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助けてくれる人がいても孤独だと感じる時がある。不安を共有できてない時、人は孤独と思うかもしれない。それがこの対談での気づき。
孤独と不安について、大変納得感のある内容でした。コンサルタントをしていて思ったことは2つです。

1つは経営者・社長の孤独について。社長と副社長の距離は、副社長と新入社員の距離の2倍以上の開きがある、などと言われるように、社長は社内で孤独な存在だと思います。常にこれでいいのかと思いながら、社内の人にはリーダーシップを見せなければいけないので不安な面は見せられない。

そういった孤独に寄り添う存在であったのが、外部の相談相手としての経営戦略コンサルタントの元々の価値の一つだと理解しています。迷いも見せるし、時にはコンサルタントとぶつかることもあるかもしれない。そのあり方は、御用聞き的なあり方とは全く異なります。

もう1つは、コンサルタントの孤独について。大きな意思決定にかかわるので、本当に最後までこれでよかったのかなと思いながらやります(場合によっては終わってからもその迷いは続きます)。

そんなとき何かコミュニティがあれば、一つの救いというか、迷いを減らして前に進む力をくれると感じます。コミュニティはどんなものでもいいですが、個人的には、同じ悩みに直面するコンサルタント同士のコミュニティが社内に出来上がっているといいと感じます。

それは、悩みの多い仕事だからといって必要以上に相手に厳しくしたり、マウンティングしたりといったあり方とは全く異なります。悩みが多いからこそ、人同士の雰囲気は温かく保つことが好きです。
「孤独」というのは、大きなメリット。生まれたての赤ちゃんのときには、誰も孤独を感じない。だけれど「自我」が芽生え、母の姿が見えなくなったときに、はじめて「孤独」であることに、泣き叫ぶ。

このことを逆に考えれば、孤独とは、「自我」が芽生えるために必要なプロセスであることが分かります。

多くの職場で孤独を感じるのは、私たち担うべき未来に必要な「自我」が生まれようとしているからです。
何も仕込んでいないと、コミュニティに入っても孤独は深まる。
普段から新聞や本を読み、自分の考えを形成している人間がコミュニティでは輝く。
また、そういう人の方が他人の言うことも吸収でき、それがすぐに自分のやっていることに結び付いていく。
つまり、それぞれの孤独(一人で読書することや考えること)を持っていないと駄目だということ。
「非定型の仕事をする人は孤独を感じやすい」「人類が将来を考え始めるようになって、不安を感じるようになった」。お二人の議論は本質的で、モデレータをしていてハッとすることばかりでした。
孤独は恐れてもいけないし、愛してもいけない。孤独は嗜むくらいがちょうどいい。と思っています。

「言語化できない不安を抱え、その不安を共有できないことが、孤独の本質だと思いますね」

マッキンゼーにいたときに「世の中に悩みなどない。あるのは課題だけだ」という話を安宅さんがしていたのがふと頭をよぎりました。

「不安」を言語化することで不安が心配になり、「心配」を共有することで心配が気がかりになり、「気がかり」に対してアクションすることで気がかりが懸念になっていくんじゃないかと。

コミュニティの時代。エンゲージメントドリブンな組織が成果を出す時代。社外も含めた非定型のアモルファスなチームで働くことが求められる時代。個人がたくさんのコミュニティを持つ中で、孤独をうまくコントロールする術が求められていくのかもしれませんね。
孤独と聞くと、エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』を思い浮かべます。
彼は、近代人は自由を得たが、それゆえに孤独を感じ、権威に依存するようになったと、ヒトラー政権下のドイツを例として描写しました。
考えるべきことは、「いかに孤独にならないか」ではなく、「孤独といかに向き合うか」。また孤独を権威的なコミュニティで癒やすのではなく、孤独と向き合えるコミュニティをいかに創っていくか、になるでしょう。
SNSも発展し、なぜこんなに人とつながりやすい環境があるのに孤独を感じる人が増えているかと言えば、自分と違う価値観を目にする機会が増えているからではないのかなと思います。

もっと社会が狭かった頃、良くも悪くも自分の周りにいる人は自分と似たような価値観の人でした。だからここにいて良いという安心感を得られたのだと思います。

ところが価値観の違う人達を見るようになると、本当にここは自分がいて良い場所なのだろうか、自分がしていることはあっているのだろうかと不安になり、周りの人と違うことに孤独感を感じるのではないかと。

でもなかにはその周りと違うが楽しくて、コミュニティから飛び出す人が生まれ、そうした人たちの方が不安に対して強く、社会にイノベーションを起こしやすい。

そうすると飛び出した人の方が孤独になるのではないかと思いきや、逆に飛び出さなかった人の方が取り残されたと思いさらに不安を感じようになるので、その場から動けなくなってしまうのではないのかなと思いました。
孤独というのは主観的なもの、そのとおりですね。そして似て非なる孤独と不安についての考え方に非常に共感しました。

私は最初ブラジルになんのつてもなく来たのですが、孤独はあまり感じなかったなあ。鈍感なんでしょうかね。不安は、まあまあ感じますがあんまり気にしないようにしています。大体多くの不安が「失敗したらかっこ悪い」といった程度のことなんでかっこ悪く失敗してみようという開き直りすらある。

と、ここまで書いて、この不安解消法が実は日本から離れたところである種孤立しているからかも、と思いました。失敗しても離れていると恥ずかしくないという感覚。

ブラジルの友達を見てみると多くの場合孤独はなさそう。そこには家族のきずなの強さを感じる。家族がいとこくらいまでを含んだ大きな集合体になっていることもあり、毎週末誰かの誕生日を祝うために皆が集まっている感じ。こうした集合体にいることで孤独も感じづらく、不安も感じにくいんだろうと思います。みんななんとななると思っていますからね。でも、不安を感じないとなかなか物事を改善する方向に進まない。

と最終的に不安のポジティブな面の重要さに思い至りました。
下記の言葉が印象的。
成長する人は、リスクを取る(不安を感じにくい)か、言語化が上手いことが多いと思っている。言語化が上手い=不安含めた課題抽出もできて、抽出できるから動ける、ということだと思う。
言語化、という点では、下記の永里さんの連載はそのど真ん中で、是非合わせてご覧いただきたい。
https://newspicks.com/news/3007848
『佐渡島 結局、モヤモヤした感情って、言語化できていないじゃないですか。不安を言語化できれば、対策も思いつきます。その意味で、言語化できない不安を抱え、その不安を共有できないことが、孤独の本質だと思いますね。』
この連載について
ファンの熱量を高め、グループを作り、持続的な収益に繋げる「コミュニティビジネス」。多くの現代人が孤独を感じるなかで、その存在感を強めている。コミュニティビジネスが成功する企業とそうでない企業の境界線はどこにあるのか。コミュニティはいかにして、現代人の孤独を癒しているのか。企業や個人の実践例を取り上げながら、現代におけるコミュニティビジネスの意味について考える。