【新・酒井宏樹】気弱で人見知りな僕が世界で活躍できたワケ

2018/5/26
サッカー日本代表の右サイドバックとしてプレーし、ロシア・ワールドカップでの活躍が期待される酒井宏樹選手。欧州クラブ移籍後、いかに「弱気」で「人見知り」な自分と向き合い、自信を身につけていったのか。『リセットする力「自然と心が強くなる」考え方46』を刊行した酒井選手が語る。本日から6日間連続掲載。

コツをつかめば心は強くなる

僕は18歳のときに柏レイソルでプロサッカー選手になって以来、プロキャリアは2018年で10年目を迎えました。
2016年の夏からはフランスリーグで優勝9回を誇る名門、オリンピック・マルセイユでプレーし、日本代表としてロシア・ワールドカップ出場に向けたアジア最終予選で全10試合中9試合に出場しました。
このキャリアだけを見ると、順風満帆なサッカー人生を送っているように思われるかもしれません。でも僕には致命的な弱点がありました。
それは「自信のなさ」と「メンタルの弱さ」です。
自分にあまり自信が持てず、恥ずかしがり屋で人見知り、しかも優柔不断。自分の意見や要求を相手に伝えたくても、いろいろなことに気を使ってしまい、素直に感情表現できず、何かを伝えるにしてもつい遠回りをしてしまいます。
酒井宏樹(さかい・ひろき)
1990年長野県生まれ。2010年に柏レイソルでJリーグデビュー。 2011年にはチームのJ1優勝とともに、 ベストイレブン、ベストヤングプレーヤー賞を受賞。同年10月に初のA代表選出。2012年にドイツのハノーファー96へ完全移籍し、 2016年6月にフランスのオリンピック・マルセイユに加入。ツイッターアカウント:@hi04ro30ki
それでも、プロになって以来のこの10年間はプレッシャーや日々のストレスと向き合い、僕なりに心や思考を切り替える方法を見つけてきました。そうした僕の経験を通して得たものを、これを読んでくださる方々と少しでも共有できればうれしいです。
難しく考える必要はありません。ちょっとしたコツさえつかめば、「くらべない」「気にしない」「引きずらない」を実践できるようになり、自然と心が強くなっていくはずです。

環境の変化がもたらした意識改革

2012年7月、ハノーファー移籍直後に開催されたロンドン・オリンピックで左足首を負傷した僕は、ハノーファーに合流後もケガの影響で大きく出遅れてしまい、大事な海外初挑戦だというのに、故障を抱えたままスタートすることになりました。
プレーでアピールすることもできず、試合に出られない僕はすごく不安でした。頭をよぎるのは「このまま日本に帰ることになるのではないか」ということばかりです。
ネガティブな要素は、ケガだけではありませんでした。ドイツ語も英語も話せなかった僕はチームメートとのコミュニケーションもままならず、ヨーロッパの1年目はまったくうまくいかないシーズンになってしまったのです。
ケガが癒えた2年目以降はスタメンとして試合に出続けていましたが、同じ右サイドバックの選手が調子を上げてくると気になってしまう。「ハノーファーが新しい右サイドバックを探している」といううわさが立っただけで、「チームは僕で満足していないのだろうか」「新しい選手が来たらまた試合に出られなくなる日々に逆戻りだ」などのネガティブな考えが頭を巡っていました。
結局、ハノーファー時代はこうした不安がクリアになったことはほとんどなかったように思います。
ただ、オリンピック・マルセイユへの移籍が、僕の不安を打ち消してくれました。
ハノーファーでは、年間のリーグ戦34試合すべてに出場するつもりでいましたが、マルセイユは国内のリーグ戦に加えて2つの国内カップ戦とヨーロッパのカップ戦を戦うとなれば、年間50〜60試合をこなさなければなりません。
1シーズンで50〜60試合を戦い、勝利を積み重ねていくことは、レギュラーの選手だけでは絶対に成し遂げることはできません。そのため、マルセイユでは各ポジションに2人以上のレギュラークラスをそろえ、コンディションの良い選手が直近の試合に出場しています。“個人”ではなく、“チーム”としてシーズンを戦っていくという概念がそこにはありました。
こうした環境によって、僕自身のコンディション調整の仕方も改善され、少しでも足を傷めていたらすぐにチームに報告して、試合に出られるか出られないかを判断するという臨み方へと変わっていきました。

「他人軸」ではなく「自分軸」

いま思えば、ハノーファー時代の僕は「自分軸」ではなく「他人軸」で物事を考えていたように思います。
ライバルのコンディションや、新戦力を獲得するといううわさにばかり気を取られていたから、「自分の居場所を失ってはいけない」という思いが強く、ケガをしていても無理にでも試合に出ようとしていました。
他人に振り回されて、自分を見失ってしまう。それが不安の原因だったのです。
しかし、マルセイユに移籍してからは、「自分が良いプレーをしていれば居場所は絶対にある」という「自分軸」の心の在り方へ変化していきます。
そうなると不思議なもので、もしライバルの調子が良く、僕が試合に出られなかったとしても、それは自分にとってはコンディションを取り戻す絶好のチャンスと素直に受け止められるようになるのです。
そこで自分のコンディションを整えて好調をキープできれば、再び出場機会が巡ってくる可能性がありますし、たとえ出場できなくても自分のプレーを継続できていれば、周りのクラブ、周りの国の大勢の人たちが僕を見てくれています。
もちろんマルセイユは大好きだけど、「このクラブだけがすべてじゃない、僕を必要としてくれているクラブは他にも必ずある」と捉えれば、あらゆる不安を取り除くことができました。
自分がいまいる場所を大切にすることはもちろん重要ですが、一度周りを見渡してみれば、ここがすべてではないということに気がつくことができると思います。すると、自然と肩の力がフッと抜けるはずです。
不安はネガティブな妄想です。考え方を「自分軸」へと切り替え、その妄想にポジティブな要素を取り入れるだけで、不安は自分のなかから姿を消していきます。
海外挑戦を通じて僕が学んだのは、起こった現実を変えることはできないが、それに対する自分の解釈はいくらでも変えられるということです。

人生、「まずはやってみる精神」

ヨーロッパでの生活はチャレンジだらけです。そんな環境に身を置くと、何事においてもチャレンジは新しいことを知るチャンスと捉えることができます。
また、どんなささいなことであってもチャレンジによって味わえる変化が楽しいと感じられるようになりました。仮にその結果がうまくいかなかったとしても、僕にとっては気持ちが良いことだったりします。
チャレンジについては考え方が重要だと思います。どんな結果になったとしても 「無駄だった」「これは不要だった」と思わないことを心掛けています。
たとえば、僕は試合2日前にマッサージをやってもらっていますが、専門家から「3日前にやるほうが効果的ですよ」と助言があれば一度試してみます。
その結果、「やっぱり自分には合わなかった」と思ったら戻しますが、3日前にマッサージをやって効果が出なかったことを「無駄な時間だった」とは決して思いません。むしろ「3日前にやっても僕には効果が出ないことがわかった」とプラスに捉えることを日頃から意識して実践しています。
食べ物についても、オリーブオイル、ココナッツオイル、くるみオイルのどれが自分に合っているんだろうと思ったら、まずはすべて試してみる。
合えば、合ったものを次から使えばいいですし、合わなくても「試したこの時間は無駄だった」とは考えずに「自分にとっての合う・合わないという感覚がつかめてきたから、これは自分にとって必要な時間だった」と考えるように意識しています。
「すべてのチャレンジは、どんな結果が出ても人生にとってポジティブである」
迷ったときや悩んだときに僕はこの言葉を自分に言い聞かせるようにしています。また、「まずはやってみる精神」が意外と大切なように思います。
なぜなら、チャレンジする前に知り得なかったことを体験できたことは、プラスにしかならないからというのが僕の考え方だからです。
(写真:千葉格)