現代人の新たな教養。アートの歴史と業界地図

2018/7/16

実はアート好きな日本人

2018年夏、東京・お台場。酷暑の中、長蛇の列ができる人気施設がある。
6月に開館した「森ビル デジタルアートミュージアム:エプソン チームラボ ボーダレス」。森ビルとチームラボがタッグを組んで開設した、世界でも珍しいデジタルアートを常設する美術館だ。
オープン直後に7月までの入場チケットが売り切れるほどの人気を博している。
森ビルとチームラボのデジタルアート常設展(写真:AP/アフロ)
同時期、東京・上野の森美術館ではシュールレアリズムの代表的作家、マウリッツ・コルネリス・エッシャーの作品を展示する「ミラクル エッシャー展」が開催。こちらも約1カ月で来場者数が10万人を突破するなど、連日の盛況を見せている。
実は日本人は、「アート展覧会好き」の国民として知られる。
アートメディア「The Art Newspaper」が毎年3月に発表する「Most Popular Exibitions」(世界の人気展覧会)によると、2017年の1日あたり観客動員数は、1位が東京国立美術館の「運慶展」。3位が国立新美術館の「ミュシャ展」。5位が国立新美術館の「草間彌生 わが永遠の魂」と、実にベスト5のうち、日本勢が3つを占めている。
毎年のランキングを見ると、1位〜3位を日本が独占している年もあるほどだ。
しかし、ビジネスの観点からすると、日本のアート市場は世界に比べてわずかな規模にとどまっている。
欧州美術財団の調査によれば、2015年のアート市場の規模は7.3兆円。しかし日本の市場規模は2000〜3000億円と推計され、世界の約40%を占めるアメリカに比べると、雲泥の差がある。
つまり、展覧会は熱を帯びているものの、アート市場としてはまだまだ発展途上なのが日本なのである。

各所から見るアート熱の高まり

ただし、ビジネスパーソンの中で、アートに対する興味関心が高まっているのは間違いない。
2017年の「ビジネス書大賞」は、並み居るヒット作を抑えて、山口周氏の『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』が準大賞を受賞した。
「変化の激しい時代には、アート観賞などを通じて美意識を鍛えることこそが、生き残っていく道である」という山口氏の明快な主張には、レビューサイトでも好意的なコメントが並ぶ。
また今年3月に開催された「アートフェア東京」も、「ここ数年では類を見ないほど好調な売れ行き」(関係者)で、しかもこれまでに来場しなかったビジネスパーソンの姿が目立ったという。
2018年3月9日〜11日に開催されたアートフェア東京(写真:野村高文)
アート業界からも、アート愛好者の裾野が広がることを歓迎する向きもある。
スマイルズ代表の遠山正道氏は、アート作品の取引が一部のプレーヤー間でなされている現状を問題視し、「アートの民主化」を掲げる。自身の活動も、もっと気楽にアートに触れてほしいとの思いで貫かれている。
遠山正道氏(写真:遠藤素子)

作品の価値を決めるプレーヤー

アート市場を概観すると、作品を世に出す「画廊」、商品として流通される「オークション会社」、コレクションして一般に広める「ミュージアム」、批評して作品の位置付けを決める「メディア」といったプレーヤーが存在。
「これらの力が合わさることでアートの潮流や運動がつくられ、価値が増殖していく」(東京画廊・山本豊津氏)構造になっている。
そこで特集では、教養としての「現代アートの歴史」をおさらいした上で、アート作品の価値を決める各プレーヤーの動向について深掘りしていく。
第1回では前出の『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』著者の山口周氏が登場。ビジネスパーソンがアートを学ぶ意義や、アートの理解がもたらす副産物について語る。
第2回では、現代アートの歴史についてスライドで解説。常に既存の表現を否定しながら、アート全体が発展してきた様子を概観する。
第3回では、日本で初めて現代アートを扱った東京画廊のオーナー・山本豊津氏のインタビューを掲載。以前「イノベーターズ・トーク」で、アートと経済の関係性について論を展開し、大反響を巻き起こした山本氏が、知られざる「画廊の仕事」について語る。
第4回のゲストは、アーティスト、コレクター、アートビジネスの経営者という多様な顔を持つ、スマイルズ社長の遠山正道氏。「The Chain Museum」という、既存のミュージアムの概念を超える実験的な試みについて明かす。
第5回では、伝統あるアートメディア『美術手帖』の岩渕貞哉編集長が、アート業界におけるメディアの役割について寄稿する。
第6回では、スタートトゥデイ・前澤友作氏がバスキアの絵画を落札したときの代理人として名を馳せた、サザビーズ香港の寺瀬由紀氏に取材。現存する世界最古のオークション会社が行うビジネスの裏側に迫る。
最終回では、ブロックチェーンを使った記録システムにより、アート業界のお金の流れを変えようとする新進気鋭のプレーヤーを紹介する。
外から見ただけでは、構造がわかりづらいものの、豊穣で複雑なアートビジネスの世界。一つひとつの事例から解き明かしていこう。
(デザイン:國弘朋佳、バナー画像:Getty/Bernard Weil)