“アフターメルカリ”で激変する、スタートアップ生存戦略のこれから

2018/7/27
日本で、世界で、起業を取り巻く環境が変化している。技術革新、経済環境、価値観の変化に伴い、おのずと新しい起業スタイルや、今までは考えられなかった成功事例が出てきている。

そんな新しい風が吹く中、この国で、この世界で何を成し遂げられるのか。

最前線の投資家や起業家に激動のビジネスの内実を聞く、「スタートアップ新時代」を巡るアメリカン・エキスプレスのスタートアップ応援プログラムが始動します。

起業にまつわる3つのファクト

 スタートアップビジネスにおいて、起業後に乗り越えなければならない山は多く、日本では創業10年後には約3割、20年後には約5割の企業が廃業するという。
 世界銀行グループが毎年発表している報告書によれば、日本は「起業のしやすさ」では106位とアジアの中でも大きく後れをとっている。
 ただ、悪いニュースばかりでもないようで――
 3つ目のファクト「国内スタートアップの資金調達額」が示す通り、投資家やファンド、大企業のスタートアップへの投資は活況で、起業を巡る経済環境のエコシステムは、非常に豊かになっているのだ。

Think BigかThink Longか

 そもそも起業においては、「スタートアップ型」と「スモールビジネス型」の大きく2つの方向性がある。
 資本を調達し、非連続な成長を遂げながら、短期間で市場や社会で大きな存在に上り詰めることを志向するスタートアップ型と、中長期的な視野を持ち、適正規模で継続性を担保しながら、着実にビジネスを重ねていくスモールビジネス型。
 対照的な方向性の違いではあるが、どちらのビジネスも大きくなるか、長く続けるか、その射程は広い。
 連載の皮切りとして、「スタートアップ型」を牽引する投資家で、「日本発で世界へ」と掲げ、メルカリをはじめ数多くのスタートアップを成長させてきたグロービス・キャピタル・パートナーズの高宮慎一氏にご登場いただいた。
ベンチャーキャピタリスト。グロービス・キャピタル・パートナーズで、コンシューマ・インターネット領域の投資を担当している。戦略コンサルティングファーム、ハーバードMBAを経てグロービスに参画。主な支援先:アイスタイル、オークファン、カヤック、クービック、ピクスタ、しまうまプリント、ナナピ、ビーバー、ミラティブ、メルカリ、ランサーズ、リブルーなど。
 高宮氏に起業環境の変化と、起業を成功させるための要諦を聞きながら浮かび上がったのは、“Think Big”という戦略的思考の重要性だ。

起業はノーリスク、失敗すらプラスになる

──日本において起業家を取り巻く環境が、ここ数年で大きく変わったと言われています(上図参照)。高宮さんは、投資家としてどのような変化を感じていますか?
高宮 スタートアップを取り巻くエコシステム全体が大きく変わりました。とりわけ、この春のメルカリ上場のインパクトは、起業家と投資家の意識を一変させた事件だったと思います。
 これまで日本のスタートアップ投資は、数億円の投資で数十億円のエグジットを狙うのがスタンダードでした。メルカリの上場前の資金調達額は、170億円以上で、時価総額4,000億という規模での上場は従来では考えられません。
 個人的に、「アフターメルカリ」のこれからの時代は、スタートアップの生存戦略が激変すると感じています。リスクを取れば大きなリターンも実現可能だと事例で証明してしまったので、どんどん後続が増えていくでしょう。
──起業スタイルも変わっていくのでしょうか。
 起業の回転率が高まり、“プロジェクト化”しています。具体的には、複数回の起業や、同時に複数の事業に関わる形もスタンダードになりつつあります。もはや起業の意味合いが変わり、一生に一度の“ライフイベント”ではなく、中長期的に繰り返し行う“生き様”になっていると言えるでしょう。

まずは大きく考えよう

──起業後に取るべき生存戦略も変わりますか?
 大きく「Think Big」「プロジェクト型起業の作法」「WHATを磨く」という3つのことが言えると思います。
 まずは、「Think Big」ということに尽きます。ご質問は生存戦略、つまりサバイバルするにはということですが、しっかり大きなビジョンを考えて、確かな目標設定を描いていけば、勝手にサバイブできるから大丈夫、今こそ大ぶりするチャンスだとということをお伝えしたいです。
 もちろん事業を大きくするほど、巻き込む人は増えますから、従業員やステークホルダーに対しては、しっかり責任を負うべきです。
 それでもサバイバル、つまり食いつなぐことに目線を下げて、受託ビジネスに追われるくらいなら、会社を畳んで、もう一度起業をしたほうがいい可能性がある。投資家目線で言えば、スケーラビリティの低いビジネスで延命するよりも、別のスケーラブルなビジネスにリトライした方が、中長期的には投資回収率も高くなります。従業員も別のスタートアップ、大きくなったテック系の大企業などスタートアップ経験者であれば積極的に採用したいはずです。
 勇気を持ってアフターメルカリの資本が回るエコシステムにダイブしてしまえば、「Think Big」なビジョン自体がサバイバル戦術になっているので、リスクヘッジになるのです。だからこそ、いかに投資家が支援したくなる魅力的なビジョンを描けるかが、決定的に重要になる。

変化する起業の作法

「プロジェクト型起業の作法」は、“定量的なゴール”をしっかりと設定することが大事だということです。「Think Big」と現実の間にしっかりとマイルストーンを設計する。
 逆に言うと、なんとなくアイデアがあったから、なんとなく仲のいいメンバーで、なんとなく始めるという起業は向いていない。IT技術が出たての頃は、ガレージからギークな友達と一緒にうっかり盛り上がって始まったという創業物語はあり得ました。
 でも、「プロジェクト型起業」であるならば、知り合いで寄り集まるのではなく、ビジョンや目的に対して、その技術を持ったベテランも含め、総合的なチームをつくっていくことも必要です。ビジネスはリーグが区切られているわけではないので、アンダー20の日本代表をつくっても意味がありません。たとえば若い創業者が1,000億円調達できるCFOが欲しいとなったら、若手コミュニティの外に出ることが必要になるでしょう。
──最後の「WHATを磨く」というのはどういうことでしょう。
 これは「Think Big」の核心でもあります。「WHATを磨く」、つまり自分が実現したい“WHAT”、つまり“成し遂げたいこと”を考え抜け、ということですね。これは、最適な一般解がある話じゃなくて、起業家のWILLとも似ていて、一見、非合理なものでもいい。でも、自分が何に代えても“成し遂げたいこと”を突き詰めるということです。
 自分が実現したい“WHAT”、つまり“成し遂げたいこと”が定まれば、それにしたがって知識やノウハウを身につけていくこともできますし、外部のパートナーなどを活用することもできます。

ぶれない大局観と柔軟な戦略性が重要

──話を戻すと、今までであれば起業に失敗すると、即自己破産につながってしまうようなイメージでしたが、起業環境が変わってきている中で、そもそも起業はチャンスでこそあれ、リスクではなくなったわけですね。
 ええ。今は返済義務のない株式の発行による資金調達がスタンダードですし、むしろ起業に失敗したとしても、キャリア的にプラスになる可能性が高い。起業経験のある人材は大企業の事業開発系の部署でも重宝されるでしょうし、起業後の“プランB”がいくらでも設計できます。
──高宮さんは、投資家として数々の起業家を見てきた中で、「どのようなビジネスに対して投資したい」と思われますか?
 これはありきたりな答えに思えるかもしれませんが、ビジネスよりもまずは人です。経営者を“人として信頼できるか”が一番大事です。僕が投資家として活動できる時間にも限界がある中で、5年とか7年とか同じ釜の飯を食うことになるわけで、性格的な相性もあるし、お互いに「この人と一緒に世界を変えていきたい」と思えることが大前提だと思っています。
 そもそも外部環境を分析して、論理的には、すばらしいと思えるビジネスモデルにたどり着いたところで、当初の事業計画通りにいくことってほとんどないんですよ。それは静的な状況での思考実験に過ぎません。
 その回答の精度が大事というよりは、環境が変わってももう一回、新しい絵が描けるかどうか、という再現性みたいなところのほうが大事です。その鍵が人であり、その人に宿るWILLだと思っています。
──より具体的には、どんな資質が求められるのでしょうか。
 ぶれない大局観と柔軟な戦略性ですね。技術トレンドも含めた外部環境の変化に合わせて、柔軟に戦略を変えられるか、多少、時間軸がずれようと、大きな方向性を保てるか、というところです。
──最後に、いま創業したばかりの起業家に助言を求められたら、どうお答えになりますか。
 まずは良きメンターを見つけることを勧めます。先輩起業家でも、投資家でも構いません。これは僕の経験として実感していますが、スタートアップコミュニティは意外と、善意で成り立っている。「自分が昔、先輩世代に受けた恩を、今度は後輩世代に返す」というペイフォワード的感覚が浸透しています。
 そのためにも、“Think Big”の精神に裏打ちされた、魅力的なビジョンがあり、大義があれば、細かいHowがトンチンカンでも、先輩が、エコシステムが助けてくれる。ビジョンができたら、あとはエコシステムを信じて飛び込みましょう。熱いパッションを持ち、「これ絶対、世の中のためになるよね」と思える魅力的なビジョンを語れば、おじさんたちは意外と協力してくれます(笑)。
 今回のプログラムの一環として、私もイベントで「Nextメルカリ! スタートアップが成長するために必要なビジョン力」というお題で話をさせてもらいます。そういう場からでもいいんです。磨いたWHATを携えてきてください。Think Bigなビジョンを育みたい人を待っています 。
高宮慎一氏とビジネスを仕掛ける元DeNA最年少役員の起業家・赤川隼一氏とともに、特別イベントを開催します。以下の記事より奮ってお申込み下さい。
(編集:中島洋一 構成:小池真幸、長谷川リョー 撮影:渡邊有紀 デザイン:砂田優花)