エンジニアで冒険家のリチャード・ジェンキンスが自動航行ロボットで漁業、掘削、環境科学の革命に挑む。目標は1000隻編成の無敵艦隊だ。

セイルドローンで世界中の海洋調査、目指すは1000隻編成の無敵艦隊

ドローンに名前をつけない理由

ホホジロザメ・カフェの追跡調査の出航日。リチャード・ジェンキンスは長いアームが伸縮するフォークリフトを運転し、2隻のドローンをサンフランシスコ湾の海面に降ろした。約60人の社員の助けを借りて、1隻につき10分ほどの作業だった。
ドローンに名前はない。「ロボットだから」と、ジェンキンスは厳しい口調で言う。「個性を持たせるべきではないし、愛着がわくような要素は必要ない」。しかし、その朝、彼はサメの笑顔のイラストを2隻にペイントしていた。
海洋調査を目指すようになってから、セイルドローン社は1万8500平米の倉庫全体を使っている。さまざまな作業場はすべてが手作業だ。船体の成形、エポキシ樹脂の塗布、塗装、電子機器のテスト。部品は耐久性を高めるためにオーブンで焼く。設計はすべてジェンキンスと彼のチームが手がけている。
サメを追跡するセイルドローンは全長23フィート(約7メートル)、高さ15フィート(約4.5メートル)、幅1フィートほど(約0.3メートル)。まぶしい蛍光オレンジの垂直主翼に、「unmanned science vehicle(無人科学探査船)」の文字が黒で型抜きされている。
船体の大半は軽量で頑丈なカーボンファイバー製で、プラスチックとセラミックも使われている。海水に対する耐性も完璧だ。
主翼と船体のカーブに合わせて太陽電池パネルがはめ込まれ、船体からキール(竜骨)までさまざまな場所に設置された電子機器に電力を供給する。フル装備で航行速度は3~8ノット(時速約5.5~14.8キロ)だ。

どこの海でもiPhoneで簡単操作

セイルドローンが世界のどこの海にいても、ジェンキンスの手元のiPhoneで監視できる。画面上で出発地点と到着時点を指定したら、あとはAIを搭載したソフトウエアにおまかせ。広いところは幅45メートル、狭いところは4.5メートルの水路も事前の設定どおりに通り抜ける。
主要な航路や石油掘削装置、ブイは極力回避させる。速度が想定より遅くなったことをドローンが感知すると、網に引っかかったと判断し、逃れるために自動的に後退する。
ジェンキンスによると衝突したり海賊に拉致されたりしたことはないが、船体に搭載したカメラには、ときどきアシカが飛び乗る姿が映る。休憩か、あるいは捕食者から逃げているのだろうか。
1隻あたり少なくとも10万ドル相当の電子機器やバッテリー、関連機器を搭載している。主翼の先端近くの機器で、風速や方角、太陽光、気温、気圧、湿度を測定。船体の上部に並んでいる機器は、波の高さや周期、二酸化炭素濃度、地球の磁場の強さを測定する。
水中ではセンサーが海流を観察し、溶存酸素量、水温、酸性度、塩分濃度を測定する。さらに、ソナーなどの音響機器が動物の生態をとらえる。
一部の重要なデータは、衛星を介するインターネット通信(速度は遅く、費用は高い)でセイルドローン社とクライアントにリアルタイムで送信される。残りのデータは帰港後にハードドライブから回収する。最大の問題は、収拾するデータを誰が買うか、それらのデータで何ができるかだ。

海洋の広さと大型調査船の限界

海洋の広さと価値に対し、調査する資源は乏しい。
アメリカ海洋大気庁(NOAA)は豊富な資金を背景に16隻の科学調査船を保有し、大学の調査船舶16隻とも連携している。一方でオーストラリアには、本格的な調査船舶は1隻しかない。世界の海洋に関するデータの大半は、衛星からの観測と、センサーを搭載した少数のブイで収集している。
「とても足りない」と、30年前からNOAAで働くエンジニアのクリスティアン・メイニグは言う。「火星の水を調べるために、地球の水より多くのカネをつぎ込んでいる」
NOAAなどが保有する調査船は、建造に1隻8000万~1億5000万ドル、稼働コストは1日5万~10万ドルにのぼる。調査期間が長引くほど、ロジスティクスの費用はかさむ。
「燃料に消耗品。衛星通信の利用料は考えたくもない」と、オーストラリアの連邦科学産業研究機構(CISRO)の研究グループリーダー、アンドレアス・マルコスは言う。
幸運にも助成金がおりても、文化的な問題がある。最近の若手研究者は、インターネットから遮断された海上で長時間、過ごすことを敬遠するのだ。
「若い世代は海に出ることにほとんど関心がない」と、NOAAのメイニグは言う。「最初はロマンがあると思うのだが、友人とメールができず、テレビも見られないと気がつく。普段とは違う生活スタイルだ」

海洋調査の近代化を支援する

セイルドローン社は、人間の研究者と協力してさまざまな負担を減らしたいと語る。研究者や企業は1隻1日2500ドルでレンタルできる。クライアントが指定した場所に行ってデータを収集し、その処理と解析は同社が手伝う。
すでに40隻近いドローンを建造しており、年末までにさらに200隻が完成する予定だ。ジェンキンスが目指す1000隻まで増えれば、各地の海を24時間体制で観測できるだろう。建造費は総額1億ドル。それでもNOAAの調査船1隻より安い。
ドローンに搭載されている機器は、海洋生物学の主要な調査の近代化に貢献している。
アラスカとロシアのあいだのベーリング海では、NOAAの調査船が漁業資源を監視している。13億ドル相当の商業漁業の割り当てを決めるためだ。
「100年間、同じ方法で行っている」と、メイニグは言う。「網を引いて魚の数をかぞえるのだ」。しかし、セイルドローンを使えばソナーで資源量を計算でき、DNAのサンプリングシステムによって付近にいる魚の種類を特定できる。
NOAAは来年中に二十数隻のセイルドローンをベーリング海の資源調査に導入する計画で、気象と気候変動の調査も行う。CISROはタスマニア沖に3隻のドローンを投入しており、1年間の予定で調査を行っている。
ドローンはオーストラリア東岸を航行し、気候変動で打撃受けたグレートバリアリーフの付近で海洋生物の生態や水質を観察。大気中から回収した二酸化炭素を海底に貯留するのに適した場所を探す。

ハリケーン予報で活躍も

セイルドローンが最も役に立つのは、気象予報かもしれない。現在の気象予報モデルは、まばらに設置された静止センサーで収集したデータをもとに構築されている。しかしドローンは、はるかに豊富なデータを収集してマッピングすることができる。
「データが(現在より)はるかに正確になれば、私たちの想像を超える予報が可能になるだろう」と、セイルドローン社に出資しているカプリコーン・インベストメント・グループのパートナー、ディペンダー・サルージャは言う。「輸送やロジスティクス、農業、さらにはエネルギー市場にも影響をおよぼすだろう」
たとえば、2012年に大型ハリケーンのサンディがニューヨークを襲撃する直前に、ヨーロッパとアメリカの気象予報モデルはそれぞれ異なる海水温度を予想した。水温はハリケーンの大きさを計算する重要な要素となる。
アメリカの気象予報モデルは水温が低いと予想した。その場合、ハリケーンの規模は弱まると考えられる。それに対し、ヨーロッパのモデルは水温が高いと予想。嵐の脅威が増幅されることになる(結果的に後者が正しかった)。
セイルドローンは、ハリケーンの真っ只中にドローンを送り込んで水温などの情報をリアルタイムで収集する計画を進めている。これらのデータはハリケーンの規模だけでなく、上陸の時期や場所の計算にも役立つだろう。

採算性という科学市場の壁

このような人道的および科学的使命は十分に期待できるが、ハードウエアと運用のコストに見合うだけのデータビジネスを創出できるだろうか。
大口契約をめぐる競争は激しくなる一方で、オートノートやオシアス・テクノロジー、セイルブイ、オーシャン・エアロなどのスタートアップがヨットやサーフボード型の自律航行ロボットを開発している。
NOAAのメイニグは、本来は利他的な研究者の多くが、軍事関連やエネルギー業界の豊富な資金の誘惑に勝てないだろうと懸念する。「私たち科学者の課題は、率直なところ、現場での必要を世間や議会に訴えて予算を増やしてもらうことだ」
リキッド・ロボティクス社の教訓は、その厳しさを物語る。
2007年にシリコンバレーで設立された同社は、波の動きを推進力に利用するサーフボード型ロボットを開発している。NOAAや複数の研究機関とともに気象や海洋生物の研究を行っていたが、今は研究分野から手を引いている。
「科学の市場はもうからない」と、同社のゲイリー・ガイシン社長兼CEOは言う。「研究組織やNGOが、ある問題を解決するために10万ドルを投じることはない」
リキッド・ロボティクスは2016年にボーイングの傘下に入り、現在は軍事と商業分野を手がけている。
ロボット型グライダーで船舶や潜水艦を監視し、違法操業の漁船を見つける。石油や天然ガスの掘削施設では、プラットフォームの管理に利用する気象データを提供し、掘削作業が規制を遵守しているかどうかを確認する環境データを収集する。グライダーの使用量は1機1日5000ドル。約400機が各地の海に出ている。
「商業プロジェクトに転換しなければ、会社としては成り立たない」と、ガイシンは言う。

そして世界記録を目指す

セイルドローンの出資者は、自分たちは長期的な視点に立っていると語り、目先のもうけ話を追いかけるより海洋の世界的なデータベースを蓄積したほうが会社の将来に恩恵をもたらすと期待する。
「最も重要な資産はデータだ。誰も蓄積できないデータを収集することだ」と、ソーシャル・キャピタルのチャマス・パリハピティヤ創業者兼CEOは言う。
セイルドローン社の大口出資者のなかにはパリハピティヤのように、企業の社会的および環境的な志向に出資する人もいて、ビジネスとして成果を出すまでに少々の猶予が許される。
一方でジェンキンスは、数々のスタートアップを大企業に成長させてきたセバスチャン・ド・アローをCOO(最高執行責任者)に迎えている。ド・アローは、気象がわかればカネになるとジェンキンスを説得した。
「セバスチャンが手綱を握り、リチャードはクリエイティブな才能を発揮している」と、パリハピティヤは言う。セイルドローン社は希望する人に喜んでデータを販売し、ほぼ誰でも利用できるプラットフォームを構築して、特に水産業者とロジスティクス企業向けに営利事業を展開したいと考えている。
ド・アローもジェンキンスと同じ船乗りで、彼の影響でランドヨットにはまっている。週末になるとそれぞれ家族を連れて砂漠に向かい、試作品を走らせながら、どちらが多くビールを飲めるかと競争する。
「私はベルギー、彼はオーストラリアの血が流れている」と、ド・アローは言う。「彼を酔いつぶす自信はあるよ」
今年8月くらいには、数隻のセイルドローンでマゼランの世界一周航行を再現するという目標に再挑戦するつもりだ。世界帆走スピード記録評議会(WSSRC)の認定を得るためには、北半球から出発して、すべての経線をまたぎ、赤道を2回越えなければならない。
「契約をすべて履行して、機体が余ったら、すぐに出発したい」と、ジェンキンスは言う。「何事も優先順位が大切だ」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Ashlee Vance記者、翻訳:矢羽野薫、写真:©2018 Bloomberg L.P)
©2018 Bloomberg L.P
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.