「障害」が「多様性」として活きるとき、社会は一歩前進する

2018/7/6
自閉症スペクトラム障害を抱える小児外科医を主人公にしたドラマ『グッド・ドクター』(フジ系列)が始まる。自閉症スペクトラム障害とは発達障害の一つで、自閉症やアスペルガー症候群もそこに含まれる。これらの言葉を聞いたことがあっても、果たしてその実態を理解している人はどれくらいいるだろうか。彼らは日常生活でどんな困難を抱え、どんなサポートがあれば、その特性を生かせるのか。ドラマの監修者であり、自身もアスペルガー症候群である医師、西脇俊二氏にその課題と実情を聞いた。
フジテレビ系で7月12日にスタートするドラマ『グッド・ドクター』。このドラマの主人公・新堂湊(みなと)は、先天的に自閉症スペクトラム障害を抱える小児外科のレジデントだ。
自閉症スペクトラム障害には様々な分類があるが、社会性や他者への共感能力が欠けていたり、興味の範囲が極端に狭かったりといった特性を持ち、それらの特性が日常生活におけるコミュニケーションや仕事の障害として表れ、結果、障害を抱えている人への偏見や反発につながることがある。
このドラマはフィクションだが、それゆえ「自閉症なのに医師になんてなれるわけがない」と思われる方もいるかもしれない。
しかし、実際に自閉症スペクトラム障害を抱える医師は珍しくないそうだ。『グッド・ドクター』の監修者、精神科医の西脇俊二氏も自閉症スペクトラム障害の一つであるアスペルガー症候群を抱えながら、日々多くの患者と向き合っている。

自閉症スペクトラム障害とは?

── 自閉症スペクトラム障害とは、どういうものですか。
西脇 自閉症スペクトラム障害を抱える人は、脳機能の偏りが引き起こす様々な特性を持っています。
たとえば、相手の感情やその場の空気が読めない。興味の幅が狭く、細部に強くこだわってしまうため、ものごとを俯瞰(ふかん)したり全体像を把握したりすることが苦手。自分流のルールを持っていて、臨機応変に対応できない。
こういった症状をもとに診断基準が決められていて、その条件を満たし、かつ社会生活を維持するのに支障をきたすような場合に、自閉症スペクトラム障害と診断されます。
発達障害には自閉症スペクトラム障害、学習障害や注意欠如・多動性障害などの分類があり、複数の障害が重複するケースもある。西脇氏が抱えるアスペルガー症候群は自閉症スペクトラム障害の一種で、知的障害や言葉の遅れをともなわないもの。
── なぜそのような特性があらわれるのか、原因はわかっているのでしょうか。
まだはっきりと究明されていませんが、脳の様々な部分に萎縮があることで障害が起こるといわれています。
たとえば、自閉症と診断された人の25%は、感情をつかさどる扁桃体(へんとうたい)という部位が萎縮していたという論文があります。
また、人の顔を認識する紡錘状回(ぼうすいじょうかい)という部位や、目や口の動きを認識する上側頭溝(じょうそくとうこう)という部位も障害されていることが多いです。だから、人の表情を読み取ることが苦手なんですね。
もうひとつ、特徴的なのが前頭葉です。前頭葉にはミラーニューロンという神経細胞がありますが、これは相手の気持ちに共感するときに必要な機能です。
一般的には、他人がつねられて痛がっているのを見たら、ミラーニューロンが働くので自分もその痛みを想像できます。でも、自閉症スペクトラム障害の人はそれがうまく働いていないので「痛そう」と思えず、悪気はなくても猫のしっぽをつかんで持ち上げてしまったりします。
このようなパーツごとの異常に加えて、脳のそれぞれの領域がうまく連係できていなかったり、グルタミン酸やセロトニンなどの脳内ホルモンの分泌にも異常があったりと、複合的な要因で自閉症スペクトラム障害になると考えられています。

特性は変えられなくても、“苦手”は補える

── 西脇先生もアスペルガー症候群だとうかがいましたが、言われなければ気づかなかったと思います。
アスペルガー症候群だと自覚していなかった頃はひどかったんですが、今は大丈夫ですよ。こうやってコミュニケーションを取ったり、社会生活を送ったりできるように、ずいぶん訓練してスキルを身につけてきましたから。
私はアスペルガー症候群の特性から、相手の気持ちをおもんぱかったり、その場の空気を読むことができませんでした。でも、今では「自分が笑うと相手も喜んでくれる」といったことは理解できるようになりました。
自然と笑顔にはなれなくても、楽しいと感じたときは笑顔に見えるように口を「イ」と言うときの形にする。人の話を遮らないように、自分の言いたいことは10のうち1しか発言しないと決める。仕事の全体像を考えながら段取りができないので、タスクを細かく書き出して、ビジュアルとしてとらえられるようにする。
生まれ持った自閉症やアスペルガー症候群の特性は変わりませんが、このようなスキルで足りない部分を補うことができます。
西脇先生の著書では、より詳細なアスペルガー症候群の特性と、当事者や関係者がどう向き合えるかが書かれている。
私は1996年に国立秩父学園という知的障害児施設に入り、自閉症スペクトラム障害の療育に携わり始めた頃に、自分がアスペルガーであることを知りました。
それ以前は国立病院の精神科で研修医をやっていたんですが、当時はまだ、自閉症スペクトラム障害についてきちんと知られていませんでした。医療関係者でさえ、名前は知っていても「なにか閉じこもっている人でしょう?」くらいの認識の方が多かったと思います。
その頃の私は友人もほとんどいなくて、まず雑談ができませんでした。何か聞かれても、気の利かない答えをぽんっと放って、人の話を終わらせてしまう。人の気持ちをおもんぱかることができなかったんです。
たとえば、人がケガをしているのを見ると、普通の人は「大丈夫?」って心配するでしょう。それができずに、真顔で「血が出ています」と言ってしまったこともあります。それを聞いてみんながウケていたんですけど、私には何が面白いのかまったくわかりませんでした。
── 当時はアスペルガーだとは知らず、ご自身もまわりもそういう性格の人だと思われていたわけですね。
いわゆる、“空気が読めない人”だと思われていたんでしょうね。
最初に勤めた病院では、9人の医師が昼休みに全員で食事をするというしきたりがありました。みんなで350円の日替わり定食を食べて、そのあと医長が全員にコーヒーをおごる。それが、何世代も続いていたんですね。
でも、私は定食用の仕切りのついたお皿が嫌いだったので、いつも1000円するカツカレーを食べていました。そうすると、揚げたてのカツでつくってくれるから時間がかかり、私が食べ終わるまで、みんながずっと待つことになります。私が一番下っ端なのに。
あるとき先輩から、「みんなが定食を食べているのに、なぜお前だけ違うものを食べるんだ?」と聞かれたんですが、質問の意味がわからず、「あれは僕のお金ですから」と答えました。今思えばとがめられたのかもしれないけれど、悪いことをしたとは思えなかったんです。
── カツカレーを頼むのが悪いことだとは思いませんが、そこで空気を読めという同調圧力が働く職場もあるでしょうね。
ただ、その後のランチでは、“日替わり定食縛り”がなくなって、みんなが好きなものを頼むようになったみたいですよ。
大げさにいうと、空気を読まない人たちが、社会にイノベーションを起こしてきたんです。私の場合はひとつの病院のカツカレーどまりですが、アスペルガー症候群がなければコンピューターも生まれないどころか、人類は石器時代のままだったという人もいるくらいです。

多様性を受け入れる社会へ

── 西脇先生に“空気が読めない”ところがあったとしても、医師としての仕事はできていたわけですよね。『グッド・ドクター』の主人公や西脇先生のような、自閉症スペクトラム障害の医師は多いんですか。
私のまわりにも、自閉症スペクトラム障害を抱えている医師は珍しくありません。とくにアスペルガーの場合は記憶力やIQが高いため、医師国家試験や司法試験が得意なのだと思います。
ただ、仕事でも生活でも、結局はスキルや知識より、人間関係の方が大事です。私の場合、話し方はストレートでぶっきらぼうだったと思うんですが、とにかく自分なりに一生懸命にやっていたことを患者さんにわかってもらえたことが幸いでした。
家族の方が私の話し方に文句を言いたそうにしていても、当の患者さんが抑えてくれていたところはあったと思います。
── 今回のドラマ『グッド・ドクター』の医療監修を通じて、視聴者に何を伝えたいですか。
まずは主人公の新堂湊を通じて、自閉症スペクトラム障害の人に親近感を持ってもらえたらいいなと思います。
「表情や話し方に愛想はなくても、いい人なんだな」とか、「人を否定したり問題を起こしたりするのも、悪気があるんじゃなくて真面目すぎるだけなんだな」とか。
障害というと悪いイメージがありますが、要するに“少数派”なんです。多数派が典型的で平均的な発達をしている「定型発達者」であるのに対し、自閉症やアスペルガー症候群は得手不得手の差が大きい「非定型発達者」です。
昔、自閉症の研究が盛んだったノースカロライナ大学の故エリック・ショプラー教授は、「Culture of Autism(自閉症の文化)」という言葉を使っていました。自閉症の人とのコミュニケーションは、ジェスチャーや感情表現の方法が異なる、異文化交流のようなものなんだ、と。
これは、障害を持っている方に限った話ではありません。その人への理解が足りないまま反発や偏見を持って人と向き合うよりも、多様性を認め、個性を尊重し合える社会を目指すほうが、すべての人にとって良いと思います。
それに、アインシュタインやスティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツなども発達障害の特性を持っていたといわれていますが、ほかとは違うからこそ、ときに世の中の常識を覆すようなイノベーションが起こります。
とくにこれからの時代は、“普通の仕事”をAIがやるようになります。湊のような人間との異文化交流を受け入れる社会のほうが、時代に合っているのではないでしょうか。
(取材・文:宇野浩志 編集:久川桃子 撮影:後藤渉 デザイン:九喜洋介)