【鈴木大輔】育成大国スペインに見る、上司と部下の幸福な関係

2018/5/11
サッカークラブにおけるスペイン人選手と日本人選手の違いのひとつとして、スペインでは「director deportivo」(日本で言うGM=ゼネラルマネジャー)とのコミュニケーションの多さが挙げられると感じています。
GMとは、選手や監督スタッフを決めるなど人事を取り仕切るチームの総責任者のことで、選手にとっては「そのチームでプレーするチャンスを与えてくれた人」と言っていいかと思います。
自分の所属するヒムナスティック・デ・タラゴナのGMは基本的に毎日練習を見に来て、練習前後に多くの選手と密にコミュニケーションをとっています。
契約交渉の話や監督の起用法から、家族のことなど生活面や世間話までいろんなことを話していて、選手との距離が近いなと感じます。

日常会話がモチベーションの源泉

中でも、日本人選手と一番違いを感じるやりとりが、スペインでは出場機会の少ない選手や、チームに対して何かしら不満を抱えている選手が、すぐにGMと話し合いに行くことです。
それに対してGMは、「この先チャンスがあるのか、ないのか」をはっきり言ってくれたり、監督やスタッフ、GM自身の評価を伝えてくれたりします。自身の現状に我慢できない若手には、GMが選手だった頃の経験談などを話して落ち着かせたりしています。選手たちは、自分の起用法については直接監督に話しに行くケースがほとんどですが、より距離の近いGMにも話しに行っている印象です。
自分もGMとコミュニケーションをとっている中で、試合に出ていない時期に、「私も含めて監督やスタッフはみんな、君に対して満足している。すぐにチャンスは来るよ」と言ってもらったことがありました。こういったことを普段の会話からさらっと言ってくれて、すごくモチベーションが上がったことを覚えています。
スペイン人選手たちがよくGMとコミュニケーションをとっているのは、GMから自分の評価を聞いて対策を立てたり、自信を与えてもらってモチベーションを保ったりという理由があったのだなと思いました。監督やGMなど、立場が自分より上の人と直接話すことによって、自分を良い方向に持っていけるというのは僕にはなかった考え方だと痛感しました。
ピッチでロドリ監督(左)と対話する鈴木大輔
Jリーグで監督やGMに対してそのようにコミュニケーションがとれる選手は、実績のある選手やベテランの選手に多いです。若手や中堅の選手がそうすると、「口先ばかりだ」と思われるリスクもあり、マイナス評価を気にしてあまりコミュニケーションを多くとらない印象です。
しかしスペインでは、プロになりたての若手の選手ですら積極的に自分の評価を聞きに行っています。
若手選手が「自分にチャンスはあるか」と相談しに行き、この先もあまりチャンスがないと判断して、レンタル移籍などで所属リーグのカテゴリーを落とすのを間近で見ていて、若いのにしっかりしているなと感心させられます。
自分もプロに入って数年は試合に出ることができませんでしたが、監督やGMに直接話しに行く自信はありませんでした。スペインの若手選手を見ていると、「もう少し自分の未来を自ら切り開くことができたのかもな」と思うこともあります。

自分のキャリアを自ら作る

先日、バルセロナ在住でCEエウロパユースの第2監督をされている坪井健太郎氏と話す機会がありました。
スペインの育成年代に10年間携わり、今季ユース1部リーグへの昇格を果たしたチームで指揮をとる坪井氏から育成年代の選手たちの様子を聞いた時に、納得させられることがありました。スペインの育成年代ではどんなに小さなクラブでも「育成コーディネーター」と呼ばれるGMのような存在を置いていて、プロと同じように、選手たちは練習前後にコーディネーターとコミュニケーションをとっているというのです。
育成年代の段階で監督や選手を編成するコーディネーターが存在するのは、スペインにはそれだけ指導者や選手の人数が多く、競争が激しいからだと思います。
選手のメンタル面のサポートをしたり、客観的に監督を見て、選手や監督がブレることがないようにアドバイスしたりする存在(=育成コーディネーター)は、育成年代にこそ大事だと思います。同時に、日本にも必要なのではと感じました。育成の組織として、やはりスペインは先を行っているなと感じます。
スペインの選手たちは、育成年代から「育成コーディネーター」という自分より立場が上の人と会話し、日々意見を言い合ってきています。だからプロになりたての若い選手でも、当たり前のようにGMや監督と対等に話すことができ、日頃からしっかりコミュニケーションをとれるのだと納得しました。
不満を抱えている時だけではなく、日頃からGMと会話を交わすことによって自分の人間性をわかってもらえたり、自分はどれだけチームのことを考えているのか、あるいはチームを引っ張るリーダーシップがあるかなどをアピールしたりすることもできると思います。
ベテランで経験のあるスペイン人選手たちは、このコミュニケーションが非常にうまい印象です。
彼らの感覚では、「立場が上」などという価値観はないのかもしれませんが、自分より立場が上の人と日頃からコミュニケーションを重ねていくことが、結果的に自分の未来を切り開くことになることを育成年代からの経験で理解しているのだと思います。
日本のJリーグには、人間的に素晴らしいなと思うGMの方がたくさんいます。
だからこそ、スペインの「育成コーディネーター」のような存在が育成年代からもっと普及していって、「いいGMのもとからいい指導者、選手が育っていく」という流れになればいいなと思っています。
そして、選手が自分のキャリアを自ら作っていけるようなコミュニケーションの仕方を育成の段階で身につけていくことが、サッカーを通した人材育成につながるのではないでしょうか。
(写真:なかしまだいすけ/アフロ)