マーケティングという“恋愛”をデジタルで勝ち抜く

2018/6/26
マスマーケティングから「個」のマーケティングへシフトする中で、デジタルマーケティングの重要性がますます高まっている。一方で、デジタルマーケティングの複雑化、マーケティングリソースの負担増加が企業にとっては大きな課題になりつつある。日本ロレアルでデジタル領域を統括する長瀬次英氏と、リソースが限られる中堅中小企業が効果的なデジタルマーケティングを行うためのサービスを展開するベーシック代表・秋山勝氏が、デジタルマーケティングのあり方、そして求める人材像について語りあった。
──長瀬さんは、日本初のチーフ・デジタル・オフィサー(CDO)としても注目を集めていますが、どういう経緯で日本ロレアルのCDOになったのですか。
長瀬 デジタルが急速に進化するなかで、ロレアルもこれまでのビジネスのやり方を変えていこうと考えています。グローバルでCDOチームを結成、日本など重要なマーケットにそれぞれCDOを置くという方針が決まったのもそのひとつです。その結果、2015年にデジタル全般の責任者として、私が招聘(しょうへい)されることになりました。
秋山 社内でも危機感があったということですね。
長瀬 はい。ロレアルに限らず、ほとんどのメーカーは「プロダクトアウト」の考え方。「優れた商品を作ったから、どうぞ」と、タレントを使って大々的に宣伝するのがよしとされています。
  一方で、デジタルマーケティングの世界では、何がトレンドか、ソーシャルの状況はどうなっているか、誰がどんな発言をしているか。そういうことがリアルタイムで詳細にわかります。それを知ると、これまでのプロダクトアウトのマーケティング観は、コンシューマーの声が拾えるのに無視している乱暴なやり方に映る。
 デジタルは個々のコンシューマーの声を聞くという「マーケティングの基本」に戻る有効なツールだと思います。
秋山 デジタル技術の進歩が、マーケティング業務の負担を大きく減らしてくれるというのも大きいですよね。
長瀬 ひと昔前はグループヒアリングを繰り返して、そこからインサイトを絞るというやり方でした。でも、今は大勢の生の声を簡単に集めて正確に分析することができます。デジタルのおかげで、コンシューマーを知る手段は飛躍的に増えていますね。

マーケティングは恋愛と同じ

秋山 “Marketing is Love”、つまりマーケティングは愛だと思っているんです。誰かを好きになると、「何が好き? 何をしたら喜んでくれる?」と考えて、行動しますよね。
 それと同じように、「コンシューマーが解決したい問題は何か?」「その解決のために何ができるのか?」と考えるのがマーケティング。それがピタッとハマったときは、恋人同士が盛り上がるように、企業とコンシューマーの距離もぐっと縮まるんです。
長瀬 私も、「マーケティングは恋愛と同じ」と、社内でよく話しているんですよ。
 気になる人ができたら視界に入るチャンスをつくってタッチポイントを増やす、相手の行動を観察して、その人に気に入ってもらえるような行動をとって距離を縮める。自己紹介した後は相手のことをネット検索するから、SEO対策もしておいたほうがいい。
 メーカーはパッケージやタレントといった外見や持ち物を飾ることで好きになってもらえると思考しがちです。でも、外見をいくら着飾っても、相手の情報はわからないし、情報がないから距離も縮まらない。
 そうではなくて、自分のパーソナリティで好きな相手を「落とす」ように、ビジネスでも中身で勝負する時代になっています。
秋山 中身で勝負の時代だからこそ、デジタルを活用するメリットが大きいということですよね。中身がどれだけ受け入れられているか、数値的に証明できます。
 マーケティングの最初のステップである「誰の、何を、どのように」という3つを定義するだけで、ビジネスのやり方は大きく変わります。基本に忠実にシンプルに、マーケティングをとらえ直してほしい。そのときに、デジタルは手段であって、目的ではないことを忘れてはいけないと思います。

変えたいけど変えられない。企業が抱えるジレンマ

長瀬 コンシューマーにダイレクトに伝える方法は、まだまだあると思っています。それを実現するには、枠組みやマインドセットを変えていく必要がある。リソースをどう配分し、フレキシビリティをどこまで持てるか。そういうことが、どこの企業にも求められています。
秋山 特に大企業にとっては難しい課題でしょう。今のままでもなんとかやれているし、業績も落ちてはいない。そうなると、変えたいという気持ちがあっても、変える勇気が持てない。
 みんな、このままじゃダメだと気づいている。そんな端境期だからこそ、長瀬さんのような熱量と責任を持って変革を進めるリーダーが必要。そういう強いリーダーシップがないと、変えていくことは難しいでしょう。
 デジタルは働き方や業務のあり方などを大きく変えるものです。しかも、変われた会社はどんどん成長していきます。

デジタルマーケティングで全員がCDOに

秋山 デジタルマーケティングを語るうえで、企業が抱えている課題は3つあります。
 1つ目はデジタルマーケティングを理解している人材がいない、組織として経験がないという「知識」の部分。2つ目は「環境」で、マーケティングの環境が整っていない、もしくは業務過多で手が回らない状態ということ。3つ目が、経験者が少なく、任せられる人間がいないという「人」です。これらが負荷の高いヘヴィマーケティングの状況を生み出しているんです。
 ITのコストが格段に下がっていて、クラウドサービスを使えば誰もがテクノロジーの恩恵を受けられます。必ずしも、自前の技術は必要ありません。これまでは日本ロレアルのような大企業しかできなかったことを、中小企業がやれる時代になっています。
 我々は、特別な知識やスキルを持たなくても誰もが気軽に本質的なマーケティングをすぐに実践できるファストマーケティングを提唱しています。
長瀬 ファストマーケティングという発想は、これからの時代を象徴していますね。
 僕の最終目標は、CDOがいらなくなることです。社員全員がCDOのマインドを持てば、必然的にCDOは不要になりますから。
 マーケティング戦略のプロに頼るのではなく、全員がマーケティングをして、ビジネスを展開できる。マーケティングがいわばコモディティ化をしていかないと生き残れません。
秋山 全員がマーケターになるための武器が、デジタル。マーケティングの難しいところは、技術的な部分と感覚的な部分が混在していることです。これまでは、その技術的な部分が強かったけれど、技術がなくても簡単にできるならそのほうがいい。
 技術的な煩わしさから解放されて、感覚的、つまりクリエティブな思考に集中できます。それが本来のマーケティングです。
 それを実現するために、ウェブサイトを簡単に作成したり、集客や運用ができるツールなどを我々は提供しているのです。
ベーシックの「ferret One」では、ホームページ制作からアクセス解析、顧客管理など、デジタルマーケティングに必要なすべてのプロセスをインハウス化。外注コスト、コミュニケーションコストを削減することで、本来の業務に集中できる。

デジタルでマーケティングをシンプルにする

長瀬 これまで手がけてきた事例で、企業に大きな変化をもたらしたものには、どんなものがあるのですか?
秋山 親子経営のビニール加工会社で、弊社のサービスを導入したことで、15年ぶりに新規取引が始まった例があります。
 ビニール加工業は斜陽産業と言われていますが、少ないながらも確実にニーズはある。しかし、ウェブを使ったデジタルマーケティングをしている企業なんてほとんどないので、取引先を見つけるのに苦労しているんですね。
 そこで我々のデジタルマーケティングサービスを導入してもらったら、新しい取引先を獲得できたのです。
 その他にも、有名スタートアップ、大手企業の子会社など本来わかっている人材がいたり、リソースを持っているところでも利用が進んでいます。なぜなら、マーケティング環境を改善することによって得られる効率化の恩恵を彼らが理解しているからなんです。
 結局、大事なのはデジタルマーケティングのツールや運用だけではなく、自社やサービスそのもののコンテンツをどのように発信できるか。どれだけ自分たちのビジネスに思いを込めているのかを伝えることこそが勝負です。
長瀬 よくわかります。最近、ロレアルではブランドアイデンティティを強く打ち出しています。
 これからは、人も企業も「私はこんな人間です」とダイレクトに伝えていく時代。そのための方法がデジタルマーケティング。いいマーケターを育てたいなら、便利なツールを使いこなしていくべきです。ファストマーケティングのいいところは、コストをかけずにいろいろなことができること。
 そうやって誰もがマーケターになっていくことが理想だし、そこから先はセンスがものをいう。マーケティングへの愛が強い人ほど、成功していくと思います。
秋山 マーケターは表現者であるべきです。企業を代表して表現し、求愛していく人。そういう人たちを増やすために、煩わしさを減らしてシンプルにしていくべきだと思っています。
 複雑化しているデジタルマーケティングをもっと簡単にするという使命に共感し、一緒にデジタルマーケティングの力で業界や社会自体を変えていこうという意欲のある人に、ぜひ仲間になってほしいと思っています。
(執筆:工藤千秋 撮影:北山宏一 編集:久川桃子 デザイン:九喜洋介)