パナソニックに起きている“変革”とは。樋口社長の1年

2018/5/25
パナソニック退社から四半世紀。ボストンコンサルティング、ダイエー、マイクロソフトなど、さまざまな企業での経験を携えて古巣へとカムバックした樋口泰行氏。パナソニックの「変革」を託され、BtoB領域を担当するコネクティッドソリューションズ社(以降、CNS社)のトップに就任して1年が経った。2017年度の決算では、CNS社は売上高で前年比106%の増収。営業利益は1057億円となっている。この成果の達成には、どのような取り組みがあったのか。変化の先にあるCNS社の姿とは。
カムバックから1年、自己評価は120点
── 古巣へのカムバックから1年が経ちました。パナソニックの代表取締役、CNS社社長としての仕事に100点満点で点数をつけるとしたら、どういった評価になりますか。
 正直、業績だけで判断すると、でき過ぎだと思います。120点といってもいいかもしれません(笑)。変革したいと思っていたことの7割くらいは達成されました。
 もっとも変わったのは、社員のみんなが「変わる」という強い意志を持ったことです。「今、変わらないと、これからも変われない」ということを理解してくれました。もしかすると、私よりも社員のほうが「この改革をCNS社から全カンパニーに広げていきたい」と強く思っているかもしれません。
── 就任時、外部の視点を持っていた樋口社長は、パナソニックのどこに課題を感じましたか。
 パナソニックが抱える課題は、この20年間、歴史のある日本の大企業が抱えている課題と共通しています。それは、高度経済成長期を経て多くの成功体験があるがゆえに、そこから脱却できず、新しい時代への戦略転換やマインドチェンジが遅れていること。
 歴史が長く、会社が大きくなったことでチャレンジ精神がなくなり、組織間の連携が取れない。それに、ダイバーシティや働き方改革など、経営のフレームワークのキャッチアップも遅れている。
 結果として生産性、時間あたりにものが何個できたということではなく、どれだけイノベーションを起こせたか、付加価値を高められたかという広い意味での生産性が上がらず、国際競争力が低下しています。そういった状況をリフレッシュして近代化を進めることが、私のミッションのひとつであると認識しています。
 昨日と同じ今日があって、今日と同じ明日がある時代は終わりました。そこに気づいて戦略転換ができなければ、このまま衰退の一途をたどるでしょう。
── ほかに、パナソニックならではの課題や改善点は?
 “偉大すぎる創業者”でしょうか。「経営の神さま」といわれるほどの存在なので、創業者が現役だった頃の考え方から進化できないというトラップがあります。理念や哲学を表層でとらえるのではなく、現代の環境や状況だったら、松下幸之助がどう判断するのかを考えないといけない。
 例えば、1965年に日本で初めて週休2日制を導入したのは、松下電器です。当初は現場から「週2日も休んだら、仕事が回らない」と反発があったと聞いています。
 しかし、今では週休2日は当たり前です。もしも今、松下幸之助がいたら、働き方改革の最先端の取り組みをしているはずです。
「この会社を辞めた理由」を排除する
── 樋口さんが社長を務めるCNS社は、BtoB領域に特化しています。BtoB事業の加速はパナソニックの大きなチャレンジでもありますが、さらなる進化のためには、なにが必要ですか。
 ひとつは、BtoB事業のなかでも焦点を絞ることです。パナソニックは事業領域が広いので、さまざまな業種・業界にコアデバイスやソリューションを提供できます。一方、事業領域が広いからこそ、横の連携が取れず、飛び地になってしまう事業もあります。
 そうなるとマネージメントが行き届かずどうしても弱くなってしまうので、戦略的にはシナジーの見込める事業に注力するといった考え方があります。
 そのときに判断基準となるのは“事業の立地”です。レッドオーシャンを避け、長きにわたりブルーオーシャンを維持できる事業環境にあるかどうか。また、自社の歴史のうえで強みとなる部分をコアとして生かせるかどうか。
 そう考えると、やはり単品のハードウェアを売るだけではなく、ソフトウェアやコントロールレイヤーを組み合わせて付加価値をつけたり、保守、サポートも含めた付随ビジネスが集まるところを選択することが重要になります。
── 具体的には、どのように変革を推し進めたのでしょうか。
 組織については、それほどドラスティックには変更していません。CNS社はBtoBソリューションへのシフトを目指していますが、売上利益のほとんどはハードウェアが占めています。
 もし、明日からソリューションで稼ぐことを前提とした組織に変更したら、崩壊してしまうでしょう。
 就任1年目の改革でベースに据えたのは、カルチャーやマインドを健全化して、非活性化している状態を正常にすること。そして、何をどうすべきなのかを考えていたら、ふと気がついたんです。26年前に私がパナソニックを辞めた理由を排除すれば、いい会社になるのではないかと。
 もちろん、辞めた理由はひとつではありませんし、一つひとつはくだらないことです。ただ、若い自分にとっては不条理だと感じられることがたくさんありましたし、仕事とは直接関係のない、些末な部分でも気をつかわなくてはいけませんでした。
 さすがに今はそこまで時代錯誤なことはないのですが、世界の景色を見ながら、どうすれば会社がサバイブできるかを考えるというレベルになると、まだできていないことが多いと感じます。
 上意下達が過ぎて正しいことを正しいと言いづらい雰囲気があると、悪い情報が隠蔽され、上に伝わりません。私は、そういうカルチャーが意思決定を遅らせ、最終的に会社を滅ぼした例をたくさん見てきました。
 それを防ぐためには、オープンな環境と、現場の意見がスピーディーに上司に伝わる雰囲気が必要です。CNS社には社長室もないし、東京本社はフリーアドレスで固定のデスクもありません。
 実は、創業者である松下幸之助も「下意上達」という言葉を残しています。やはり、オープンさがなくなると、会社は滅びるということなんです。
スピードが「風土」を変える
── CNS社への一連の取材では、「これまでとは、仕事のスピード感が全然違う」といった声が多く聞かれました。樋口さんが入社後に行った大阪から東京への本社移転も即断でした。
 意思決定のスピードは重視しています。例えば、CNS本社の東京移転は、10年以上前から議論を繰り返してきたそうです。「これからは東京だ」という話が出ては、「創業の地である大阪を捨てるのか」という一言で議論が打ち切られる。
 しかし、BtoB的なビジネスは、東京のお客様が圧倒的に多い。情報量も桁違いです。移転しない理由はないはずなのに、何がその決断をブロックするのかがわかりませんでした。
 ちょうど入社前に現在の本社ビルが空くという話を聞いたので、入社したその日に移転の決裁をしました。
 本社移転はシンボリックな決断でしたが、意思決定のスピードを上げていくというメッセージは伝わったはず。役職者だけでなく、社員全員が自分の仕事に責任を持ち、下意上達で上司をプッシュするぐらいの仕事の仕方をしてほしいと呼びかけています。
── いくらトップが声高に呼びかけても、大企業の変革では、笛吹けど踊らずという状況は珍しくありません。ビジネスを加速することができた理由は、どこにあったのでしょうか。
 ひとつは、フォーマリティを排除したことです。お客様の満足度の向上や、売り上げ、利益につながらない内向きな仕事や形式的な手続きは極力削減しました。
 例えば、これまでは誰が考えても同じ答えが出るようなわかりきったことさえ、一つひとつ資料をつくってプラス面、マイナス面を分析し、レポートを出したうえで検討していました。これは社内に目を向けた、形式だけで中身のない仕事です。
 報告のためのレポートはやめて、答えがわかっているなら資料をつくらずに決める。これだけでも、かなりの無駄が削減されます。
 また、経営サイドで決めて、半強制的に変化させたこともあります。在籍状況の確認やチャットやテレビ会議によるコミュニケーションが取れるSkype for Businessは、便利なシステムなのに私が来る前は20%ほどの利用率しかありませんでした。
 そこで利用を強制し、部署別の利用率ランキングを毎月発表したりして、4カ月程度でほぼ100%まで向上させました。
東京・汐留に移転したCNS社のオフィス。樋口社長を含め、あらゆるメンバーがフリーアドレスで自由に行き交う。
 10月から組織間の交流を最大化するために導入したフリーアドレスやペーパーレスなどの取り組みも同様です。やってみないと利便性を実感できないものは、トップの判断で強引にやったほうがいい。
 強制的に取り入れた仕組みでも、変化後に利便性が感じられれば、しっかりと組織に定着します。
── 一方で、トップの判断で強制できないこととはどんなことですか。
 普段のふるまいや習慣にかかわることです。何十年にもわたって培われた考え方や行動の癖は、一朝一夕には変えられません。その部分はトップダウンではなく、社員ひとりひとりの腹落ち感を調整しながら徐々に変えていくしかない。
 これは、日本企業の特徴でもあります。外資系企業はトップダウンのガバナンスが利きやすく、強引に戦略を実行することが可能です。一方、日本企業は、終身雇用で簡単に解雇できないこともあり、ガバナンスが利きにくい。
 それに、日本人は自分が納得しないとやらないところがあります。ともすると、外から来た人に対して、「お手並み拝見」というスタンスになりやすい。「この人だったら付いていく」と思わせる人間的な魅力がないと、改革がうまく進みません。
 それでも、企業の風土を変えるにはダイバーシティが必要です。異なる生態系から入ってきた人間がこれまでとは全く別のやり方をすれば、今までいた人間もそのやり方を見ながら成長します。
 これまでのパナソニックにない気づきを与えるのが、さまざまな会社を渡り歩いた私の役割だと思っています。
ものが動くところが「現場」になる
── 改革によって変えなければならないものがある一方で、変えてはいけないパナソニックの文化や強みもあると思います。
 昔も今も変わらないのは、「正直な会社で信頼できる」という企業イメージでしょうか。「企業は社会の公器」などの言葉に代表される、創業者・松下幸之助の経営理念や哲学をベースに商売していることを、お客様にも理解していただいています。
 BtoCの場合はその理念が間接的に製品に表れてブランド価値につながるのですが、BtoBの場合は、よりダイレクトに「会社として信頼できるか」が問われます。
 製品そのものの信頼性もさることながら、どれだけ長く、手厚くサポートしてくれるのか。何か事故があったときに、責任を果たしてくれるのかといった、企業姿勢が非常に重視されるんです。
 そういった点で、パナソニックが100年の歴史のなかで培ってきた信頼は、大きな強みになっていると思います。
 創業者が、安価で良い製品を人々に供給して、生活を豊かにする「水道哲学」を掲げたときには、日本はまだまだ物質的に満たされていませんでした。
 しかし、今は、物質的にとても豊かになって、力点がBtoBへと移ってきています。ブランドスローガンである「A Better Life, A Better World」でいえば、「A Better World」。世の中に貢献することの重要性が、より増しています。
── パナソニックのBtoBは、世の中のどんな分野に注力していきますか。今後の方向性を教えてください。
 CNS社が担うべきBtoBは、「現場」です。クラウドやコンピューターを駆使したデジタル領域のインテグレーターはたくさんいますが、我々はものが動くところ、工場や店舗やオフィスといった、実際に人が動く現場に近いところで、エッジデバイスを主軸に置いたソリューションの提供に注力していきます。
 ものづくりの企業として、生産技術やオペレーションなどの知見がたまっているので、あらゆる現場のプロセスにイノベーションを起こし、「パナソニックになら、現場のトータルインテグレーションを安心して任せられる」という位置付けを目指します。
 幸いなことに、BtoBのお客様は、BtoCのお客様よりも欲しいものや要望をストレートに言ってくださいます。そこに耳を傾け、お客様と共創することで、いろいろな気づきを得ながら、方向性を見極めていきたいと思っています。
(取材・文:笹林司、編集:宇野浩志、呉琢磨、撮影:岡村大輔、デザイン:九喜洋介)