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施設を作れば良かった、かつてのハコモノ行政が機能しなくなっているのと同様、所属すれば安心だったコミュニティの時代も終わります。
接続するコミュニティで、各個人が自分の内面の多重化を図ることが大事な視点だと考えてます。
コミュニティは、所属ではなくて、接続するものという言葉はしっくりくる。おかん気質は、前田さんが言う、スナックのママと同じ指摘。すごく重要。
「一人の状態を不安に思わなくていい」。独身研究家・荒川和久さんのメッセージは強くて、そして優しいものでした。
誰かと一緒にいたくないです。孤独、寂しさを感じた時に連絡を取れたり一緒に過ごせる仲間がいればいいです。そのための仕事だったり、趣味でいいのではないかなと思っています、

結婚に関しても事実婚的にゆるりと繋がっていてもいいと思うし、僕はそれを希望します。
もともと日本人は、ヨーロッパと比べてパブリックの概念の枠組が違うと思っています(パブリックとは、official, common, openであるという3つの概念が混じっていますが、ここではcommonの概念が中心)

都市に壁を巡らせたヨーロッパ圏(都市国家)と、敷地に壁を巡らせた日本(庭の小宇宙)。個室を持つヨーロッパ圏と、個室を持たない日本。

西欧化が進んだ近代以降、特に住宅が西欧化して51型と呼ばれるLDKの住宅が旧来型の日本式住宅(襖で区切られた一室空間)にとってかわってから、ずっと日本人は窮屈だった。

mixiやtwitterのような匿名のSNSが日本で最初に流行し、Facebookが初期のころ日本での拡大に手こずったのも、そういう文化的背景があるのでは、と。

地下アイドルとかshowroomとかは日本特有の文化的背景になじむコミュニティ。弱い靭帯=ウィークタイみたいな話は、日本にはこれまでなじみにくかったけど、ようやくこれから文化的コードに埋め込まれていくと思います。

日本的なコミュニティの文化形成において鍵を握るのは、こうしたウィークタイをつなげていけるオカン力・スナックのママ力を持つ人たちの力かもしれませんね。
コミュニティは所属から接続する形になっていく、この言語化は非常にわかりやすいです。過渡期においてはコミュニティ運営側が所属と捉えているか接続と捉えているかが参加者との間で合意できていることがスムーズなコミュニティ運営上で重要だと思います。

会社と社員、家族と自分ですら接続型でとらえる方がしっくりきます。結局最後の最後は個々の独立した人間の集合でしかないので。
所属から接続ってのは本質をついていると思う。組織やコミュニュティに所属するってなると村社会的になって急に重たくなる。モノも所有からシェアに向かっているように、所属から接続へが今後の流れなのかも。
社会的役割の多重化と難しく書いてありますが、要は複数のコミュニティに所属してセーフティーネットを構築しておきましょう!ということだと解釈。
慣れ親しんだ仲間との情報流通の種類はそう変わらないもんね。隣の職場、チームくらいの人との話の方が新しい情報が入ってくるというのは納得。

“米国の社会学者マーク・グラノヴェッターは「弱い紐帯の強さ」を提唱しています。有益で新規性の高い情報や刺激は、いつも一緒の強い絆の間柄より、いつものメンバーとは違う弱いつながりの人たちのほうだという考え方”
示唆に富む内容でした。
SNSに批判的な方もいらっしゃいますが、複数のコミュニティに接続しながら、弱くても幅広いつながりをもつには最適のツールですね。

以下引用
“これからは、これまでのどの時代よりも、人が「弱い紐帯」をたくさん持つ必要がでてきます。その中で、常に複数のコミュニティに接続しながら、新しい刺激を得て、自分をアップデートする動き方が主流になるでしょう”
この連載について
ファンの熱量を高め、グループを作り、持続的な収益に繋げる「コミュニティビジネス」。多くの現代人が孤独を感じるなかで、その存在感を強めている。コミュニティビジネスが成功する企業とそうでない企業の境界線はどこにあるのか。コミュニティはいかにして、現代人の孤独を癒しているのか。企業や個人の実践例を取り上げながら、現代におけるコミュニティビジネスの意味について考える。