交流を活かす直流の物語。「ACアダプタ」が必要なのはなぜ?

2018/6/29
スマートフォンよりも厚くて重い電源アダプタ。なぜ、これを使うのか……。そう感じる人も少なくないだろう。これは、コンセントまで届けられる電流が「交流(AC)」電流なのに対し、デバイスが「直流(DC)」電流で、変換作業が必要だからだ。その機能をアダプタが担っているからである。

普段の暮らしやビジネスでは(専門家でもない限り)あまり意識することがない「電流」。しかし、電子機器の増大によって電力に対する依存度は増え、エコの観点からも電力はますます存在感を増す。今改めて、電流、直流と交流という地味でも重要なテーマについてやさしく学んでみる。
Chapter 1 希代の発明家が繰り広げた“電流戦争”
現在の主流の交流電力システムのルーツは、商用電力の黎明期である19世紀末にさかのぼる。実はここには発明家トーマス・エジソンも絡んでいる“電流戦争”があった。
当時、交流電流と直流電流のどちらを採用すべきか、企業、専門家、政治家たちによって論争が繰り広げられた。なかでも、各陣営を代表する2人の発明家による私情を含んだバトルは”電流戦争”と呼ばれ、電力史の重要な一幕とされる。その発明家とは、ニコラ・テスラとトーマス・エジソン。
◆交流陣営
テスラは、オーストリア帝国出身で、現在も用いられる交流モーター、交流システムの基本原理を発見した。交流の優位性を訴えるためにエジソンの元で働き出すものの、受け入れられず退社。有力者の協力を得て、交流システム開発の中心人物として大きな功績をあげた。

その後は人間関係の問題や、当時としては突飛な発想が受け入れられず、活躍の場を失っていった。後に磁束密度の単位「テスラ」として名を残している。 

◆直流陣営

エジソンは白熱電球を発明したとされるが、実際には改良し、電球の普及に不可欠な配電システムを含めた実用化に功績があると言われる。交流の技術が確立されるとともに、直流の旗色が悪くなっていたが、それでもエジソンは直流に固執した。

その理由は、すでに直流に多くの資本を投じた企業を維持したかったためと言われるが、交流を理解するのに必要な高等数学の知識不足や、かつての部下に負けるわけにはいかなかった、など諸説ある。交流に危険な印象づけを行う、行き過ぎたネガティブキャペーンを行ったことで自らの名を汚したとも言われる。
激しくぶつかった両氏だが、結果的に交流が勝つ。その理由は、電圧変換が容易なこと、大規模発電した電力を広範囲に送電するのには適していること、直流は遮断技術が高度で、安全面に懸念があることなど。そして100年以上、交流が世界的なデファクトスタンダードになった。
陽の目を浴びなかった直流だが、その必要性が増しつつある。その主な理由は下記だ。
・「太陽光発電」など再生可能エネルギーの多くが直流電源であること。
・EV(Electric Vehicle、電気自動車)や蓄電池にエネルギーを蓄えることができる(交流はためられない)。
・データセンターやLED照明、パソコンやスマートフォンなど受電(消費)側で大量の直流を使用するようになっている。
・負荷側の機器は最終的には直流であるため、変換時に多大なエネルギーロスが生じている。
交流から直流に変わるためには、社会インフラ全体を変えなければならず、相当な壁がある。ただ、すべてを直流に変えるのではなく、建物ごとなど部分的に直流を採用することは可能だ。直流と交流のコラボが進みそうな気配は出てきているのだ。
Chapter 2 社会インフラ企業の挑戦
こうした動きがある中で、日本有数の社会インフラ企業は直流電流の普及の兆しを感じいち早く手を打っている。三菱電機は2016年、直流1500V以下のスマート中低圧直流配電システム事業をブランド化。「D-SMiree(ディースマイリー)」 として本格的にビジネス展開していた。同年7月に稼働開始した「中低圧直流配電システム実証棟」を主要拠点に製品開発を進めている。
この直流推進の旗艦、香川県丸亀市にある同社の実証棟をNewsPicks解説員の椎名則夫氏が訪れ、同社受配電システム製作所営業部企画課長兼スマートエネルギー営業課長の松谷慎一郎氏に、私たちの近未来がどう変わるのか、アナリストの視点で話を聞いた。
香川県丸亀市にある「中低圧直流配電システム実証棟」。棟内の電気機器をほとんど直流電源化している
椎名:まず、なぜ直流配電システム事業を本格的に始めようと考えたのでしょうか。どこにビジネスチャンスがあると見たのか教えてください。
松谷:もともと、データセンター向けなどに交流の無停電電源装置(UPS)を製作しており、より効率的なシステムを作らなければならない、という発想がありました。
サーバーなどICT機器は直流で動作するので、供給される交流電力を変換する必要があることはご存じかと思います。
データセンターでは給電信頼性が求められるので、停電などによる影響に備えて、UPSを介した構成になっています。
UPSではバッテリーを介して電力供給を行うため、内部で交流と直流の変換を行っているんです。つまり、交流と直流の変換を何度も行っていて、多くのエネルギーロスが発生しているのです。
エネルギーは熱として放出されるので、データセンター内の空調設備にも影響があります。ICT機器から放出される熱の冷却が必要となり、データセンターの消費電力のうち、約半分が空調によるものとされています。
ICT機器への電力供給を直流化できれば、省エネルギーなデータセンターを実現できます。クラウドコンピューティングの進展で、この需要は拡大すると見込んでいます。
松谷:もう1つの大きな理由は、国策である FIT(固定価格買取制度)によって、太陽光発電設備などの再生可能エネルギーが急速に普及したためです。それらで発電される電力は直流ですが、現状は一旦交流に変換し既存の電気設備へと送っています。
今後は直流のまま送電し直接電気設備へ給電したり、EV(電気自動車)と連携させたり、蓄電池に貯めて使用したり効率の良いシステムが求められるだろうと見ています。
椎名:データセンターを含めた自社の電力消費を100%再生可能エネルギーで賄った企業も出てきています。企業はよりエコロジーを意識した活動が求められる風潮ですが、この流れは事業環境の追い風なのでしょうか。
松谷:そうですね。省エネルギーと、特に製造業においてはCO2削減を標榜していることが多いので、私たちとしては訴求ポイントになります。そういう意味でも製造業にも需要はあると考えており、マーケットも広いので期待しています。
実証棟内には直流電源を運用するための最先端システムを整備している
工場ではロボットやクレーン、エレベーターなど、回生電力を生み出す設備が多く使われています。これらを効率よく活用するうえでも、直流による配電システムが効果的です。
椎名:本日見学させていただいた実証棟では換気扇やテレビ、電子白板をはじめ、エレベーター、空調、照明、ICT機器などさまざまな機器が実際に直流で稼働していますね。既に多くの見学を受け入れているとのことですが、反応はいかがですか?  
実証棟の中では至るところに直流電源用の電源プラグがあり(左上)、電気自動車の充電装置(右上)や窓に太陽光発電用の装置が配置されている。写真右下は、スマート中低圧直流配電システム
松谷:さまざまな業種の方が見学に訪れて興味をもって頂いております。特に直流で供給出来る製品化への期待の声を多く聞きます。
椎名:海外での展開の見通しはどうでしょうか。
松谷:HVDCなどの高電圧直流送電は大手電機メーカーを中心に取り組みが進んでいます。
データセンターの直流給電という視点では、海外でも早くから検討されてきています。D-SMireeの様なビルや駅などの施設に対しての直流配電システムという考え方は現時点ではあまり聞こえてきていません。
ただし、EV市場は国内と比較しても海外での普及が先行すると言われているので、もしかするとEVとの連携という視点で、海外が先行していく可能性はあると考えています。
椎名:ところで、今ある機器のAC/DC変換器を外せば、直流で動くというわけではないのですね。
松谷:はい。家電などもほとんどが交流用に設計されているので、直流で給電させる場合は再設計が必要となります。
敷地内には太陽光パネルと風力発電設備(写真中央奥)も配備し、「地産地消」を進めている
我々としては、空調、エレベーター、換気扇等の直流化にも取り組みたいと考えています。これらは当社が強みを持っている製品であり、同時にお客様からも直流化のご要望の声が高い製品となります。特に空調についてはビルにおける電力消費の多くを占めると言われていて、直流化の実現が急がれます。
ただ、三菱電機単独で広がる世界ではありません。我々が想定する市場の中で当社が製作していない設備が多くあります。その課題解決に向けてお客様と協力して研究を進めることが重要と考えています。
椎名:今年の2月に、D-SMiree導入第1号の事例として、白鷺電気工業株式会社さんの本社ビルZEB化が公表されました(関連記事はこちら)。現在のところ、改善効果はどの程度なのでしょうか。
松谷:このZEBへの取り組みでは、ビル全体でのエネルギー消費を75%超の削減を実現しています。直流で給電したLED照明以外に太陽光、地熱利用、空調、高断熱材の利用など、トータルでの取り組みの成果です。
白鷺電気工業株式会社様にはLED照明以外には、直流負荷としてDC5V対応のUSBコンセントも導入しました。LED照明については、電力会社からの電気を使う場合と比較すると再生可能エネルギーとの連携を前提として、約5%の改善を見込んでいます。
先ほど、直流で動く設備の充実が必要だとお話ししました。直流に対応した機器のラインナップが増えればその分システム全体での省エネの改善効果は高まっていくということです。
交流は消えてなくなるのか
椎名:直流システムの研究開発では、どういった苦労がありますか。
松谷:特に苦労しているのは3つです。まず、直流は遮断しづらいので、安全確保のための保護技術を高めていく必要があります。2つ目に、変換技術そのものの難しさがあります。そして、繰り返しになりますが、給電だけ実現しても意味がないので、直流対応機器を充実させることです。
椎名:そうした点で、先行して取り組んだ三菱電機に優位性がある、と。
松谷:はい、直流の実用的な研究は、いくつかの会社で少なからず実施されていますが、保護や変換技術、電圧制御などの知見を実証棟を基盤に蓄積できているという点では一日の長はあると考えています。そして、エレベーターや空調にも強みのある会社なので、直流対応設備の開発も並行して進めていきたいと考えています。
また、当社が得意とするエネルギー最適化システムとの連携やICT/IoT等を活用することで、新しい事業モデルも創り上げていきたいと考えています。
椎名:直流にしてバッテリーにためておくと、非常に効率的になるんですね。直流配電の流れは、急速に進みそうでしょうか。
松谷:着実に導入は進むと考えていますが、生活の隅々にまで直流が行き渡る時期は、少し先になりそうです。我々のロードマップとして、2020年くらいまでにはしっかりとフィールドでの実証を進めていき、2020年以降様々なお客様への実装へつなげていきたいと考えています。
椎名:普及までは時間がかかるとしても、現代では直流の利点が強調されるような印象を受けます。この先、時間をかけながらも交流はなくなっていくのでしょうか。
松谷:直流と交流、それぞれの良さがあるので、どちらか一方だけになることはあり得ません。交流の良さと直流の良さを組み合せた最適なシステムを提供していきたいと考えています。直流と交流が適材適所で共存する。私たちは、そのような社会をつくりたいと考えています。
(取材・編集:木村剛士、構成:加藤学宏、撮影:的野弘路)