大手シンクタンクのコンサルタントとして、国や大手企業との大規模なプロジェクト立ち上げに携わってきた瀬川友史氏。ビジョンを描く立場を離れ、ビジョン実現に向けて不確実に挑む人の“伴走者”、インキュベーターとしてのキャリアを選んだ瀬川氏に、キャリアチェンジの理由と、硬直した大組織をいかにイノベーティブな組織へ変えていくかを聞いた。
希望を持って始めたはずが…
──瀬川さんは、以前はシンクタンクでコンサルタントをなさっていたそうですが、どういう問題意識があって今の会社に移られたのでしょうか?
私は元々、ロボットの研究者になろうと思って大学院へ進み、研究をしていました。
そこでは、ロボットが社会を良くするという期待の大きさを感じていた一方で、いくら大学院で研究をしていても、実際の社会はその世界へ一向に近づかない。研究は研究でしかなく、その成果をビジネスとして社会に出していくところは別の人が担わなければ、実際の世の中が変わらないと感じたのです。
そこで、修士課程まで修めた後、科学技術に強いと言われるシンクタンクに就職しました。そこでの仕事は、政策や大企業の新事業を構想し、大きなビジョンと戦略を描いて、普通なら始まらないような大きな座組で、「さあやりましょう」とスタートさせることが中心でした。
瀬川 友史 デロイト トーマツ ベンチャーサポート インキュベーション副事業部長 新規事業創出チームリーダー
大学院でロボットの人工知能の研究に従事し、修士課程を修了。その後、大手総合シンクタンクで9年間、ロボットをはじめとする先端技術領域における民間企業の新規事業コンサルティング、官公庁の産業政策・技術政策の立案・実行支援に従事。2015年にDTVSへ転職後は、ロボット・ドローン・IoT・AI領域をはじめとするベンチャー企業の成長支援、大企業の新規事業開発コンサルティングを提供。大企業向けには主に、国内および海外のベンチャー企業との協業による新ビジネス創出と、社内起業家(イントレプレナー)の登用プログラムを通じた新ビジネス創出のためのアドバイザリーを提供。
ですが、そうやって始めたプロジェクトがその後どうなるかというと、多くの場合は紆余曲折を経て萎んでいくわけです。理由はさまざまですが、関わっていた企業の役員の異動、会社全体の業績の影響、あるいは企業のR&D部門から「やはり自社の技術でやりたい」という声が上がる、などの理由で立ち消えになる。
大きな「絵」を見て、一度は関係者が皆「やるぞ」と思ったはずなのに、だんだん「過去の引力」に引っ張られて大胆なビジョンが骨抜きにされ、結局何にも起こらないという流れを多く経験しました。
「絵」には、事を始める力はあるけれども、その「絵」の通りの世界を実現することは別なのだとあらためて痛感したとともに、それがコンサルタントの限界だとも感じました。もっと実行のところまで関わりたいと思い、2015年にDTVSへ移りました。
コンサルにはできない構造的理由
──なぜ、コンサルタントという立場で実行の部分まで関われないのでしょうか?
コンサルタントが誰も実行の部分に関わっていないわけではありません。多くのコンサルタントは当事者意識を持ってやっていると思いますし、自分もそういう思いで仕事をしていました。
ただ、これまで誰もやったことがないことをする、不確実なものに挑むということは、文字通り成功するか分からないわけですし、実際のところ失敗する確率のほうが高いわけです。そして、ある意味ロジックが破綻しているところに挑んでいくことでもあります。
イノベーション創出を成功まで持って行くには、組織・人を変えていかなくてはならないため時間がかかりますし、かなり長いスパンで挑まなくてはなりません。依頼を受けるコンサルタントにも、それを発注する企業のほうにも大きな覚悟が要ります。
また、イノベーションというのは、大企業にとって他とは毛色の違う特殊なアジェンダですので、環境的に既存事業とコンフリクトを起こしがちであるということもあるでしょう。
もう1つの理由として、コンサルタントのマインドの問題もあると思います。
例えば5年くらい経験を積んだコンサルタントは、たくさんの業界の仕事をするので、ロジカルに考えれば何が起こるかはだいたい予想できるようになるし、上手くいかない理由ばかり考えついてしまうんですよね。
ともすると出来ない理由しか挙がらないような新事業を、クレイジーに、何が何でもやりきろうとするベンチャーの起業家や大企業の新規事業担当者とコンサルタントでは、そのマインドのところで相容れない部分が大きくなってしまうのではないでしょうか。
瀬川氏は日本ロボット工業会システムエンジニアリング部会特別委員、日本ロボット学会産学連携委員会委員、一般社団法人日本UAS産業振興協議会(JUIDA)参与など、業界振興のための活動にも多数従事する
「仕組み」が大企業を変える
──では、DTVSではどうアプローチしていくのでしょうか?
大企業の内部からイノベーションを起こしていくには、「トップのコミットメント」「仕組み」「現場担当者の熱量」の3つの要素が必要だと思っています。
そこに対してDTVSがとるアプローチは2つあり、1つは「イントレプレナー支援プログラムの導入」、もう1つは「インキュベーション」機能の提供です。
1つ目の「イントレプレナー支援プログラムの導入」は、3要素のうちの「仕組み」に当たるものです。イントレプレナー、すなわち社内起業家を見いだし、事業として形になるまでを支援するプログラムの導入を推進しています。
そのプログラムでは、社内で新規事業のアイデアを募り、プレゼン・検討を経てプログラム事務局が「Go」の判断をすれば、その人は新事業のための部署に異動し、元々担当していた業務から離れて、少なくとも数カ月〜1年くらいは新事業の検討に100%コミットすることになります。
なぜそうするかというと、本業も持ちながら片手間で新事業をやると、言い訳ができてしまうからです。やるからには本気でやりきらなければモノになりませんから。
事業アイデアの実現を目指す上では、社内のさまざまな部門の協力を得ることが必要ですが、実はこのプログラム自体が「トップのコミットメント」を社内に示すことにもなっていて、「社長の声で始まったプロジェクトだから」ということで社内の協力が得やすくなる効果があります。
──「現場担当者の熱量」はどうやって高めていくのですか?
よく、社内起業家支援のプログラムを最初に提案すると、「それは分かるけれども、うちでやっても集まらないよ」「そんな熱量ある社員はいないよ」といわれるんですね。
でも、その見立てはいい意味で間違っていて、実際にやってみると、新規事業をやりたいという熱い思いを持っている人は必ずいるものなんですよね。
そういう「仕組み」を整えて道筋を見せることで、「自分の思いを叶えられそうだ」と思える人が表に出てくるわけです。
もちろん、新規事業を立ち上げたことがないので、最初に出てくるビジネスプランは拙いものであることがほとんどです。一方で、熱量があるから、社内で詳しい人を探し、口説いてチームに入れる行動力がある。その人と一緒に考えて、1週間もあれば、ビジネスプランが見違えるほど良くなるんですよ。
はじめは経営陣も「若いのが頑張っているな」くらいにしか見ていないんですが、最終プレゼン審査の頃にはビジネスプランと事業責任者である社内起業家本人に向き合った本気の議論になる。
現場担当者の熱量も、トップのコミットも、プログラムという仕組みがあることで、どんどん高まっていくんです。
──「インキュベーション」とは具体的にどういうことをするのですか?
そのまま実行すれば成功するようなビジネスアイデアというのは、そうそう出て来ないんですよね。だから、そこへわれわれが入って、アイデアの種を一緒に磨き上げていきます。
本人が「なぜ」その事業をやりたいと思うのかから入っていって、顧客と顧客が持つ課題を明確にし、何をすればその顧客に喜んでもらえるのか、そのために提供すべき製品・サービスは何か、というところを議論していきます。仮説をスライドやプロトタイプなど伝えられる形にして社外に早々に持ち出し、検証と修正を高速で回していくことがポイントです。
ここまでは、どのベンチャーでも同じことをやるはずなんですが、大企業でやる場合は、その企業の中でやる意味は何かということも、やはり明確にしていきます。
社内起業家というのは面白いポジションで、母体となる大企業のリソースを使って上手くレバレッジをかけると、大きなインパクトを出せる可能性がある。そこが醍醐味でもあります。
──「仕組み」を入れるから、経営層にも現場社員にも火が着くし、インキュベーションというゼロイチのフェーズにも進めるわけですね。
はい。ただ、最近はCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)などはもう設立ラッシュですし、アクセラレーションプログラムも多くの企業が採用していて、仕組み整備に目線が行きすぎているのかなとも思います。
私がDTVSに来てから、『オープンイノベーション白書』の作成に携わったのですが、国内外のオープンイノベーションに取り組む企業に取材していく中で、日本と海外で非常に対称的なことがありました。
それは、日本企業は「オープンイノベーションしなくては」という意識が強いのに対して、海外企業に「オープンイノベーションは大事だと思うか」と聞いても、意味が分からない、という顔をされるんです。なぜかというと、オープンイノベーションが「目的」ではなく「手段」であることが正しく認識されているから。
本当に必要なのは、繰り返しになりますが、「経営トップのコミット」と「現場担当者の熱量」であり「仕組み」をいくら整えても魂がこもりません。
だから私たちは、「仕組み」を導入して終わりではなく、その「仕組み」が上手く活用されるよう、経営陣にも、現場担当者にも働きかけていきます。
コンサル経験者だからできること
──コンサルタント時代と今では、どういうところが変わりましたか?
単純に未来志向というか、ポジティブになりましたね。
コンサルタント時代には、「ここが問題で、だからこう変えなければならない」とロジカルに説明しようとするほど、「日本企業はここがだめだ」「日本社会はここが問題だ」と問題をあげつらいがちでした。
明るい未来を、生き生きした社会をつくりたい、そういう思いで、問題を明確化したり指摘したりしていたんですけど、あるとき「そんなこと言っててどうするのかな」と思ってしまったわけです。
今は、問題を見つけてそこをベースに論じるよりも、一つ一つは小さいかもしれないけれど、可能性を見いだして、それを信じて走るベンチャー経営者だったり、大企業の新規事業担当者だったりを応援できている。
ただ、「日本企業はここがだめだ」「日本社会はここが問題だ」というのも、あながち間違っていなくて、本当に問題だらけなのは確かです。そこを打破するには、熱量を持った人と未来を信じるしかない。ロジカルさには欠けるかもしれないんですが。
──コンサルタント経験が、DTVSの仕事のどういう場面で生かせると思いますか?
DTVSの2つのアプローチの話をしましたが、前提として「プログラムを導入したら、御社はこんなふうに変わります」ということは、極論を言えばロジカルに示せるはずがないんですよね。だから、「私たちも一緒になって御社を変えたい」というスタンスになりますし、それは、一般的なコンサルタントとは大きく違う部分です。
その中で、コンサルタントのどういうスキルが生かせるかというと、大企業のイノベーション支援においては、企業のあらゆる層の意思決定の仕方や、いろんな部署の機能を分かっているほうが、コーディネートしやすいということがあります。
市場やそこに関わるプレイヤーの動きまで含めた状況を正しく把握したり、そこにある問題を整理して、そこから体系的・論理的に課題を導いたりといったことが、コンサルタントが得意とする部分なので。
また、異なる価値観や、行動様式、決定プロセスを持つ複数の主体を、どうやったらWin-Winの状態にできるかを設計することに長けていると思うので、そういった能力も大企業でオープンイノベーションを支援する上で生かせる場面が多いと思います。
ただ、一緒に伴走していく支援家としてやっていくには、マインドチェンジが必要です。当事者“意識”を持つだけでなく、文字通りの当事者としてやっていく。客観的に問題を指摘するのではなく、どうすれば問題を解決できるかを一緒に考える、そういうマインドに変われば、コンサルタント経験者が活躍できる場面は多いと思います。
私も、コンサルタント経験者として、コンサルタントの価値は十分過ぎるほど理解しています。ただ、その立場では自分がやりたいこと、つまり技術で世の中をよりよくするというところまでは自分がコミットできないのだと思ってしまったんですよね。
だから、もし以前の自分と同じようなもどかしさを感じているコンサルタントの方がいたら、「できる場所があるよ」ということを、ぜひ伝えたいと思います。
(取材・文:畑邊康浩、写真:西村法正)