100億規模のフィンテックファンド、その真の狙いは?

2018/6/22
フィンテック分野へ重点投資するベンチャーキャピタルファンド「GMO Global Fintech Fund」(以下、GFF)が6月1日に設立され、最大100億円規模で運用を予定、既に大和証券グループ本社が出資を決定、複数の戦略パートナーとの検討を進めている。このGFFの立ち上げに戦略パートナーとして参画するのが、GMOフィナンシャルホールディングス(以下、GMOFH)とマネーフォワード(以下、MF)だ。

なぜ今フィンテック・ファンドなのか。GMOFHとMFそれぞれの経営者に尋ねたところ、思いもよらぬスケールの答えが返ってきた。戦略・戦術を超えた次元で、2人の経営者が意気投合した現場をお届けする。

金融のすべてをカバーするための布石

──今なぜ「フィンテック・ファンド」なのでしょうか。
GMOFH鬼頭弘泰(以下、鬼頭) そもそも僕の根底にある思いは、「将来的に金融に関することは全部やりたい」というものです。そこを目指すために先手を打っていくという意味合いが大きいですね。
──GMOFHの傘下では、FX取引高が6年連続世界1位のGMOクリック証券で証券やFX、GMOコインが仮想通貨も扱っていますね。金融を「全部」というと、他には何を想定されているのでしょうか。
鬼頭 7月にはGMOあおぞらネット銀行もスタートします。さらにその先は、生保や損保など、それこそあらゆる金融サービスを手掛けていきたいと思っています。
早稲田大学商学部卒業後、三和銀行(現三菱UFJ銀行)入行。ライブドア(現NHNテコラス)やエキサイトを経て、2008年にクリック証券(現GMOクリック証券)入社。FXプライム(現FXプライムbyGMO)社長など経て、2014年GMOクリックホールディングス(現GMOフィナンシャルホールディングス)社長、GMOクリック証券社長に就任。金融先物取引業協会理事。
──金融を広範にカバーしたいという考えにおいて、フィンテック特化のファンドへ戦略パートナーとして参画した狙いは?
鬼頭 まず前提としてテクノロジーの進化による時代の変化というものがあります。かつてビジネスにおいては「規模こそ強さ」でしたが、テクノロジーの力によって、いまや小が大に対抗できる時代がやってきたと思います。巨大な金融業界で、新興の我々が勝つための手段もテクノロジーです。
 今までは、企業はテクノロジーのコアをつかんでさえいれば、その応用が比較的容易にできていましたが、テクノロジーがこれだけ進化し、細分化してくると、そうもいかなくなってきています。
 例えば、我々はビッグデータやAIを使ってFXの解析をして、収益率をどんどん良くしており、AIにどのようなデータをどう学習させるかによって、得られる結果が変わってきます。こうしたノウハウは、固有の狭い領域に特化したものです。
 今後、ビッグデータ・AIのノウハウを活用して保険やローンの事業に出ていこうと思っても、これまでのやり方だけでは通じず、新たなノウハウが必要になってきます。すべてを自社だけでカバーしようとするのは難しい。ノウハウを持っているパートナーをいちはやく作るために、グローバルなファンドに着手すべきだと考えたんです。
──4社で合同というのは。
鬼頭 フィンテックの技術をグローバルに耕すべきだという話をGMO VenturePartners(以下、GMO VP)と話していたところ、賛同してもらい、GMOFH、GMOクリック証券、GMO VP、そしてマネーフォワードさんの4社で設立するに至りました。
──マネーフォワードは、GMO VPの出資先であり、個人向けの家計簿アプリから始まった、日本の代表的フィンテック企業ですね。
MF辻庸介(以下、辻) 僕らの場合は、「フィンテック」という言葉が使われ始める前にマネーフォワードを立ち上げました。当時から、テクノロジーによって金融サービスが大きく変わるんじゃないかというワクワク感は感じていました。
1976年大阪府生まれ。2001年京都大学農学部卒業。2011年ペンシルべニア大学ウォートン校MBA修了。ソニー株式会社、マネックス証券株式会社を経て、2012年株式会社マネーフォワード設立。個人向けの自動家計簿・資産管理サービス「マネーフォワード」、ビジネス向けのクラウドサービス「MFクラウドシリーズ」などを提供。2017年9月に東京証券取引所マザーズ市場に上場。
 もともとネット証券の業界に長くいたので、フィンテック分野には強い関心を持っていました。ただ一方で、日本の状況を見ると、他国と比べてキャッシュレスやインターネットバンキングの普及などがあまり進んでいなくて、フィンテックの浸透が遅れていることに問題意識がありました。
 最近は中国のAlipayやWeChatが急成長し、東南アジアに急速に進出していますが、日本では銀行ATMや電子決済のインフラが発達したために、かえってQRコード決済のような新しいサービスが発達しないという現実があります。
鬼頭 日本ではフィンテックの活用が遅れているというのは僕も同感です。国内でもフィンテックのアイデア自体はいろいろと生まれていて、例えば、多くの人が10年くらい前からビッグデータを使ったローンの与信モデルを作ろうと頭では考えていたけれど、実現できなかった。
 「日本のフィンテック業界をもっと盛り上げるために、マネーフォワードとして何ができるんだろう」と考えていたときに、GMO VPさんから今回のGFF設立のお声がけをいただいて、「これは面白い」と思ったんです。
 マネーフォワードは既存の事業を通じて全国の金融機関や地方自治体、会計事務所などの皆様と一緒に、いろいろな取り組みを開始しています。GFFをきっかけにして、海外と日本のプレーヤーをつなげてコラボレーションする流れを作っていきたいと考えています。
鬼頭 フィンテックが進んでいる欧米やアジアと日本をつないで、ノウハウを行き来させればいい、というのがGFFの考えです。

10年前から感じていた金融の課題

──やはりフィンテックに注力するのは、ブロックチェーンやAI、RPAなどのテクノロジーの進歩があってのことでしょうか。
鬼頭 タイミングとしてはそうかもしれないですが、テクノロジーがあるからフィンテックに手を出したということではありません。もともと銀行員時代から既存の金融機関のビジネスモデルがはらんでいる問題を解決したいとずっと考えてきました。
──どのような問題でしょうか。
鬼頭 僕は大学を卒業して銀行に十数年ほど勤めましたが、当時から感じていたのは、やたらと高い手数料に対する憤りです。金融業界では当たり前のことのようになっていて誰も声をあげませんでしたが、これでは濡れ手で粟の、ある意味“搾取”じゃないかと思いましたね。
 この仕組みは何かが間違っているし、それを変えたいと思って、いろいろと努力はしてみたものの、当時の僕にできることには限界もあって、なかなか思うようにはいかなかった。最終的には、「よし、将来は低コストでオペレーションのイケてる銀行を作るぞ」と決意して、銀行を辞めました。
 わかります。僕もマネックス証券に10年ほど勤めましたが、情報格差によって損をしてしまう人がいるのはフェアじゃないなと感じていました。
鬼頭 まさにそう。フェアじゃない。フィンテックの「テック」について僕が思うことは、テクノロジーはユーザーの課題を解決してこそ、その価値がある。つまり、ユーザーにベネフィットがないと、テクノロジーとは呼べないんじゃないかと思っています。
 一方で、ユーザーは必ずしも、自身にとっての真のベネフィットや、不都合な問題に気付いているわけではないんですね。洗濯板を使っての洗濯が当たり前だった時代に、洗濯機が開発されて歓迎されたときのように。だから我々は、そうしたユーザーの潜在的な課題を捉え、解決していかないといけない、それこそがバリューだと思っています。
 本当にそうですよね。ひそかに同じようなことを考えている方はいらっしゃるかもしれませんが、鬼頭社長のようにズバッと言い切ってくれる人は初めてです。

金融の“本丸”で戦う意味とは

鬼頭 実は辻社長に会ったらいつか伝えようと思っていたことがあって……いいですか?
 何でしょう? ドキドキしますね(笑)。
鬼頭 辻社長には、金融の“本丸”に来てほしいんです。私たちと同じように金融業をやってもらいたいな、という思いがあって。
 もちろん、今のマネーフォワードさんのビジネスモデルでも解決できている問題はたくさんありますけど、いっそのこと、そうした問題を解決する金融機関になっちゃえばいいじゃない、というのが僕の思いです。
 それはすごく大きな話ですね(笑)。……たしかに金融の本丸でしか解決できない課題もあるとは思います。ただ、一方で思うのは、新しい時代の金融サービスって今の金融機関の形とは違うんじゃないかな、と。
 最近ではめまぐるしく金融機関が新しいサービスを出されていますよね。規制が立ちはだかっている領域では、金融の本丸だけでもスタートアップだけでも、解決できない課題があると思うんです。そのあたりの規制と対峙するのってすごくパワーが必要ですよね。
鬼頭 おっしゃるとおりです。ただ、これも考え方で、規制という枠があるのであれば、その枠の中で戦うか、枠自体を変えるかのどちらかしかない。例えばフィンテックであれば、テクノロジーが有効に機能するように規制をもっと大胆に変えていくように働きかけて、ユーザーにベネフィットを提供していくのも一つの手だと思うんです。
 たしかに、ユーザーの圧倒的な支持があれば枠そのものを変えることもできるかもしれないですね。
鬼頭 マネーフォワードさんのビジネスモデルってすごくプレーンじゃないですか。これは今だから言いますけど、マネーフォワードさんが出てきたとき、「誰でもできることじゃない?」と正直思っていたんです。
 ところが結果として御社だけが圧倒的にシェアを伸ばした。これはすごい経営能力だと思っていて、だからこそ、金融に一歩踏み込めば、同じようにグイッと行けるんじゃないかなと感じるんです。
 ありがとうございます。うれしいです。そうですね……、もし僕らが新しいことを始めるとしたら、既存の金融機関様がやられているところではなく、今世の中にないマーケットが生まれる領域でしょうね。そこに僕らの楽しさがあると思っているので。
 例えばポケモンGOみたいな、みんなが夢中になれるようなものを金融サービスで生み出せたら素晴らしいですよね。そういうアイデアを考えている時、本当にワクワクします。

戦略・戦術レベルを超えるもの

──海外マーケットへの期待感はいかがでしょう?
鬼頭 GMOFHは香港やバンコクにも拠点を置いていますが、アジアの成長力はやはり感じています。マーケットとしても魅力的です。
──フィンテック分野では今後の成長可能性が高い「オルタナティブレンディング」や「金融機関向けRPA」「AIを活用した与信アルゴリズムの開発」などに注力するとのことですが、すでに具体的な投資先はありますか? ファンドの運用をされるGMO VPさんいかがでしょうか。
GMO VP担当者 GFFとしてはすでに国内に先行して海外の投資先2社を決定しています。そのうちの1社はFinAccel Pte Ltdという、インドネシアで後払い決済サービスを提供する会社です。スウェーデンで発祥した「後払い」は、B2Cのフィンテックの中心的な存在として、アジアでも急成長しています。もう1社は北米の会社で、インドの会社への投資も進めています。
東南アジア最大のEC市場であるインドネシアにおいて、後払い決済ツール「Kredivo」を展開。Kredivoは、購買者であるユーザーのスマホにアプリをインストールすると、短時間で機械学習を駆使した独自アルゴリズムによりユーザーを与信をする。クレジットカードを保有しない個人に対しても大手銀行と同等の精度の高い与信を提供している。
鬼頭 一方で、海外に進出して成功するのは半端じゃなく難しい。遠隔でマネジメントする難しさや、ローカライズ・カルチャライズの手間があります。だから現地の人が作った会社に投資してパートナーシップを築き、株主として言うべきことを言いながらも経営は任せるというのが僕の基本的なスタンスです。
 僕はソニーの創業者の盛田昭夫さんの本をよく読むんですけど、1960年代にアメリカに行って成功するのって奇跡的だと思っていて。おそらく合理的な意思決定ではないし、生半可な決意ではなかったと思うんです。ラッキーもあったのかもしれませんが。
 でも、ラッキーを引きつけたのはやっぱり根底にパッションがあったからじゃないかな、と思っています。熱量や想いと言うべきか。
 よく起業するときにはヒト・モノ・カネが必要だって言いますけど、パッションがないと人もお金も集まらない。僕らもマネーフォワードをマンションの一室でゼロから起業してから、いろんな方に応援してもらってここまでたどり着くことができました。
 マネーフォワードが先日出資したインドのフィンテック企業も、経営陣の熱量がものすごいんです。彼らは金融機関出身者なんですが、インドの金融業界が抱えている課題を本気で変えようと思っている。僕も、彼らなら実現できると思っているし、何より一緒にやってワクワクします。こういう志は全世界共通なんですよね。
鬼頭 極論すれば、戦略・戦術レベルではどこも大差ない。つまり、経営者やある程度のビジネスマンであれば、用意された条件を並べ替えて思いつく戦略や戦術は、だいたい似たようなものになるのではないかなと思います。
 でも結果として成功する会社と失敗する会社が出てくるのは、やっぱり熱量の大きさの違いだと思うんですね。難しい問題にぶつかったときにひるんでしまうのか、それとも「絶対やってやる」と前進するのかどうかで、結果は180度変わってくる、と。
 ひとつ僕からもこの流れで、鬼頭さんにお伺いしたかったことがあるんですが、いいですか?
鬼頭 なんでしょう。
 御社はFXの業界で後発だったにもかかわらず、一気に世界一になられたのはけっこう衝撃的でした。もちろん取引ツールを磨かれたとか、総合的な結果だと思うんですけど、あれは何かきっかけがあったんですか。
鬼頭 ある日、とある会社の役員の方と会合の時に雑談の中で、GMOクリック証券のFX事業について「よく頑張っていますね」と上から目線でモノを言われたんですが、これになんだかすごくカチンと来てしまって(笑)。
 それで、会合のあと、当時のGMOクリック証券の高島社長とホテルのバーで飲みながら、「明日から仕掛けるぞ」と話をして、次の日にはスプレッドを大きく下げるということをやったんですが、そこからですね。一気に流れが変わったなと思います。
 よく覚えています。やっぱり熱量ですよね。本当にすさまじい勢いでした。他社も追随していましたが、GMOさんの「絶対にうちが手数料を最安にするんだ」という決意が透けて見えて衝撃的でした。
鬼頭 僕はいつも「負けない」と思って仕事をしていますが、それは競争相手に負けないということではなく、「一番熱量を持って仕事をしている」という気概なんです。
 いい言葉ですね。
鬼頭 僕は結局、ビジネスは“人”だと思っています。例えばGMOFHという法人格が意思決定をしたり、夢を持っていたりするわけではなく、その中にいるメンバーや関係する人たちに夢や目標があって挑戦をしているわけで、それがビジネスの原動力になる──。やっぱりパッションが大事ですね。
 まったく同感です。

“ボーダーレス”な世界を目指して

──最後に、GFFが目指しているゴールのイメージについてお聞かせください。
鬼頭 今回のGFFでの取り組みというのは、「我々が日本のフィンテックを引っ張っていくぞ」ということではないんですね。そんなに難しく考えていない。例えるなら、GFFは金融のグローバル市場における、脳細胞と脳細胞をつなぐシナプスのような存在でありたいと思っています。
 もう少しわかりやすくいうと、世界中のいろいろなところに大きな志とアイデアを持った人たちがいるわけですが、点在していては、化学反応は起こらない。その触媒として“お金”があるという考え方です。
──GFFがシナプスとなって、フィンテックを発展させた先には、どんなビジョンをお持ちなのでしょうか。
鬼頭 最終的に実現したいのはボーダーレスな世界です。ありとあらゆる投資を、誰もが国境の垣根なくできるようにしたいと思っています。例えば、カンボジアの企業に日本人が簡単に投資できるような、そんな世界観です。
 仮想通貨もそのための手段のひとつで、ブロックチェーンなどのテクノロジーを組み合わせれば、ボーダーレスな世界は実現できると思っています。
 やがて世界に垣根がなくなれば、それこそ内外価格差もなくなっていくし、サービスのレベルもそろっていくでしょう。複数の水槽をパイプでつなげば水の高さがそろうのと一緒ですよね。僕が銀行員時代から感じていた、手数料などの課題もなくなるかもしれない。
 なるほど。さきほど鬼頭社長がシナプスとおっしゃいましたけど、僕も同じ気持ちです。このファンドを通じてお金だけでなく、経営者の知恵もつなぎたいんです。
 先を歩いている方々の経験ってすごく貴重ですし、勉強になることばかりですから。グローバルにそういう知恵をつないでいければ、素晴らしいサービスがたくさん生まれ、さらにたくさんの人の課題を解決できると思うんです。
──ファンドですが、オープンイノベーションなんですね。
鬼頭 そうです。点在している間は化学反応って起こらないので、まずつながる必要があるなと。大体それは人との出会いだったり、新しいテクノロジーに触れるっていうことだったり。今回の辻社長との出会いだってたぶんそうだと思うんですよ。僕はこんなにシンパシー感じることって、普段あまりないので。
 僕も今日お会いするのは初めてですけど、ヒリヒリした熱をもらった気がして、最高です。他の戦略パートナーの方や、金融機関の方との連携も積極的に進めていきたいですね。
(聞き手:呉琢磨 編集:中島洋一 執筆:小林義崇 撮影:加藤麻希)