【史上初】ロレアルCEOから学生へ。グローバルキャリアの築き方

2018/6/29
創業1909年。現在では約150カ国に進出し、化粧品業界で世界トップシェアを誇るロレアル。ロレアルグループ会長兼最高経営責任者ジャン-ポール・アゴン氏が来日し、「次世代のリーダーとして求められること」をテーマに東京大学で講演し、約400人の学生と語り合った。

スタートアップ精神を持つグローバル企業

ロレアルグループ会長兼CEOジャン-ポール・アゴン(以下、アゴン) 私の母校であるフランスのビジネススクール、HEC経営大学院は、東京大学と交流があると聞いています。学生のみなさんとお話しできるのをうれしく思います。
 将来、日本のリーダーになっていくみなさんとの対話を通じて、ロレアルがどういう企業であり、リーダーシップについてどのように考えているかをお伝えしようと思います。

学生とのQ&Aセッション

学生 キャリアのどの時点で、グローバルリーダーを目指すようになったのでしょうか。ご自身はグローバルリーダーシップをとるのにふさわしいと考えていますか。
アゴン 私はビジネススクールを卒業して以来40年、一貫してロレアルでキャリアを歩んできました。
 とはいえ、常にグローバルなキャリアを意識していたわけではありません。ラッキーなことに、ロレアルではいつも新しい冒険の機会がありました。
 私の場合は、営業を1年、マーケティングを2年経験しただけで、ロレアル・ギリシャの社長に就任しました。
 チームメンバーは現地の50代のスタッフで、私は25歳にして唯一のフランス人。販売に関しての知識はなく、同僚の協力を得て、自分で学ぶしかありませんでした。まさに冒険でした。
 その後、アジアのビジネスを統括する初代ディレクターになったのは1997年のアジア通貨危機の3カ月前、ロレアル・アメリカの社長としてニューヨークに赴任したのは2001年の同時多発テロ事件の2日前でした。
 こうした国際的な経験は驚きに満ちており、これがロレアルの素晴らしさです。若いときから一人の独立したビジネスパーソンとしての姿勢が問われます。挑戦によって、自分でも気づくことがなかった能力に気づくことができるのです。 経験できる仕事をやり尽くしたので、残るはグローバルCEOしかない、ということで就任させてもらえたのではないでしょうか(笑)。
 実は、前任者から私が次のCEOになることを知らされたのは、就任のたった2カ月前でした。正直言いまして、私はあまりグローバルリーダーに執着していたわけではありません。
 ただ、どのキャリアでも成功にはこだわっていました。成功するのが好きだからであり、また与えられた信頼に応えたかったからでもあります。

化粧品のマーケティングは脳の全域を使う

学生 なぜ就職先として、化粧品業界を選んだのでしょうか。
アゴン 私は、世界で最高のマーケティングを行っているのは化粧品業界だと信じています。
 化粧品のマーケティングには、脳の全領域を使います。創造力、創作力、感受性、論理、知性、すべてです。それらを発揮できる場なのです。
 ここで、ロレアルグループの7つの強みを紹介しましょう。
 1つ目は、化粧品市場が成長を続けていることです。世界中で中間層、上流層が台頭し、付加価値のある商品を求めています。
 SNSやセルフィー(自撮り)といったトレンドや、高齢化が進んだことで自分をより良く見せたいという需要も高まっています。
 2つ目は、我々は1909年の創業以来、「美」だけに専念して事業を行っていることです。さまざまなブランドや製品がありますが、すべて美に関連するものです。
 3つ目は、激しく変化する世界に適応する力をロレアルが持ち合わせていることです。
 具体的には、革新的なイノベーションのもと高付加価値の製品をお客様に提供し、国際的なブランドや「ヒーロー製品」を持っています。ヒーロー製品とは、お客様が本当に欲しいと思うような、従来とは全く違う製品のこと。我々はヒーロー製品を生み出すことに集中しています。
 ロレアルは研究開発に最も投資をしている企業でもあります。研究者は約4000人が在籍し、日本も含めて世界で20カ所の研究開発拠点があります。これは、世界中のお客様のニーズを把握したうえで、適切な開発をするためです。そこに2017年は8億7700万ユーロを投資しています。
 ブランドの力も非常に重要です。34のブランドがありますが、例えば「ロレアル パリ」は世界の中のナンバーワン化粧品ブランドです。
 日本発のブランド「シュウ ウエムラ」もあります。私自身が、創業者でメークアップアーティストの植村秀さんと対面し、提携を結び、グループの傘下に入りました。素晴らしい方でした。
 ロレアルが将来に自信を持てる理由の4つ目は、デジタル領域で先進的で革新的な企業であることです。
 5つ目は、世界各国でサロン、百貨店、ドラッグストア、路面店、Eコマースといったあらゆる流通チャネルを持っていることです。68カ国に現地法人があり、世界中のどこに行っても製品を展開しています。
 そして6つ目は、より良い環境や社会のための持続的発展においてもトップリーダーを目指していることです。
 企業として社会的責任を持って地球を美しく維持していかなければならないと考えています。その結果、「世界で最も倫理的な企業」には9年連続で選ばれています。
 7つ目は、独自の企業文化があり、多様で才能豊かな人材がそろっていることです。社員は起業家精神を持ち、可能性を広げています。

もしも21歳だったら、どこに就職するか

学生 何が21歳のあなたをロレアルに引き寄せたのでしょうか?
アゴン 40年前の当時、ロレアルは大企業ではなく、ずっと小さな企業でした。
 私を引きつけたのは、繰り返しになりますが、第一に、マーケティングを実践できる究極の場は化粧品の領域だと推測できたからです。第二に、ロレアルがグローバル企業だったからです。
 ロレアルに入社してほんの数週間で、その精神、雰囲気、人々、やりとり、企業文化から、私はすぐにこれこそ私の生涯の会社だと感じました。これはとても重要なことです。
学生 21歳に戻れたら、どの会社に入りたいと思いますか?
アゴン ロレアルです。心からそう思っています。

人材の潜在的な可能性に賭ける

学生 ロレアルはチャレンジや冒険をさせてくれる企業とのことですが、これはリーダーの育成にフォーカスしているからでしょうか?
アゴン 我々には特別な哲学があります。その人の「これまでの経験」ではなく「何ができるのか」に賭ける世界で唯一の企業かもしれません。
 多くの企業では、既に分かっているその人の資質を分析して、今後のキャリアを推定するでしょう。でもロレアルでは、個々人の最大の強み、真の才能を理解しようとします。
 やりとりをする中で「この人は成功できるし、やり遂げるスキルと能力が見いだせる」と信じれば、経験がなくても機会を提供します。ロレアルにとって人材とは、人々の潜在的な可能性に対する賭けに近いものだということです。
 非常に興味深いのは、このような仕組みである人の才能に賭けると、その人は自分への信頼に非常に感謝し、「自分が選ばれたのは正しかった」と証明しようと全力を尽くします。
学生 ご自身もそうでしたか?
アゴン 正直なところ簡単なことばかりではありませんでしたが、刺激の多い挑戦を数多く経験することができました。この機会を与えてくれた人たちと自分自身に対して、信頼と信用に値することを証明したいと思っていました。

リーダーはエネルギーを与え続ける

学生 これまでのご経験から「リーダーシップの定義」をどう捉えていますか?
アゴン 難しい質問ですね。一番重要だと思うのは、リーダーは長期的なビジョンを持ち、企業やチームがどこに向かうのかを見通すことです。
 次に重要なのは、エネルギーです。メンバーがリーダーの熱意を感じれば、モチベーションも上がります。自分に力が与えられ、もっと前に進もうという気持ちになるのです。リーダーはメンバーにエネルギーを与え続けなければなりません。

学生時代に気づいた自分の適性

学生 もし学生時代に戻れるなら、どんなことを学びたいですか?
アゴン 大学生のころでしたが、私は当時、ファイナンスを学ぶことが一番かっこいいと思っていました。しかし2年間学んだ年の終わりに、教授から「君はとても優秀だ。でも、マーケティングの方が得意なんじゃないかな?」と言われたのです。
 扱うビジネスケースで、企業の抱える問題の話が出てくるたびに「宣伝、広告を変えるべき」という発言をしていたので、ファイナンスには向いていないと思われてしまったようです。私自身も「マーケティングに向いている」とそのとき感じました。
 大学に戻れるとしたら、やはりマーケティングを勉強すると思います。ただ、今日マーケティングではデジタルマーケティングの勉強も必要で、 AI の知識も必要になるでしょう。興味深いテーマがたくさんあります。

「最初の会社選び」は非常に重要

学生 学生に向けて、会社を選ぶときのアドバイスをお願いします。
アゴン みなさんにアドバイスするとしたら、「1社目を慎重に選んでください」ということです。
 自分に合ってない会社で毎日退屈しながら過ごすのは、本当にもったいないことです。合う会社を選べば、大変なこともありますが、毎日が楽しく、刺激があり、やりがいがあると思います。同じことを自分の子どもにもアドバイスしました。
 だからこそインターンシップを体験することはとても重要です。3カ月も過ごせば、自分が幸せで、居心地よく、会社と波長が合うかどうかを感じる絶好のチャンスになるでしょう。
 そういう理由で我々はインターンシップシステムを採用しています。企業にとっては才能を見いだす、学生にとっても社内で自分が幸せになれるかどうか確かめる、素晴らしい方法だからです。
ロレアルグループの社員からも学生の質問に答えるセッションも

対話を終えて:「ロレアルは『美』を提供する企業」

アゴン ロレアルは消費財の企業ではなく、「美」を提供する企業だと私は考えています。
 世界中のロレアルには、エンジニア、科学者、文学を学んだ社員がいます。皆がビジネススクール出身やビジネスの勉強をした人たちというわけではありません。ロレアルはさまざまなバックグラウンドを持つ学生たちにとって興味深く、魅力的な会社だと思います。
 学生からの質問の質や関心の高さにとても感心しました。特に我々が最初の就職先を上手に選ぶことの重要性について話した時に、学生全員の関心が明らかに高まっているのを感じました。
 仕事を選ぶことは、人生で非常に重要な決断です。上手に選べば、非常に幸せで充実した生活が送れるでしょう。
(執筆:阿部祐子 編集:久川桃子 撮影:北山宏一 デザイン:砂田優花)
この講演会はNPO法人エンカレッジによって企画された。NPO法人エンカレッジは2013年に京都大学にて創業し、現在全国47都道府県72大学にて活動中。学生が運営の中心メンバーとなり、面談や各種イベントを通じたキャリア支援を各大学ごとに実施。2019卒学生のサービス利用者は約1万6000名となり、日本最大級のキャリア支援NPOとなっている。公式ページ:http://en-courage.net