスから始まり、現在はカナダを入れた5カ国で展開。今夏にはイタリアとアメリカでのローンチが決まっています。
 コンテンツビジネスのモデルも大きく変化のときを迎え、ひとつの場所や国に縛られなくなっています。弊社のようなグローバル企業が持つスケーラビリティを大きな強みとし、グローバルな展開を進めていければ、日本のスポーツファンにとっても、スポーツビジネスを担う人々にとっても大きなメリットが待っているのではないでしょうか。
 アメリカでは、DAZNのローンチとともに世界有数のボクシング・プロモーターであるマッチルーム・ボクシングとジョイントベンチャーを立ち上げ、ボクシングの興行を企画運営します。機会があれば、今後日本でもさまざまなスポーツで新しいリーグの創設なども考えていきたいですね。
 2020年に向けたスポーツへの追い風を受けながら、私たちはDAZNのためではなく、日本のスポーツ界全体の発展に力を注いでいきたいと思っています。
(聞き手:上野直彦 執筆:工藤千秋 編集:樫本倫子 写真:加藤康、竹井俊晴 デザイン:九喜洋介)