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CRISPR-Cas9。2012年に誕生したこの遺伝子編集技術で、人類は遺伝子を1文字単位で書き換えるテクノロジーを手にし、大きく世界が変わろうとしています。
今回は、このCRISPRまでの遺伝子の歴史から、CRISPRの仕組み、そして、その未来についてスライドで解説します。
映画「ガタカ」で描かれた、人類が受精卵から完全にデザインされた未来が可能になるかもしれないほどのインパクトを持つこの技術。本記事に出てくるフェン・チャンは「ジュラシックパーク」を見て、遺伝子編集の世界に入ったほど。SFの世界がそう遠くない未来にあるのかもしれません。
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Yamazaki Tさんにコメント頂いた「当時にそんなものを予測していた哲学者は到底いないのではないか」という質問についてですが、実際に今の遺伝子につながるアイデアは、ムカジーの『遺伝子』によると、アリストテレスの「動物発生論」以降になります。
ピタゴラスは、精子が身体を駆け巡って遺伝情報を集め、身体の各部分からの秘密の指示をうけとるという「移動図書館説」を唱え、また、プラトンは『国家』において、両親から子供を数学的に導き出せる、とする妊娠の定理の存在を指摘しています。
そして、アリストテレスの「動物発生論」はピタゴラスの「移動図書館説」を批判する形で、男性だけでなく、子供は母親の提供する情報と合わせた、男性と女性が提供する物質相互の関係で形作られるのではないかという「動物発生論」を唱えました。しかし、神聖ローマ帝国の錬金術師、パラケルススによって「前成説」が唱えられてからは、ダーウィンの進化論を経て、メンデルの法則が登場するまで、遺伝という概念が登場することはありませんでした。
普段この分野に関わりのない読者の方も、「これだけは知っておいた方がいい」という技術の発展の流れがとってもわかりやすくコンパクトにまとまっています。ちなみに昨年アメリカのゲノムの学会に参加したときにビル・ゲイツが基調講演で話をしていましたが、とても詳しかったです。
Googleが買収したDeepMindが「倫理委員会」の設置を条件にした、という話ではないですが、AI以上に爆発的な可能性と倫理的なリスクを孕む遺伝子テクノロジー。究極の個人データともいえる遺伝子のゲノムコードの解読と編集(あるいはそもそもの設計)を、人類は善なる方向に使っていけるのか。

『サピエンス全史』の最後に出てくる、人類の幸福に向けた「我々は何を望みたいのか」という問いがグッと迫ってくる気がします。
第1回目は、福田さんによるスライドです。

遺伝子については、知れば知るほど、自分の存在が揺さぶられる気持ちになります。生命の神秘を解き明かそうとする科学者たちの壮絶な歴史とともに、この革命的テクノロジーを学び直すと、また違った景色が垣間見えます。

>加藤さん

特許を押さえているのは、これらベンチャーではなくて、研究所の方なのです。この3社はいずれも創薬がメインですが、創薬の売り上げがまだまだ立たないのに、すぐにVCが上場させていたりと謎な動きをしていたりします。
ビルゲイツが「自分が10代だったら生物学をハックする」と言ったのは10年前。昨年は「10から15年後に生物学によって大きな災厄が起きる可能性がある。3000万人の命が失われる可能性がある」と講演で話している。

そういう中でも実用化は進む。なぜなら、アメリカ国防総省の研究機関であるDARPAが巨額の予算を注ぎ込み、優秀な人材を集めているから。

日本については、遺伝子情報による差別に関する法制度がない。欧米では10年前に出来ている。厚労省が昨年発表した調査によると、日本において遺伝子情報によって差別されたと答えた人は3%。
大変面白い特集かつ分かりやすいデザイン。後半になるにつれて面白さが増していきます。特許の争いやベンチャー企業の下りは全く知らなかったので大変勉強になりました。

あえて一つ突っ込むと、
>>>古くは、ピタゴラスやプラトン、アリストテレスも探求していた遺伝子の存在

とあるが、当時にそんなものを予測していた哲学者は到底いないのではないかと思ってしまうがどうなのでしょうか。何か史実があればそれも興味深いので載せてほしい。本題と逸れてしまうのでそっと。

追加
福田 滉平様
私の浅学から発してしまった疑問に対して大変ご丁寧にご解説くださり誠にありがとうございました。
すっかり「遺伝子」という概念は19世紀以降のメンデルやダーウィン辺りが発端だと思い込んでおりましたが,ご指摘頂いたことは存じておらず,お恥ずかしいばかりです。
アリストテレスについて調べたところ[1],遺伝子に含まれる「情報」という理論は,「ロゴス」という概念の中に学としてすでに展開されていたようですね。また,「自然により合成される全てのものにはその大きさ及び成長の限界と比がある。これらは火ではなく魂に属し,質料より形相(ロゴス)に属する」と述べているように,脳のハード(質料)とソフト(形相)に例えた場合に,そのロゴスが生物の発生をコントロールすると考え,これが動物発生論の発生に関する内容のようです。

[1]千葉恵,アリストテレスの生命観-目的因はいかに語られうるか-,神経認知科学, 11, 3-4 (2009).
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ninchishinkeikagaku/11/3+4/11_3+4_193/_pdf/-char/ja

福田様のコメント及び解説は大変勉強になりました。改めてありがとうございます。
1953年のワトソンとクリックによるDNA二重らせん構造の発表は20世紀最大の業績の一つと言われますが、二人の影に埋もれた研究者もいます。

その代表格はロザリンド=フランクリンという女性科学者です。DNAの結晶にX線を照射し、その散乱パターンを分析してDNAの分子構造を調べ決定的な写真の撮影に成功します。

その写真なくしてワトソン、クリックの発見は不可能だったはずですが、二人がどのように、そのロザリンド博士の写真を無断で見たのかについては現在に至るまで黒い霧が立ち込めます。

1962年、ワトソンとクリックはノーベル賞を受賞しますが、その4年前に37歳の若さで亡くなっていたロザリンド博士は受賞できませんでした。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ロザリンド・フランクリン

(舞台で板谷由夏氏が演じました。)
http://www.umegei.com/photograph51/
私は2009年に大学院を卒業するまで別のアプローチの遺伝子操作技術(制限酵素技術)を研究してました。
その時の効率や使う試薬と比べると、CRISPR-Cas9の利便性は0と1ぐらいの差があります。
数年前にニュースで見たときはあまりにも驚いて論文を検索したのを覚えています。

これからいろんなの研究が進んでいく領域です。
もう少し産まれるのが遅ければ(笑)

---追記---
DNA、RNA、タンパクという形質発現はセントラルドグマというのですが、この部分はそう簡単な一方通行ではない事が分かっているので、あまり生命現象を単純化しすぎない方が良いです。
そもそも遺伝子編集技術も生来の複雑さ(RNAやタンパクがDNAに影響を与える)を利用しています。
多くのテクノロジーがこの複雑さから生まれているので、補足をしておきます。
お叱り受けるかもですが、ワタシはこの技術で、生物医療科学における、日本の研究機関にあった一定の優位性が減ると思っています この先、一人前になるためのウエットラボでの修行の必要性と、(その結果としての)強い師弟文化のため、生物科学自体を敬遠していた、抽象アタマの若者達もどんどん入ってくるでしょうし、競争は更に厳しくなるでしょうねぇ ゲイツさんが仰るように、ワタシがいま十代なら確実に進む分野ですねぇ
自分の知見がない領域だったので、驚きばかり。

科学技術が「正しく利用されること」は難しい。人によって何を正しいと思うかは違うし、正しいか正しくないかが分かるのは時間を経てからかもしれない。過去の事例では、原子力もそうだし、フロンも昔は夢の化学物質とまで言われた。
ネットも利便性は誰もが認めることだと思うが、かといってそれによってさまざまな弊害もある。何を弊害と感じるかは人により違うし、弊害をすべて抑えられるわけでもなければ、弊害があるから使わないべきとはならない。

原因が分かることのメリット・デメリットもある。原因が分かっても対処できるかは病気や各個人次第。余命宣告とかに近い部分もあるかもしれず、「知らなかったほうが良かった」ケースも出てくるかもしれない。

科学技術が未来を良い方向に作る力を、自分は基本的に信じている。とはいえ、それはその過程での様々な修正も経てでの歴史。
これから50~100年くらい、原子力や情報と同じように、使い方を巡って議論がされていく領域になっていくのだと、本記事をみて思った。

ただ、その割には、Intellia Therapeutics、Editas Medicine、Crispr Therapeutics、基本特許を押さえているのに3社とも時価総額がそこまで大きくないのは気になった。

<追記>森川さん、ありがとうございます!上場事業会社が特許保有者ではない、と。<追記終>
この連載について
ITテクノロジーは、我々の生活を大きく変化させてきた。さらに今、我々の「生命」自体を決定的に変化させるテクノロジーが登場している。われわれを規定する遺伝子、ゲノムを自由に操作できる「ゲノム編集」の技術は、人間をいかなる未来へと誘うのか。