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長らく続いているテーマですが、究極のところ、「新卒で入った会社しか知らない人間」は視野狭窄に陥りやすく、上昇志向を持つ必要も自然と無くなり、年功で認められているがゆえに寛容さも備わり難い・・・ということなのでしょう。「就職ではなく就社」と揶揄される日本社会の在り方が巧みに抽象論から議論されていてためになりました。

個人的には以下の部分が正鵠を射ていると思いました:

貴重な20代を、バブル景気に浮かれる世の中で「会社のなかで適当にやっていれば別荘くらいは持てるようになるさ」という気分の中で過ごしてしまったというのは不幸だったとしか言いようがない
バブル期に浮かれていたというのは必ずしも正しくなくて、バブル期に20代だった人の多くは、なにしろバブル期なので仕事が大量にあって、毎日深夜まで残業してました。今で言うブラックですね。が、仕事すればするほど、浮かれて女性社員連れて毎晩のように飲みに行ってる当時30代、40代の管理職オッサンを追い越せるという確信からか、悲惨さはまったく感じなかったです。バブル期に経費を遣って浮かれる立場にいたか、現場で大量の仕事をこなす立場にいたかで、同じバブル期を生きた人でも「OS」が全く違うでしょうね。
「二流の人間は一流の人間を恐れるので、一流の人間を側近としては用いず、自分よりもレベルが低く、扱いやすい三流の人間を重用するようになる」とのこと。よくある話です。一旦、二流の人が組織のトップになると、その組織の凋落が始まるのだと思います。組織はトップで決まりです。
ようするに世代論。世代論は昔から人気のある視点なのだが、いつでも「劣化」の話になるのが面白い。「前よりこんなに良くなっている」という世代論はあまり見ない。この記事の言うことも分かるが、本当にずっと劣化が続いているのであればもっとひどい世の中になっているように思う。つまりは劣化の話のほうが耳目を集めやすいということ。言説のプロスペクト理論。言説は需要に引きずられる。
筆者も指摘するように、世代論は得てして主観的な議論に終始してしまいがちですが、一方で世代がその人の生き方に大きく影響することには変わりないと思います。

私は30代のど真ん中。物心ついた時にはバブルは崩壊し、10代の半ばには山一證券の破綻を報じるニュースを見るにつけ、子ども心に「レールに乗っていてもろくなことにならんな」と感じていました。
就職後にはリーマンショックが起き、日々飛び交う同僚の退職メールを見るにつけ、その時々の景況に左右されるプロジェクトベースの仕事の難しさを実感しました。
なにより、大企業のコスト削減プロジェクトで、共に働くクライアントの現場担当者がプロジェクトと組織の板ばさみになり、追い込まれていく姿を見るにつけ、「大きなパイ・古いシステムを無理やり維持する仕事よりも、パイを生む仕事、パイを大きくする仕事に取り組みたい」という思いを強くしました。
就職後のこうした体験から、多分に影響を受けていると感じます。
そもそもリーダーは経年劣化する、というのはそうだろうなと思うのですが、(経年劣化しないものってほとんどないし。)基本的に「今の時代固有の事象ではなく昔から変わらないこと」なのではと思います。
例えば駅での暴力、暴言が50.60代が多いというデータについて。
こちらがおそらく原典です。
http://www.mintetsu.or.jp/association/news/2017/07/03/News-%E5%85%B1%E5%90%8C29-%E2%91%A1%E6%9A%B4%E5%8A%9B%E7%99%BA%E7%94%9F%E4%BB%B6%E6%95%B0%E3%83%BB%E7%8A%B6%E6%B3%81.pdf
・そもそも駅構内の暴力発生件数は2011年をピークに減少を続けている。
・50.60代比率は確かに多いが、比率が増えているわけではなさそう。≒昔からそうだったor長期時系列で増えてたとしても人口比率の問題では?
という感じがします。ちゃんと調べてないので断言はできないですけど、単地点のデータや日大などの極端な事例だけで「中高年世代が以前に比べて劣化した」というのは流石に少し可哀想だなと思います。
概ね、同様の認識だが、加えて、戦争体験の有無、旧制高校、大学紛争が、大きいのと、親の世代の価値感が大きい。だいたい、親の年齢は、25-30違うので、その価値感に影響される。私の場合は、親は昭和一桁、今、70歳前後なら、大正なので、その時代背景も大きい。

また、だいたい、10代で受けた影響が大きいが、われわれでいえば、漫画、アニメであり、ハレンチ学園(殆どの小学校で、スカートめくりが流行)、巨人の星(スパルタ、根性、無意味なウサギとび)もあった。また、受験の試験携帯や予備校熟も大きい。

10代まででハード、10代から20前後でOS、20代後半からアプリ。OSやハードを変えるのは難しい。アーキテクチャーだから。

あと、自分のポリシーとして、スマホは嫌いだ。社会がスマホを前提として、強制しているような圧迫感がある。駅などでスマホを見ながら、歩く危ない行動などマナーの問題、また個人情報問題、さらに、シニアには字が細かく見えずらい。多くの問題点があるのに、社会的に問題視されないのは、儲かって対策しているからだろう。ケータイの初期は電波の問題、その他、指摘されたのに、ハイテクを使うかどうかは、個人の選択であり、その選択で劣化だとか、言われても困る。私は、今の世は、凄く窮屈、息苦しい。昔の方が、自由があり、放言でき、開放感があった。今は、リアルな社会では、ニコニコ、建て前、ネット社会では、匿名で悪口、陰口、批判。大学でも多いなあ。

シニアになると体の老化、脳も老化し、変革しにくくなる。変革できない、オッサンは、生きる権利がないのか?

「劣化」というとらえ方自身が、効率主義、単一的であり、多様な価値観を受け入れない、大量生産的、軍国主義的、差別的発想ではないのか。

我々?「おっさん」は、心と頭が不自由な人、と再定義され、手帳でももらい、割引サービスが欲しいな。
「オッサン」=自分達の代はもう終わりだから、チャレンジは面倒である。このまま無事に会社員勤めを終わらせたい。

「非オッサン」=若い世代によい社会を引き継ぎたい・残したい。このままでは、日本はダメになるから何かしら動きたい。

自分達が今の会社で働いている”残り数年”のことだけを考えているオッサン、多いと思います。
いつも不思議です、定年退職後もそれなりに長いのにその後の社会のことは考えないなんて。。。人生が会社中心だからでしょうか。
ジェネレーション的な考察は、とても興味深いです。

バブル崩壊前に社会人になった多くの人たちは、「こんなはずではなかった」という思いを抱いています。

とはいえ、それ以前の世代にも「どうしようもないオッサン」はたくさんいました。
私は、日本企業の縦型組織と会社を家族として扱う制度が、オッサンを生んでしまったものと考えています。

能力がなくても自動的に上のポジションを与えられ、威張ることだけを覚えたつまらんオッサンたち。
「航空機内での迷惑行為の加害者も「圧倒的に中高年男性が多い」」というのは日常的に実感している。機内でもラウンジでも、50代以上の日本人男性でキャバクラと勘違いしているような振る舞い未だに多い。シンガポール航空内のセクハラ行為で、逮捕され実名で報道されている日本人中高年男性何人か居るけど、こっちで調子に乗ってると鞭打ちの刑が残っているから気をつけた方が良い
この連載について
日大アメフト部の危険タックル問題、財務省次官のセクハラ問題 ……etc.「日本型タテ社会の構造」が引き起こした問題が 続々と表面化している。これら問題の根幹は権力を握る者、意思決定層が “おっさん“により独占されており、おっさんのおっさんによるおっさんのための社会が作られているからではないかーー。NewsPicksは「脱・おっさん社会」を導くため、今、訂正を余儀なくされている日本型タテ社会の問題について考察してゆく。