上から目線の監督、長時間練習……。野球離れと高校野球の悪影響

2018/6/6
夏の甲子園大会が100回大会を迎える今年は、とにかく高校野球を礼賛するメディアが多い。今春のセンバツ大会には平成以降最多となる観客動員を記録したし、高校野球界は一点の曇りもないような風潮に拍車がかかっている。
しかし、ひとたび足の置く位置を変えてみると、決していいことばかりではない。
少年野球の競技人口は少子化の6倍ペースで減少しているという数字が出ているほどで、いずれその影響が高校野球界にもやってくると予想されるのだ。
「高校野球の悪い部分があらゆるところに影響を与えていると感じています」
そう語るのは慶応高校などの指導を30年務め、監督として春・夏合わせて計4度の甲子園出場に導いた上田誠(現慶応義塾大学コーチ)である。楽しむことを根幹に置く「エンジョイ・ベースボール」を指導理念にした、異端児的指導者だ。
慶応高校で英語教師を務め、同校野球部を率いていた上田氏(撮影:中島大輔)
「練習時間の長さ、試合のシステム、指導者の上から目線など……。スポーツ医学のセミナーに参加したときに『学童の野球が大変なことになっている』という話を聞いて、それから神奈川県の大会を見て回ると想像以上の現実に驚いています」
ある地域の大会では1チームが1日4試合を戦い、うち3試合で同じ投手が投げ、4試合目はその投手が捕手を務めていた。
またあるところでは、痛そうにして投げている投手に状況を尋ねると、「3カ月間ノースローのケガを患い、登板が可能になった日に試合で投げました。それもリハビリメニューをこなしたわけではありません」というひどいものだった。
登板過多に、指導者の怒号・罵声、泣きながら罰走をする少年たちの姿は、高校野球をそのまま映し出しているかのようだった。スポーツを楽しむことを奪っている様子に、子どもたちが野球から遠ざかるのは必然に感じられた。
上意下達より、考える自由
もっとも、上田がそうした日本的とも言える「厳しさ」「勝利至上主義」を前面に打ち出した野球に違和感を覚えるのは、自身が慶応高で実践してきた指導が真逆だったからに他ならない。
上田は慶応に長く伝わる「エンジョイ・ベースボール」を体現する一方、1998年にはUCLAにコーチ留学し、日米における指導者と選手の関係性の違いを目の当たりにした。
「日本と違うなと感じたのは、指導者の姿勢ですね。日本では『俺が教えてやる』と上から目線で選手と接するじゃないですか。向こうには一緒にやろうとお互いがリスペクトする姿勢があります。だから、みんなが楽しそうにやっていました」
「そして、選手たちは自分で練習しようとするんです。ある日の朝、僕のところに電話がかかってきて、外野からサードにコンバートした選手が『まだサードに慣れないからノックしてくれないか』と言ってくる。つまり、選手が主で、指導者はお手伝いなんです。その違いを大きく感じました」
上田は上意下達的に子どもたちと接するのではなく、考える自由を与えて野球に取り組ませながら、楽しみを体現させる指導で結果を残してきたのである。
長時間練習とスライダーの弊害
上田は2015年に監督を勇退後、一歩引いた目で高校野球を見ていると、いくつかの問題点が浮かんできたという。
そのうちの一つが長時間練習だ。
例えば、ある技術・戦術を習得するという目標を立てたときに、それまでのスパンが長くなるか、短くなるかはケースバイケースだ。「試合に勝つ戦術を身に着ける」ことを主眼に置いたならば、練習時間を長くすることで浸透しやすくなるだろう。
しかし、上田はその発想が良くないと力説する。
「小学生や中学生、高校生などのカテゴリーを見ても思うのですが、教える内容が一段階早いように感じます。高校野球で隙のない走塁をするチームが多くありますが、勝つための戦術などはもう少し先で身に着ける形でもいいんじゃないかと。未完成な要素が個人にもチームにもあっていいと思いますけど、いまはそれが許されない状況になっているように感じます」
少年野球の日本一を決める全国大会「マクドナルドトーナメント」。投手の登板過多を問題視する声も(撮影:中島大輔)
それは投手の球種一つにしても言えるだろう。
試合に勝つためには特殊な変化球を一つ覚えていれば、大きな武器になる。中学生レベルでは、例えばスライダーだ。しかし、中学生時代からスライダーを多投することが、後々の野球人生に悪影響を与えることは容易に想像できる。
強い身体をつくり、ボールのキレを磨かせながらスケール大きく育てていく方が、その投手にとって後々のステージで生きてくるはずだが、日本の野球界の現状はそうなっていない。
「中学生の配球を見ていても思いますけど、スライダーばかり投げています。そういう選手は中学時代に投手として完成されている傾向があります。その時はいいのですが、その後、名前を聞かなくなった選手もいます」
野球を小さくする「システム」
上田は高校野球界のシステムの問題点にも言及する。センバツ大会だ。
毎年3月20日ごろから開催されるセンバツは、前年秋の県大会と地区大会が選出の参考資料になる。
上田が野球部を指導していた慶応高で言うと、神奈川県大会と関東大会だ。県で関東大会の出場権を得られる成績を残した上で、関東大会でベスト4以上に入ることでセンバツ出場はおおよそ確定になる。
90回大会の記念事業として「センバツ・キッズフェスタ 」という野球体験イベントが小学生を対象に行われた(撮影:中島大輔)
センバツは「全国選抜高校野球大会」が正式大会名だから、いわば「招待大会」であるはずなのだが、実質的には県大会や地区大会が“予選”の位置づけで、出場権をかけた戦いになっているのだ。
上田は言う。
「センバツのシステム自体が日本の野球を小さくしている気がします。神奈川県だと7月25、26日まで夏の県大会があって、甲子園出場を逃したチームはそこから数日間休みを取って8月の頭から新チームに移行します。そして、8月23日ごろには秋の公式戦が始まる」
「その間、3週間しかないわけですから、チームづくりとしてはミスがなく守れる選手が中心にならざるを得ないです。そして秋の県大会、関東大会、さらにセンバツと勝ち進めば、たくさんの選手を試す機会がないままのチームづくりになってしまう」
目の前の勝利を優先すれば、選手の起用は偏るだろう。制球力に課題のある大型投手や、当たれば飛ばすことができるもののその確率が低い打者、あるいは守備に難点があるような選手の出場機会は少なくなる。
「秋の大会でも、いろんな選手を使ってのんびりチームづくりしている学校をほとんど見たことないです」
システム自体が勝利を追いかけなければいけない状況に陥っているから、問題があるのだ。
2018年センバツで準優勝した智弁和歌山。準決勝では高嶋仁監督が試合中に飛ばした怒声が集音マイクに拾われ、話題になった
本来、人は失敗から学んでいくものだが、野球界の仕組みではそれが許されない。常に安定的に勝てるチームづくりをしなければいけないのが、今の野球界に蔓延している空気なのかもしれない。
「がちがちに固められた高校野球のやり方が悪影響を与えているように感じるので、我々がやってきた『エンジョイ・ベースボール』みたいな野球が学童に広まってくれたらと思います。その中で投球制限などルール化される必要があるものは実現に向けていけばいいし、指導者や保護者が医学的な知識を持つようになるべきでしょう。すべてがつながっていくことで、野球人口増にまでいってくれればと思います」
上田は今年1月、横浜高の元監督、渡辺元智氏や元DeNAの三浦大輔氏らをゲストに迎えた「学童野球指導者セミナー」を開催し、野球界全般の変革を目指すための足掛かりをつくった。同セミナーには約500人が参加し、大盛況だったという。
勝利至上主義はなぜ問題か。野球界が抱える3つの課題
「指導者や野球に関わる大人たちが今の心の持ち方では、いつか野球がなくなってしまう……」
野球界の危機はすぐそこまで迫っている。
だからこそ、上田のように長く高校野球の指導に携わった人物の言葉を胸に刻まなければいけない。(敬称略)
(写真:岡沢克郎/アフロ)