【最終回・酒井宏樹】人と比較しても意味はない

2018/5/31
意外に思われるかもしれませんが、僕は天の邪鬼な性格です。
そんな性格が影響しているからかもしれませんが、試合が終わったあとも勝利したときほど課題を多く出して伝えますし、負けた試合ではポジティブに修正できるように発言しています。
それに、勝ったときは僕が言わなくても周りの人が勝因やチームの良かった点をどんどん発言してくれるから、自分は負けたときにその敗因や次の試合へ向けての修正点を言うように意識しています。
やはり人と同じでは面白味がないですし、ことサッカーに関しては人と比べることはしません。
酒井宏樹(さかい・ひろき)
1990年長野県生まれ。2010年に柏レイソルでJリーグデビュー。2011年にはチームのJ1優勝とともに、ベストイレブン、ベストヤングプレーヤー賞を受賞。同年10月に初のA代表選出。2012年にドイツのハノーファー96へ完全移籍し、2016年6月にフランスのオリンピック・マルセイユに加入。ツイッターアカウント:@hi04ro30ki
最初に比較することをやめたのは、アルベルト・ザッケローニ監督時代に日本代表に選ばれて、(内田)篤人くんと右サイドバックを争ったときでした。
初めて篤人くんと代表でチームメートになり、「この人は抜群にうまい。自分にない特性を持っている。すごいな」というのが篤人くんのプレーを見た率直な感想でした。
同時に、「いまこの人と同じプレーをしても、この人みたいな選手にはなれない」とも感じました。

自分を極限まで磨く

仮にまねをしたところで、イミテーションがオリジナルを超えることはあり得ない。
まねした人がその人を超越することはできないと肌で感じていたこともあり、僕は僕なりに自分のプレースタイルを追求しようという覚悟が決まりました。それに監督も同じプレースタイルの選手を2人並べようとは思いません。
周囲から篤人くんと比較されることは多かったですが、僕のなかで「比較しても意味はない」と客観的に気づくことができたのは大きな収穫でした。
また、日本代表で能力の高い選手が周りにいるのは、自分にとって非常に良い環境だと言えます。そこに身を置くことで、いろいろと考えさせられる機会が増えたからです。
そして「どうすれば自分は試合に出るチャンスを得ることができるのか」を自問すればするほど、答えは自分にしかできないプレーを極限まで磨くだけ、という結論になっていきました。
技術と戦術眼に優れる篤人くんが常にスタメンを張り続けるのであれば、僕は負けている劣勢の状況のときでもいいから、まずはワンポイントで使ってもらえるようなプレーを心掛けるようにしました。
たとえば、前線に攻め上がってチャレンジできる回数を増やすための上下への動きや、ゴール前へ数多くチャンスを供給できる精度の高い高速クロスを磨いていこうと考えていました。

もともと特別なオンリーワン

この考えは、マルセイユでプレーするいまでも変わりません。
いまのマルセイユの右サイドバックにはブナ・サールという選手がいます。もともと右のサイドアタッカーの選手でしたが、リュディ・ガルシア監督によって右サイドバックにコンバートされました。そのため、彼はドリブルを仕掛けていく超攻撃タイプの右サイドバックです。
攻撃力ではまったく歯が立たないことはわかっていたので、僕はそれまで以上に戦術理解や戦況把握、試合の流れを読む技術など頭を使ったプレーを意識するようになりました。さらには、ブナが超攻撃的ならば、僕は味方との連係をより向上させて、組織的な守備力を高めていこうと考えました。
対戦相手が強豪クラブである場合、点を取ることはもちろん大事ですが、それ以上に失点しないことが求められるからです。
幸いにして僕もブナも、マルセイユではともに出場機会を得ることができています。個性というのは、それぞれによって違います。
だからこそ、自分にしかできないことがあるはず。それを見つけて磨くことで、自然と状況は好転していくものです。

山頂への道はひとつではない

柏レイソルのプロ1年目に、先輩たちからよく言われた言葉があります。
「お前はルーキーなんだから、年上の選手にどんどん絡んでいけよ」
「あの選手に良いプレーの秘訣を聞いてこいよ」
おそらくその先輩たちは僕のことを思って助言してくれたわけですから、そのこと自体には恩を感じています。でも僕が大切にしたいのは「聞きに行け」と言われて行動を起こすのではなく、自分のタイミングで行動することです。
プロになったばかりのときはまだ18歳。ましてや僕のような人見知りの性格では、いきなり話しかけてもそう簡単に話が広がるわけもありません。
よく「グラウンドでは年齢は関係ない」と言われますが、18歳の新人選手が一回りも年上のベテラン選手に気軽に話しかけるのは非常に難しいことです。
もし僕と同じように人見知りの性格の選手がいたら、無理してグイグイと年上の選手に絡んでいかなくてもいいと思います。先輩をリスペクトして、少しずつ仲良くなっていけば、そのうち「あのプレーのことを教えていただいていいですか?」と質問できるタイミングは必ず訪れます。
また、僕はプロになったばかりの頃、「もっとギラギラしろ」と大勢の人から言われていました。つまりハングリー精神を持って、おなかをすかせた獣のごとく、隙あらばポジションを奪ってしまえ的なことだと思います。
しかし、僕はその「ギラギラする」という言葉がどうも苦手でした。
なぜなら自分と同じポジションの選手も純粋に仲間という考えが僕の根底にはずっとあるからです。
むしろ、ポジションが同じであれば、なおさら一緒に切磋琢磨していきたいという気持ちがあります。もしかすると、この考え方はプロのスポーツ選手としては甘いのかもしれません。
でも、同じポジションの選手が試合に出て、「良いプレーをしないでほしい」と考えているほうが恥ずかしいことなのではないでしょうか。
だからこそ僕はこのスタンスでなんとか成功したいと思っていました。
実績のないときに、こんな発言をすれば「甘い」と批判されたでしょうけど、このスタンスでやり続けてマルセイユでプレーできているいまだからこそ、僕の考えは間違っていなかったと胸を張って言えます。

人は人、自分は自分

サッカー以外の競技の選手のなかにも、僕と同じようにギラギラすることが苦手で、周囲から「こいつはアスリート向きの性格じゃないな」と思われている人はいると思います。
そういう人たちのためにも「そんな性格だから弱い。勝てない」と言われてしまわないように、僕はこのスタンスで結果を出し続けるつもりです。少年サッカーをやっている子どもで、ギラギラする、ガツガツするのが苦手な子に「自分のペースでやっていけばいいんだよ」と言える選手になりたいのです。
他にも「みんながやっているから」という理由で、無理をしてストイックな生活をしていたり、筋トレでは必要以上に負荷をかけて、筋肉はついたけどパフォーマンスレベルが上がらないと悩んでいる選手もいると思います。
選手それぞれ違ったプレースタイルがあるように、自分の性格に合ったアプローチの仕方、取り組み方があります。「みんながやっているから自分もやらなくちゃ」「やりたくないのに周囲の目が気になるから同じことをやっている」という考えではなく、大切なのはそのやり方が自分に合っているかどうか。
日常生活においても「人と違っていて当たり前。自分は自分」という考えを持つべきではないでしょうか。
自分の性格に合わないのにギラギラする、ガツガツする必要はないというのが僕の考えです。
(写真:千葉格)