【岩出雅之】最強のリーダーが実践する「体育会イノベーション」

2018/7/11
前人未到の9連覇――。
帝京大学ラグビー部が全国大学選手権で継続中の記録は、日本スポーツ史に燦然(さんぜん)と輝く偉業である。大学のチームでは毎年主力が卒業していくことを考えると、他の追随を許さない強さが一層光る。
4年生が雑用を積極的に担当し、下級生がのびのびとプレーして成長する組織づくり=「体育会イノベーション」は、スポーツの指導者たちはもちろん、企業のマネジメント層にも大きな影響を与えている。
なぜ帝京大ラグビー部は誰より成長を続け、勝ち続けることができるのか。現在、日本で最高峰のスポーツマネジメントを実践する岩出雅之監督が、その秘訣を語る。
岩出雅之(いわで・まさゆき)/帝京大学ラグビー部監督
1958年和歌山県生まれ。日本体育大学時代はフランカーとして活躍し、1978年大学選手権優勝。卒業後、滋賀県の教員に。八幡工業高校ラグビー部を7年連続全国大会に導いた。1996年帝京大学ラグビー部の監督に就任し、2009年度から9連覇中。帝京大学医科学センター教授

楽しむ=フローの技術

――岩出監督はチームづくりにおいて、「モチベーション3.0」や楽しむことの重要性を指摘しています。一方、日本のスポーツ界では「楽しむ=チャラチャラしている」と下に見られることが少なくありません。仕事にも通じると思いますが、なぜ、楽しんでプレーする(=働く)ことは重要なのでしょうか。
岩出 僕の仕事はラグビー部の監督なので、学生たちをアスリートとしてサポートしていかないといけません。でも部に入ってきたばかりの学生は、現実としてスポーツ少年なんです。アスリートではない。
僕の仕事として、(ラグビー部の監督として)スポーツ少年をアスリートにし、そこからトップアスリートに挑戦できるような資質を身につけさせていくことと、(大学の教員として)高校生とほとんど変わらない青年を大人にしていくプロセスの両方あると思います。
トップアスリートになるためにはいろいろな経験をさせていく中で、さまざまな研究や学習を通してしっかり知性を高める。そして、バイタリティのある人物になっていく。
さらに一番大切なのはインテグリティ。高潔や誠実を理解して、人としてきちんとした芯の部分を持ち合わせて、インテグリティ、インテリジェンス、バイタリティの相乗効果で、いい経験を重ねてそれを自分のもの(財産)にしていく。そういう積み重ねだと思うんですよね。
そのツールにスポーツがある。でも、ツールとしてだけでは楽しくない。人間は楽しむことで、無限の力を発揮すると思います。楽しんだという経験で終わるのではなく、楽しむことを自分たちの能力に変えていけるような考え方を持てるように、我々は指導していきます。
そうやって学生を大人にし、アスリート、そしてトップアスリートに導いていくような種をまいていく。そして彼ら自身が自分を育てていくような、言い換えれば、自分を導く力と、周りを導く力をリーダーシップとして持ち合わせて、自分を変え続けていけるような人になってほしい。そう願っているんですよね。

認知の脳をマインドセット

――「楽しむ=自分の成長を実感する喜び」ということですか。
楽しむというのは、単純に、「食事っておいしい」っていうことです。「おいしい」には味覚もあるし、シチュエーションもあるし。酒を誰と飲むのがいいかって、やっぱり飲む相手で決まるのと一緒じゃないですか。食事も同じように、質素なものでもとてもおいしいときはあるし、ぜいたくなものでもシチュエーションが違ったら味が変わるし。
結局、脳だと思うんですよね。「楽しむ」っていう脳が、もっと言えば認知の脳が、どう自分に認知させるか。これが楽しさのもとかな、と。
だからスポーツでも楽しかったと思えるか、楽しくなかったと思うか、そういう認知の脳を育てていくことがとても大事で。その要素の中に、「モチベーション3.0」の中でうたわれていることもいっぱい入ってくるかなと。
自立心があって、行動する目的がわかっていて、そして可能性がある。仕事にしてもスポーツにしても、いつやっても楽しいこともあれば、逆にいつやってもしんどくて「嫌」と思うこともある。その中でどう自分が認知していくかは、子どもにはできない技だと思うんですよね。
子どもって、楽しめる力を持っていると思うんですよ。認知の脳がはっきりしている。
楽しいことには没頭する。嫌なことはやらない。特に小学生の低学年は自分で自分を乗せることができないので、赤子が抱かれて機嫌を良くするように、周りから肯定されて育っていく。そういう意味では自分をコントロールする力がまだ弱いけど、好きなことには没頭する。一生懸命やる。時間を忘れてテレビを見る。
アンパンマンのテレビを見ているときに、電話が掛かってきたり、呼び掛けたりしても全然気付かないような子どもは、まさに楽しんでいるんですよね。これってフローだと思うんですよ。だから楽しむというのは、実はフローだと思うんです。子どもは、「一生懸命楽しめる」というフローの技術を持っているわけです。
でも大人は、いつの間にかそこに認知の使い方で意味付けをしちゃう。いいほうに意味付けするのではなくて、体裁とか周りの関係性とか、過去とか未来とか、何か言い訳をしながら、無邪気に楽しむ術をどこかに置き忘れてきているんですよね。
――お金とか、外的要因もありますよね。
要因はたくさんあります。子どもは「一生懸命」を楽しむほうに使えるけれど、大人はいつの間にか「一生懸命」を楽しむほうに使えなくなる。何か、つまらない心の在りようをつくっちゃっているので。
そこをうまく整理して、認知の脳をうまくマインドセットしていくと、楽しさがもう一度戻ってくると思うんですよ。大人は子どもの頃にやった楽しさを完全に失っているわけではなくて、使っていないだけで。
フローの話をすると、フロー体験をする中で、人は楽しさ、幸せ感、充実感を持っていきます。それを何度も繰り返しているうちに、意識的にも無意識的にも、早くフローに入れる力を養っていける。
そういう意味では、人は自分をうまく楽しいほうに持っていけるようになります。だから、楽しさをしっかり位置付けてトレーニングしていくと、しんどいことがしんどくなくなる。
食事で言うと、甘いだけではなくて、酸っぱいも苦いも辛いも、全部楽しむ。そうして味覚が変化していきます。
仕事にも大変なことはいっぱいある中で、どうやってマインドセットしてやっていくか。上司に言われた仕事を、最初から「面倒臭い」と心理的に拒否していないか。
大人になると、過去や未来、環境に左右されることが多すぎて、そのせいで自分の力量を落としてしまっているのかなと思うんですよね。だから環境や発想の中に楽しさをうまく創造していけるような力をつけて、自身のアプローチとして積み上げていく。
そうすると「楽しさ」っていうのはチャラチャラしたとか軽いものではなくて、とても魅力ある世界になっていく。楽しさや没入感をうまく体現する中で、幸せを感じて、まさにフローの中での心地良さを味わっていける。
その要素の中に、実は「モチベーション3.0」と同じように、充実性や可能性、目的意識があります。しっかりしたフィードバックを受けながら、適切な課題との出合いを重ね、無理なく、うまく積み上げていく。
スポーツなら僕みたいな立場のコーチングスタッフ、会社で言えば上司がいて、仲間やチームであらゆる面をコンサルティング、ティーチング、カウンセリングできるような組織になる。そして各自が、トータル的にセルフコーチングに持っていけるようにする。
そうしたチームカルチャーがうまくできていくと、しっかりとした楽しさが常に内在する。堀場製作所のように「おもしろおかしく」が社是になるのは、まさに究極の楽しさとか、フローの幸せだと思うんですね。
たぶん、みんなそういう発想でやった経験がないから、しっくりこなかったり、大人の手前上の見栄でやめてしまったりするけれど、食べず嫌いなだけなんです。誰かがおいしい味をしっかり知ったら、一気に広まっていくと思います。

オーナーシップとリーダーシップ

――体育会の伝統として「4年生が神様、1年生は奴隷」という上下関係がありますが、よりフラットな関係にしたほうが選手たちは伸びやすい。でも利害関係や固定観念などにより、実行できないケースが少なくありません。
やっぱり組織って、大きければ大きいほど難しいですよね。だから、組織を割っていかないといけない。個別化していく。
「上も下もない」という発想には、そう簡単に行けません。ではどうするかと言うと、本当の意味でオーナーシップが必要だと思います。
うちではオーナーシップについて、「個人の自分をコントロールし、自分を動かせる力」と定義付けています。その中で余裕のある者が、リーダーシップで周りを動かしていこう、と。でも実はその上に、オーナーシップがもう一つあると思うんです。
キャプテンやリーダー、そして4年生だけではなくて、みんなが「この組織は自分の組織だ」と思えるような組織、そして考え方に持っていくことによって、「みんながやろう」というカルチャーが生まれてくると思うんですよね。
今の(若い)人たちって、深く、熱く関わり合うことに対して、どっちかといったらネガティブな表現をすることが多いじゃないですか。別に青春ドラマのように熱く関わらなくてもいいけど、お互いがどうやって価値観を共有をしていくか。やっぱりカルチャーを根付かせるって、お互いが価値観を共有していくためのプロセスをつくることだと思うので。
僕は1年生に、最初から(多くを)求めていません。4年生になるまでのプロセスで、たった4年ですけど、少しでもいい経験をさせてあげて、そこから感じるものを増やしていく。(指導者に必要なのは)共有とか、共感を増やしていく作業かなと思うんですね。そういうのは学生同士でも大切なことで。
単純に言えることは、ギブ&テイクだと思うんですよ。みんな、Takerが多いので。人から与えられる、授かるほうが多いですよね。
クレーマーは、特にそれが顕著なところです。何かあったら、すごく文句を言う。文句を言うこと自体も、自分にとってはストレス発散になっている。
でも、そうではなくて、Giverになっていけるように。与えることができるようにしないといけない。
うちの関係性の中で、少しずつTakerからGiverに変わっていきます。奪う人から、与える人に変わっていく。未熟な若い学生だから難しいと思われるかもわからないけど、彼らはずっと部にいるわけではないから、逆にそうした組織をつくりやすかったりします。
組織の人数をある程度コンパクトにするためには、ユニットの分け方ですね。それと期間です。
挑戦心とスキルのレベルが合わないと、人はマンネリ化します。例えば挑戦心が低くてスキルが高いと、惰性になる。だから、適切な課題を与えていけるように。フィードバックをすぐにできるようにするためには、コンパクトな状態じゃないと難しいじゃないですか。コンパクトにチームをつくっていく中で、稲盛和夫さんのようなアメーバ経営を生かしています。
同じように、自分たちの行動がリアルにフィードバックされるような組織体の仕組みの中に、実はカルチャーをつくっていく要素があって、そことセットにさせていく。そういうマネジメントが大事だと思うんですよね。
こんな話をしていても学生には難しいので、僕自身はもっともっと変えないといけないといつも思っています。組織づくりに完成形はないですね。『常勝集団のプリンシプル』という本を書きましたけど、逆にまだ足りないなと思える状態です。
人は無限に変化するので、方法論も変化していかないといけない。ただ、「これだけは変えないでいこう」というのを押さえておく。
そのひとつが、「楽しむ力」を与えていく。「楽しむ環境づくり」で終わらずに、「楽しむ力」を組織カルチャーの中に落とし込んでいく。まさにこれからの時代に必要なものです。適応能力の開発にもなると思うんですよね。
計画の実行、想定内の実行だけではなくて、想定外の対応が絶対これからいっぱい出てきます。かつ、トップがさまざまな対応の場にいるわけではないので、想定外のことに対応できる判断や行動をできる人材が必要な社会になってくる。そこにしっかりフィットしていけるような行動力や発想力が、早急に求められているじゃないですか。
そう考えたら、それぞれがそういうことに対して積極的になっていくような環境設定をしていかないといけない。トップダウンで上からの指示待ちの体制にすると、当然、指示待ち人間にしかなりません。
そうならないような体制をつくりながら、その中で楽しみ方や、やりがいを感じるように、共感、共有をつくる。そうしたアプローチをしながらカルチャーをつくっていく。指導者自身が、イノベーションをしっかりつくれるイノベーターにならないとダメですよね。
*明日掲載の第2回に続きます。
(撮影:是枝右恭)