プレミアムな日本酒づくりを支える、原材料のストーリー

2018/7/21
1973年に製造量のピークを迎えて以来、市場が縮小し続ける日本酒産業。右肩下がりの、ともすれば「斜陽産業」とも考えられるこの業界で、あえてプレミアムな日本酒づくりに挑戦する起業家がいる。
「日本酒をもっと知りたくなるWEBメディア」「SAKETIMES」を運営するClearの代表取締役生駒龍史氏だ。
1986年東京生まれ。日本大学法学部卒。「未来視点のサービスでSAKEの市場と文化を発展させる」をミッションとし、日本酒専門メディア「SAKETIMES」を運営。内閣府、農林水産省など行政との連携も多く、伝統産業における事業開発を行う。2018年からオリジナルSAKEブランド「SAKE100(サケハンドレッド)」をリリースし、Eコマースと輸出事業へ参入。
これまでの日本酒業界では、「安くてうまい」 が正解とされてきた。しかし生駒氏が展開するオリジナルブランドは、1本あたりの販売価格が1万円を優に超えるなど、業界の常識から逸脱した戦略で注目を集めている。
伝統的な日本酒業界に風穴を開ける高単価の日本酒をつくり始めた意味と、原材料となる米農家とのストーリーを絡めた付加価値の作り方について語ってもらった。

「安くてうまい」以外の道

──衰退する日本酒産業で事業を起こし、なおかつ業界の常識とはかけ離れた「高価格」な商品を販売されています。勝算があったのでしょうか?
日本酒は、1973年以来生産量が減少し続けています。しかし斜陽産業なのかといえば、そうではないのです。パック酒や本醸造酒などの安価な商品は売上高が減少していますが、一方で、吟醸酒や大吟醸酒といった高価なお酒は売上高が伸びています。要するに、日本酒の楽しみ方に大きな変化が起きているのです。
──“プレミアムな商品”を求める人が増えていると。
おっしゃる通りです。かつてよく見受けられた「毎日ジャブジャブ飲む」習慣から、高品質な日本酒を「少しずつたしなむ」ライフスタイルに変化していることが、数字から見て取れます。
ホームパーティーでちょっといい日本酒を振る舞ったり、外食でペアリングを楽しんだり、非日常としての日本酒が求められているのです。
──そうしたライフスタイルの変化に応じて商品も変えていかなければならないということですね。
日本酒業界の慣習として、これまでは一升瓶だったらおおよそ3000円程度と相場が決まっており、その中でいかにおいしくつくるかを競ってきました。
しかし、売値の上限が決まってしまうと品質を上げるにも限界がありますし、何より蔵元自体が疲弊してしまいます。
そうではなくて、他の業界と同じようにブランドを確立し、高品質な商品には品質に見合うだけの価格をつけて販売することが求められていると考えています。
──ワインのように高級ワインから日常使いのものまで、幅を出すということですね。
その通りです。さらに言えば、高級ラインが出てくることで日本酒自体のブランディングにもつなげたいという狙いもあります。
というのも、現在は禁煙ルールが厳しくなっていますが、次はお酒にもこの波が来るだろうと思っているのですね。
飲酒による事故や事件もたびたび発生していますし、アルコールに対する風当たりが強くなっていく可能性もあります。そうしたイメージを払拭するには、「ぜいたく品であり、嗜好(しこう)品である」というブランディングが必要不可欠なのです。
──そもそも、従来の市場で高価格帯の商品が出てこなかったのはなぜでしょうか?
「歴史的背景」と「流通構造」、2つの問題があります。まず歴史的背景ですが、日本酒産業は“コスパ信仰”なのです。安価でおいしい“コスパの良い”商品で発展してきたので、プレミアムな商品では、成功体験がほとんどありません。
また、「メーカー・卸・小売り」という流通三層のなかで、酒蔵はメーカーに徹してきたため自分たちで直接販売するルートを持ってきませんでした。そのため、川下にいけばいくほど力を持つ構造になっていることも要因の一つです。
小売り側も製造側も『安くてうまい商品が、消費者の心をつかむ』という認識があるので、値段を上げようという発想が生まれづらかったのです。
──Webで販売するなど、メーカーが直接販売することも可能だったのではないでしょうか。
そもそも、自分たちで直販せずとも成り立つ構造が長く続いてきたという歴史的背景はあると思います。かつては1つの地域に2つ、3つと酒蔵がありました。『地域を中心としたコミュニティに商品を販売する』のが主たる販売戦略だったため、Webを通して遠くにいるお客様にまで届ける必要はなかったのです。
また、販売の大半を酒屋に依存している分、新しく流通チャネルを増やして、小売り側を怒らせたくないという遠慮もあったのではないかと思います。
とはいえ、今や生き残るにはそうも言っていられなくなってきたので、Webでの直接販売に着手している蔵元も増えてきていますね。

味覚以上の付加価値をつける

──ライフスタイルの変化と、日本酒業界が手をつけていない価格帯と、に勝機を見いだしたと。プレミアム化を図る上で、こだわったポイントをお聞かせください。
商品に“再現不可能な価値”を付与することです。僕たちは、『日本酒は舌や頭ではなく、心で味わうものだ』と伝えています。『この一杯を口にするまでにどれほどまでのストーリーがあったのか』を訴求することが、商品を差別化する大きな要因になるからです。
──生産地や原料の希少度なども、差別化の要因になるのではないでしょうか。あえてストーリーを主たる差別化戦略においたのはなぜですか?
日本酒好きの中には、“頭で飲む”ことが好きな方もいます。産地や磨き方などのスペックにこだわるのも日本酒の楽しみ方のひとつです。でも、「6号酵母でつくられた、23%精米の日本酒です」と伝えられても、普通の人が味をイメージするのは難しいのではないでしょうか。
(写真:gyro / iStock)
だからといって「舌触りや喉越し」など“舌で飲む”のも限界がありますし、味の感じ方は人それぞれ異なるので感動を共有しづらいという難点があります。
しかし、そこで「豊かな大自然を流れる伏流水で仕込まれたお酒」と、目の前にある一杯が口に届くまでのストーリーを語ることができれば、一緒にその感動を共有することができます。日本酒には、「心で飲む」ためのストーリーを語るに足るポテンシャルがあります。
──ストーリーに目を向ければ、地域性を出すこともできそうです。