長野県が挑んだいじめ対策。LINE活用に懸けた想い、人、システム
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2018/6/18
長野県は大きな課題を抱えている。全国47都道府県中、未成年者の自殺率が最も多いのだ(平成22年〜26年の平均値による比較)。こうした課題を解決するため、2017年9月、長野県はLINEと協力した。全国で初めて、自治体による「LINE」の相談窓口専門アカウントを開設。LINEによる相談を2週間限定で行った。その結果、前年の電話だけで行ったいじめ相談件数と比較すると、相談件数は激増している。SNSによるいじめ対策という初プロジェクトにかけた人々に複数取材、多角的にこのプロジェクトの全貌に迫った。
LINEはこれまで、子どもたちのいじめに関してLINEが悪用されるケースがあることを踏まえ、技術的な対策のほか、社員が学校等の教育機関に出向き、情報モラル・リテラシーに関するワークショップや講演活動を通じてネットいじめの解決に努めてきた。
そして2017年8月、長野県とLINEを利用した子どものいじめ・自殺対策に関する連携協定」を結び、同年9月にLINEアカウント「ひとりで悩まないで@長野」を開設。LINEでいじめ・自殺に関する相談に応じた。自治体がLINEを使って相談を行った全国初の事例である。
キーマンは二人、長野県の小松容・心の支援課参事兼課長とLINEの江口清貴・執行役員公共政策CSR担当だった。
──長野県では、子どもに関するどのような問題や課題を抱えていたのですか。
小松:いじめの解消と自殺件数の減少を長野県は重要課題と位置付け、そのために教育委員会心の支援課に「学校生活相談センター」を設けて、電話やFAX、メールで24時間365日、子どもたちからの相談に応じる体制を整えていました。
ですが、期待以上の成果を得られていなかった。相談は主に電話なのですが、平成28年度の子どもからの相談は259件ほど。電話相談の多くは大人(子どもの保護者)という状況でした。
このような状況を踏まえ、長野県では子どもたちが気軽に相談できる場の創出としてSNSを活用する対策を考案したのです。
江口:LINEは5年ほど前から、社員が学校を訪問し、情報モラルについて話しさせていただく啓発活動を本格的に実施してきました。また、2015年からは、大学などの研究機関と協力しながら子どもたちがどのようにスマホやLINEを使っているのか、10万人規模で調査を行うなどして探ってきました。
その結果、今の子どもたちのコミュニケーション手段としてLINEの利用頻度が圧倒的に高いことがわかりました。高校生の使用率は9割以上、学校によっては99%という結果もありました。
コミュニティの場が学校などの現実社会から、LINEのようなネット空間にも広がっている。そう実感しました。
──ネット上でも現実社会と同じような問題が生じる可能性を感じた、と。
江口:はい。私たちはそのことを厳粛に受け止めていました。
「既読スルー」が原因となっていじめに発展した、と話題になりましたよね。先の調査でわかったことは、既読スルーが直接的な原因ではなく、既読スルーに至る前段階のどこかにいじめの芽があった、ということです。
そしてその芽を減らすためには、情報モラル啓発が重要で効果的と考えました。それに加えて、今の子どもたちのコミュニティの中心になりつつあるSNS上に相談窓口を設ける必要があると考えたんです。それが今回のプロジェクトの動機づけになりました。
導入には消極的だった
──今回の試みは自治体ももちろん、LINEとしても初めて。不安はなかったのですか。
小松:かなりありました。主な理由は2つです。1つ目は、LINEはテキストでコミュニケーションを取ることです。
私は教員だったこともあり、相談は実際に相手と向き合い、口頭で行うべきものとの先入観がありました。ですから当課でやっている相談も、電話が主だったわけです。子どもの声に耳を傾け、声の先にある“心の声”を汲み取るものだ、と。
もう一つは、LINEを使うことによる負の側面です。子どもたちが夜遅くまでスマホを使う習慣づけにつながるのでは、と危惧しました。
江口:当初は、それほど難しくない案件だと私は考えていました。
一般的なコールセンター業務のように、相談員一人に対し、複数の子どもの対応ができるのではないかと。ところがいざ始めてみると、結果は真逆。一人の子どもに対し、複数の相談員が対応する事態となりました。
──なぜでしょうか?
江口:小松さんのおっしゃった通り、テキストによるコミュニケーションの難しさが顕著に表れました。
相談にのったカウンセラーの方や、相談内容を研究した有識者の方から伺った話によると、子どもたちが本当に相談したいことがテキストだけでは読み取ることがかなり難しいと。LINEによるトーク(チャット)は、文語体ではなく口語体だということもそれを難しくした要因の一つです。
例えば「かわいくない」というテキストが送られてきたとします。「かわいいよね?」の共感なのか。あるいはその逆で「醜い、憎たらしい(かわいいの反対語)」という意味なのか。文面からでは読み取れませんよね。
そのため相談を受けてから返信するまでに相当の時間がかかりました。マニュアルも作ったのですが、相談を受ける度に変更していくような状態。子ども一人の平均対応時間は53分49秒。電話相談の約2倍時間がかかるため、相談員に要するコストも倍になりました。
2週間の試行で前年度の倍の成果
──しかし、結果的に多くの相談が寄せられ、大きな成果を得ました。
小松:前年度の電話のみによる年間相談件数の倍以上にあたる547件もの相談が、わずか2週間でありました。また、LINE窓口の開設は別の効果も生みました。従来の電話相談が増えたことです。LINEで相談できなかった子どもたちが電話で相談してきたのです。
当初イメージしていたいじめ・自殺問題以外の相談が多かったことも収穫でした。進路、異性、性の悩みなど。特に女の子からの相談が多く、全体の約6割でした。
一番の成果は、私たち(長野県)に相談すれば真剣に対応すると、子どもたちが感じてくれたことです。
もともと子どもの相談願望はあったのです。でも気軽に相談したり、コミュニケーションしたりできるチャネルがなかった。だからこれまで相談できずにいたことが、今回のプロジェクトを通じてわかりました。
子どもたちとの距離を縮める
江口:LINEを使うことで相談のハードルを下げられたことが、今回のプロジェクトの一番の成果だと思います。子どもたちと長野県教育委員会の距離を縮められたのでは、と手応えを感じています。
ただ我々はIT企業です。教育の専門家ではありません。どこまでいじめ・自殺問題に踏み込んでよいのか、ということは常に慎重に議論しながら事業を進めてきました。
専門家の方々が長年にわたりさまざまな施策を行ってきたにもかかわらず根絶できないいじめ問題を、おいそれとゼロにできるとは微塵にも思っていません。
しかし、私たちが培ってきたITテクノロジーをうまく応用すれば、いじめの予防や件数の減少に貢献できると、今回の事業を通じて改めて感じました。
──いじめ、という大きな病になる前の段階、未病のうちに防ぐわけですね。
江口:LINEは今後、長野県をはじめLINEを活用したいじめ相談を行っている自治体や、いじめ・自殺問題に取り組むNPO団体などに、今回のプロジェクトの結果も含めた私たちのナレッジを提供していこうと考えています。
実は、昨年12月に、LINEを活用したいじめ相談アカウントのシステム開発に携わったトランスコスモス社や、相談事業を行っているNPOなどと協力して「全国SNSカウンセリング協議会」を設立しました。SNS相談員のスキル向上の研修やSNS相談のノウハウ研究を行う同協議会を通じ、より広く情報発信や相談に応じていきます。
──長野県としてはどうですか。
小松:2週間の試行で終わらせるのではなく、続けていくことが重要だと感じました。そこで本年度は60日間行うことにしました。
現段階ではいつとは正確にはお答えできませんが、いずれはLINEを使ったいじめ・自殺相談が、公共の相談窓口として当たり前になれば、と考えています。
──長野県の事例で、トランスコスモスは特に技術面において、どのように携わったのでしょうか。
森:システムの概要は以下のようなイメージで、トランスコスモスはカウンセラーの方たちと子どもたちとをつなぐチャットプラットフォーム「DEC Support(デックサポート)」を提供しました。
三川:「DEC Support」は、我々の強みであるコールセンターサポート事業で培った長年の経験やノウハウを経て開発されたものです。オペレータ業務を効率化するさまざまな機能を有し、実際、多くの企業で導入されています。
例えば、一人のオペレータが同時に複数の問い合わせに対応できます。登録しておいたキーワードが入力されたら、アラームとして知らせることもできる。長野の事例であれば「死にたい」といったキーワードを、事前に登録しておくといった具合です。
ワンツーワンのやり取りではなく、オペレータ側はチームで問い合わせを受ける体制にできることも特徴です。長野の例で言えば、10名の相談員の後ろには熟練相談員が控え、深刻な相談や緊急を要する内容の場合には、瞬時に代わることが、子どもたちに気づかれることなくできます。
森:システムを監視する我々は東京で、相談窓口は長野県に。カウンセリングセンターは関西でと、各組織が異なる場所にあってもクラウドを活用することで、タイムリーに情報が共有でき、問題なく機能することも特徴です。
相談内容はすべてテキストで記録していますから、例えば翌日に別の相談員が対応する場合でも、一から相談し直すこともありません。
──相談している側は気づきませんが、実際のオペレーションの現場では、色々な動きがあるわけですね。
三川:チャット相談の利点は、オペレータ側の声が相手に聞こえないことです。実際、現場では「私が代わろう」「別の相談員に任せよう」といった声が飛び交っていました。
森:相談員は自分のキャパシティを超える相談を受けることがなくなり、負担が減る、といった効果もあります。また弊社は「DEC Support」の他にも、相談内容をデータ化し分析を行うといった業務も担当しました。
自治体がLINEを利用した異例の試み
──企業では既に使われていたシステムとのことですが、自治体などでの利用はこれまであったのですか。
三川:DEC Support をLINEに対応した事案は今回が初めてでした。
──手応えや率直な感想を教えてください。
三川:自治体でのLINE活用はこれまでもあると思いますが、今回のプロジェクトを通じて自治体がLINEを公共インフラとして認めているのだと、改めて思いました。また今回はいじめ・自殺がテーマでしたので、対応は臨床心理士などの専門家が行いましたが、専門家のカテゴリを変えれば、他のさまざまな相談やコミュニケーションに活用できると考えています。
──なるほど。税金相談の場合は税理士が集まったセンターにつなぐ、と。
三川:ええ。最近問い合わせが多いのは、メンタルヘルスやセクハラ・パワハラに関する企業からの問い合わせです。会社側でも取り組みをされていますが、どうしても匿名性という観点から考えると、相談する側は二の足を踏みますからね。
一方、ふだん使い慣れているLINEで、しかも外部団体に相談できれば、長野県の成果のように相談者が増えると考えています。
今の話に関連しますが、警察も含めたさまざまな専門家やプロフェッショナルと連携した広域ネットワークに拡充させていくことが、今後は必要だと感じています。LINE社と協力して「全国SNSカウンセリング協議会」をつくったのも、このような意図からです。
もうひとつ。窓口となるアカウントは長野県の事例のように公共かつ正式なものであり、1つであることが重要です。119番のような。
LINEの使われ方が変わってきた
──自治体が住人とのコミュニケーションでLINEを活用する事例が最近になって複数出てきました。企業では以前からありました。そのあたりの変遷はいかがでしょう。
岩井:確かにありましたが、これまでは企業からコンシューマーに一方向でメッセージを送信するプッシュ型のマーケティングがメインでした。
例えば、友だち追加でスタンプがもらえるサービス。友だちになった、というタッチポイントはありますが、その後は企業アカウントをブロックしてしまうユーザーが多いことも事実で、双方向のコミュニケーションではありませんでした。
佐藤:その中にあって弊社は、常にユーザー目線に立ったサービスの提供を意識してきました。コールセンター事業で培った経験が大きいと思います。
岩井:ただ当初の反応は悪かったですよ。4年ほど前に同ビジネスに参画したときは「LINEを使ってチャットでユーザーとコミュニケーション取りましょう」と提案しても、何それ、みたいな対応がほとんどでしたから(笑)。
しかしここ1~2年で大きく変わりました。長野県の事例も含め「LINEは社会インフラ」というイメージが定着してきたことが大きな理由だと思います。
佐藤:一方でLINEは若者が使うツール、と考えているお客様企業が未だに多い印象を持ちます。しかし実際にはLINEを使ってのコミュニケーションは、高齢者、日本語が流暢ではない外国人などが利用した場合に、大いに力を発揮します。
例えばある外国人がアプリをうまく使えず、エラーメッセージが出ていると相談してきたとします。LINEであれば、そのエラーメッセージを写真で送ってもらい確認することができます。言葉の問題に関しても、電話によるやり取りより遥かにスムーズです。
SIだから提案できるLINE活用術
──なるほど。LINEはビジネスでもコミュニケーションツールに変わりつつあると。となると、ライバルも台頭してきているはず。強みは何ですか。
岩井:多くのサービスを持っていること。お客様企業ごとに異なる要望を、その多岐にわたるサービスの中からコーディネートし、インテグレーションできる点です。
異なる要望というのは、別の企業からに限ったことではありません。同じお客様企業の別の部署から異なる要望をいただくことも多いです。
佐藤:そのようなケースでも弊社であれば、各部門担当者を一堂に集め、それぞれの要望をヒアリングし、マッチしたサービスを提供できます。それでいながらユーザーが使いやすいようにLINEアカウントは1つで設計ができる。まさしく先の三川の話に関連する、入り口はひとつですが、その先には多様なコンテンツが詰まっているのです。
LINEビジネスコネクトの簡易版「KANAMETO」を開発
──17年9月に「KANAMETO(カナメト)」というツールを発表しました。これはこうした時代の流れに合わせて生まれたものですか。
永井:長野県で使われた「DEC Support」は、エンタープライズ向けのツールになります。そのため「LINE@」を利用している地方自治体や小規模事業者にとっては、「DEC Support」は使いたいけれど予算が合わない、という課題がありました。
白濱:また「LINE@」の機能や管理画面はパソコンやLINEを使い慣れていない人にとって操作に不安があるという声が、LINE社とのディスカッションなどを通じてありました。
永井:こうした背景を受けて開発したのがKANAMETOになります。県庁や自治体などに足繁く通い、どのような機能が必要とされており、購入可能な価格帯などのヒアリングを行い、開発を進めました。
またユーザーからの先の意見を踏まえ、この手のツールの扱いに詳しくない人でも短時間のトレーニングを受けていただければ使える、簡便なUI・UXとしました。費用も「LINE@」と合わせて月額10万円に抑えました。
──LINEビジネスコネクトも同じようなサービスですが、こちらもエンタープライズ向けですからね。KANAMETOの手応えはいかがですか。
永井:自治体では熊本市や豊田市、企業ではメルセデス・ベンツの販売を行っているディーラーや地方のケーブル局などで導入されています。
One to Oneでユーザーごとにマッチしたメッセージを送れる機能を有するのはもちろんですが、ユーザーとコミュニケーションをすればするほどデータが蓄積されるという部分で好評を得ています。そのデータをもとに、新たなコミュニケーションやマーケティングが行えますから。
岩井:いかにユーザー目線に立ったサービスが提供できるか。これからのマーケティングは、この点に集約されていくと思います。コスト削減ではなく、顧客満足度の充実です。そういった意味でも、ユーザーの使い勝手がよいLINEは最適なツールだと感じていますし、LINE関連のサービスを拡充していくことが、結果として企業の利益につながっていくのだと考えています。
(取材・編集:木村剛士、構成:杉山忠義、撮影:風間仁一郎、森カズシゲ)
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この連載について
ZホールディングスとLINEの経営統合に伴い、2021年にLINEから商号変更。ソフトバンクとNAVERが株式を50%ずつ保有する中間持株会社。
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