若者よ、ゾンビがいない新天地を目指せ

2018/7/17
ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの再生で名を馳せた、マーケターの森岡毅氏。現在は「刀」を創業し、日本企業の成長に挑んでいる。日本企業の成長のために求められる戦略とは何か。社員は変革のためにどう動くべきなのか。『マーケティングとは「組織革命」である。』を上梓した森岡氏に聞いた(全4回)

大企業の病

──今、日本には停滞している大企業も多いですが、そこに共通する症状は何でしょうか。
苦労している大企業にありがちなのは、一人一人の社員の価値、意味、スペースみたいなものが小さくなっているということです。
大企業では、どうしても各人がオーナーシップを持ちにくくなります。「自分が何とかしなければ会社が傾く」「この会社の命運は自分に掛かっている」といった意識をなかなか持てないのです。
大企業で、巨大な売上をみんなで支えて、みんなの仕事が分業化されて、狭い領域を深く担う人ばかりが増えていくと、コミュニケーションのフローも組織構造も全部複雑化してしまって、個人が何に責任を持っているかがどんどん見えなくなってしまいます。
そうした組織では、意思決定が遅くなる上、正しい意思決定もできません。
森岡毅(もりおか・つよし)/刀 CEO 1972年生まれ。96年P&G入社。P&G世界本社勤務などを経て、2010年にUSJ入社。 CMOとして同社を再建。17年、マーケティング精鋭集団「株式会社刀」を設立。著書に『マーケティングとは「組織改革」である。』など
誰が何を決めているか分からない組織では、基本的に、人の自己保存の本能が暴走しやすくなります。会社全体の利害よりも、個人の利害を意識的、無意識的に優先した行動を取る確率が上がってしまうのです。
それがゆえに、同じ業界において、消費者のプリファレンス(消費者が商品やサービスを選別する際の理由となる「相対的なブランド好意度」)を射抜く競合が現れたとき、対処ができなくなって売上が下がっていくのです。
大企業の一人一人に話を聞くと、優秀でいい人が多い。日本の宝のような人たちです。
それなのに、全体として正しい行動を取れないのは、各人を全体のために正しく行動させるための仕組みが不足しているからです。もしくは、仕組みが複雑で曖昧になっているため、人が組織のために正しい行動を取る確率が低くなる構造が生まれているのです。
その構造自体を直さないかぎり、精神論では会社は変わりません。

日本的組織の病

──そうした大企業の病は日本企業に特有のものでしょうか?
どこの国でもある話だと思います。私自身、日本以外の国でも働いてきましたが、程度の差こそあれ似た話はあります。
ただし、日本には特有の問題があります。それは、日本人の国民病として、同調圧力に弱い面があるということです。
日本人は対人恐怖症のところがあって、不必要に自分が周りから嫌われているのではないか、疎外されているのではないか、否定されているのではないかと恐れて、自分が本当に望む行動が取れなくなってしまう傾向があります。
しかも、不透明な組織構造が、そうした日本人のリスクを避ける傾向に拍車をかけています。大きな組織になればなるほど、個が埋没していく傾向が強くなりがちです。
日本の組織は、自分の安全がちゃんと保障されている、もしくは、よほどのクライシスにでもならない限り、集団としてなかなか変わりません。それは、歴史をひも解いても明らかだと思います。
──そうした本質を変えるよりも、そうした本質を所与とした上でどう組織構造を変えていくかを考えたほうがいいですか?
そう思います。
一般的に日本人は、良い意味でも悪い意味でも、周りの目を気にしますが、裏を返せば、「周りのためになること」「周りに受け入れてもらえること」「周りに感謝されること」であれば、個人が勇気を持ちやすい文化だとも言えます。
「組織全体のために正しいことであればリスクをとってもいい」というふうになれば、リスクをとる人が増えていくのではないでしょうか。そうした自己犠牲の精神に近いような価値観が日本人には合うのではないかと思うのです。
「周りのために自分が厳しい仕事をやる」「全体のために困難なことでも引き受ける」という心意気みたいなものは、個が立ち過ぎている文化よりも、日本の文化のほうが生まれやすいのではないでしょうか。
ですから、キーワードは、「組織全体のために正しいことであればできる」ということだと思います。
──そうした日本人のいい心意気を引き出すために、どのような仕組みが必要なのでしょうか。
人事制度改革です。
日本の人事制度は、年功序列の文化が続いてきたため、横並びで差を付けません。
【森岡毅】日本企業をむしばむ、上下関係の3つの呪い
今、伸びている業界や会社には共通点があります。それは、顧客ニーズのことだけをダイレクトに考える世代が創業者であるということです。
ITなどのニューテクノロジーの世界が典型ですが、ゾンビがいないのです。ゾンビがいる業界の改革は一番難しい。ゾンビが、新しい発想の芽をつぶしていくのです。

ゾンビとは何か

──ゾンビとはどういう意味でしょうか?
ゾンビには3つの共通項があります。
第一に、強烈な成功体験を持っています。
重厚長大産業、電機業界、自動車業界といった、作れば売れる業界の中で生きてきた人たちは、自分の成功体験が頭の中にあります。
だから、技術を顧客視点で生かすべき時代が来ても、マーケティングの必要性を認めないのです。「そんなカタカナは俺には理解できん」という反応になってしまいます。
2つ目の共通項は、まさに「自分が理解できないものは否定する」ということです。
自分と異なる考え方を取りあえず受け入れてみて、頭の中で咀嚼したり、理解したりしないのです。成功体験が強すぎるとこうなってしまう傾向があります。
3つ目は、究極にリスクアバースであるということです。
自らは既得権者なので、あと5、10年の会社員生活を逃げ切ろうと思っています。ちょうど団塊の世代から少し下ぐらいの世代です。
今の50代後半から60、70代の方々には、ゾンビが多い。このゾンビのせいで、なかなか変われない会社が山ほどあるのです。
戦後は、自動車産業にも化学産業にも電機産業にもゾンビがいませんでした。
しかし、どの企業も最後はゾンビになっていきます。かつてのパイオニアとしての体験がゾンビになってしまって、新しい世代の新しいアイディアが大企業の中でなかなか生かせなくなる。こうした世代間の闘争が、今の大企業の停滞の根っこにある気がしています。
だから、私が若者に声を大にして言いたいのは、「新天地を目指せ」ということです。同じことをずっとやっていてもダメです。ゾンビが土俵に上がれないような新しい産業にこそ、若者の可能性があるのです。
(撮影:加藤昌人、デザイン:星野美緒)