【川口能活】W杯を最も知る日本人が見た「天国と地獄」の分岐点

2018/6/11
5月下旬某日、時計の針が正午に近づくにつれて春雨が強さを増すなか、神奈川県にあるSC相模原の練習場で最後までピッチに残っていたのは1人のベテランGKだった。
川口能活、42歳。
多くのチームメイトたちがユニフォームを脱いだ一方、“炎の守護神”と言われる男はいまも現役を続け、J3のピッチに立っている。
「能活さんはGKなのに、チームを勝たせる力がある」
横浜F・マリノスや日本代表の戦友、中村俊輔がそう言うように、川口能活は日本サッカー界で特別なGKとして君臨し続けている。
1996年アトランタ五輪では優勝候補筆頭のブラジルを破る「マイアミの奇跡」の立役者となり、日本代表として国際マッチに歴代3位、GKでは最多の116試合に出場。ワールドカップには1998年フランス大会から4度続けて選出され、レギュラー、サブ、第3GKとあらゆる立場を経験してきた。
(写真:ullstein bild)
仲間と違う色のユニフォームを着てピッチに立ち、チームの最後列にいるからこそ与えられる影響、見える景色がGKにはある。
川口能活だから語ることのできる、日本代表の重みと価値、W杯で勝敗を左右する分岐点、そして42歳のいまもピッチで戦い続ける理由――。
“GKなのにチームを勝たせてきた”男が、じっくり語る。