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「コミュニティが会社の組織のような目標を設定すると、目標を達成した時点で終わりということになってしまう」との指摘ですが、だからこそ会社のミッションも何か実態を語っているようでいて、その実、曖昧模糊として拡大解釈の余地が多分にあるものが良いのだと思います。さもないと、事業の寿命が尽きた時点で、会社の存在意義がなくなってしまいます。
概念的ですが、組織が完成しきらぬような仕組みをあらかじめ仕込んでおくべきなのでしょう。

この点、ソフトバンクの「情報革命で人々を幸せに」と言うミッションは、特定の事業内容について語っているかのように思えて、その実、あらゆる新しい産業に当てはめられる内容であり、うってつけなのだと思います。
ミッションという言葉の語源がまさに宗教ですが、コミュニティや組織を考えるにあたって、世界宗教は格好の研究対象なのだと思います。
https://newspicks.com/news/1242816/
伊勢神宮と数学者のコミュニティは、1000年続いてる、という指摘は面白かった!
長く続くコミュニティに必要なエッセンスとは。①「少し先の目標」が見える、②「熱狂」より「安全・安心」を感じることができる、③規模を大きくしすぎず20-30人までの「小さなグループ」を設計する、④「何をするか」=DOではなく「どうあるか」=BEを語る、ということ。

いろいろなヒントが隠されているなと。ベンチャーの組織を経営する中でぶちあたってきた色々なHARD THINGSが想起されます。

特に④は最近意識するようにしています。どうしてもDOやHOWに話がいきがちですが、それでは常に答えが用意されているので、いつまでたっても自走する組織にならない。自分なりの答えを考えて生み出し、腹ぎめ=意思決定できる状態をどうつくりだせるか。

こういうエッセンスは、あらためて組織経営のヒントにしていきたいですね。
なにをやるかより、どうあるか。そして、そのどうあるかをもみんなで作ってく。
組織を続けさせる事に意味はないよ。
何をするか?ではなくてどうありたいか?を考える。これができている企業組織は、メンバーが変わっても残存すると思います。
何をするか(to do)ではなく、どうありたいか(to be)が重要との指摘に共感します。
復興でも地方創生でも、行政主導になると予算への説明責任ゆえに、目標やらKPIやらの何をするかが重視されます。一方、住民主導だと、そもそも「どんなまちをつくりたいか?」という視点からスタートできます。
示唆多い。伊勢神宮と数学者のコミュニティは中心にあるものが隠されている未解決の問題だからつづく→コミュニティゴールテープを切ったら終わり、と言うところまでは理解できるが、「在り方」を提示し、模索するべき、という主張が少しズレてる気がする。在り方はバリューで数学者のコミュニティはミッションビジョンの話では?

実は、伊勢神宮と数学者のコミュニティは仕組みが同じなんです。
いずれも、「中心にあるもの」が何であるかが隠されている。だから周辺で「真実はなんだろう」と議論が交わされ、コミュニティが1000年間も続いているんです。大事なものは隠しておいたほうがいいということですね。
私の暮らす部落の祭りも今年で1117年目です。運営の主体となる組織はいくつかありますが、若衆による青壮年部が実働です。
面白いのは、世代を超えた持続性を保つのに重要なのは 「空白=リーダーシップの不在 」という点です。
農耕による持続性に重点をおいてきた社会だからこそ、日本では強いリーダーが好まれない傾向にあるのではないでしょうか。
悪くいうならば出る杭を許さない。
ただ、合理的な面もあって、変化のときは積極的によそ者を受け入れます。今はまさにその時で、私含めよそ者率が上がっています。
長い目で見ればある程度リニューアルされたところで安定期がきて、保守的になり次の1000年を紡いでいくのではないかと思います。
自走できるコミュニティにとって重要なのは「目標」ではなく「在り方」。
スポーツのチームやクラブ運営においても、リーダーが決めた目標をただ目指す組織より、メンバーが自走できる組織の方が結果的により高いパフォーマンスを挙げているように思いました。
この連載について
ファンの熱量を高め、グループを作り、持続的な収益に繋げる「コミュニティビジネス」。多くの現代人が孤独を感じるなかで、その存在感を強めている。コミュニティビジネスが成功する企業とそうでない企業の境界線はどこにあるのか。コミュニティはいかにして、現代人の孤独を癒しているのか。企業や個人の実践例を取り上げながら、現代におけるコミュニティビジネスの意味について考える。