最新テクノロジー活用で急成長

サンフランシスコのリッチモンド地区。鮮やかな青いフリースを着た配達人は、インターコムを鳴らす。スピーカーから住人の応答が聞こえると「リンスのジェームズです」と、彼は声をかける。
玄関の明かりが灯り、ドアが開く。リンスが数日前に引き取った洗濯前の衣類が入った袋を受け取るために住人が出てくる。ジェームズは袋についたQRコードを携帯電話でスキャンする。そしてプリウスに戻り、次の家に向かう。
アメリカで最も高度な教育を受けた配達人から洗濯物を受け取ったとは、この家の住人は知る由もない。
ジェームズ・ジョウンはダートマス大学を卒業、ハーバード経営大学院で学位を取得した。今はもう配達の仕事はほとんどやっていない。急成長中の洗濯代行サービス「リンス」の共同設立者でCOO(最高執行責任者)を務めているからだからだ。
洗濯代行という仕事はきわめて地域性が高い。それを全国規模の事業にするのが彼の目標だ。ジョウンはこの業界をよく知っている。韓国から移民した彼の両親は25年以上前から、サンフランシスコでドライクリーニングの店を経営しているからだ。
彼は両親の店で、クリーニングのノウハウを教えこまれた。パンツトップをプレスする特殊な機械の操作や、布からしみや汚れを分離する方法などだ。ある意味、ジョウンは自分をこの業界に導いた人々──自分の両親と競っている。汚れた洗濯物に成功のチャンスを見る他の半ダースほどの新興企業も競争相手だ。
「古いタイプの産業にテクノロジーを持ちこむことで、顧客の不快感を解消するようなスタートアップのアイデアを探し求めていた」と、ダートマス大学でジョウンと知り合ったリンスの共同設立者兼CEOアジャイ・プラカシュは語る。「本当にこれだ!と思うようなものは、なかなか見つからなかった」
そんなプラカシュュとジョウンが最終的に目を留めたのが、クリーニング業界だった。きわめて細分化され、資本が不足し、おそらく400憶ドルは見込める市場だ。

アプリで仕上がりの好みを選択

プラカシュとジョウンがこの業界に魅力を感じたのは、人をわずらわしい仕事から解放することができるということだった(今のところ、アメリカの大都市の住人限定だが)。夜8時から10時の間、リンスは毎日各家庭から汚れた洗濯物を集め、24時間から72時間後にきれいになった衣類を届ける。
これまでに調達した資金は2300万ドル以上。本拠のサンフランシスコからロサンゼルス、ワシントン、DC、シカゴ、ボストンに事業を拡大し、もうすぐニューヨークでも営業を開始する。
「リンスは、米国内で数千万ドル規模の事業を展開できる」と、投資会社アレナ・ベンチャーズの責任者ペイジ・クレイグは言う。
彼がプラカシュュとジョウンを「経営のヒーロー」とほめたたえるのは、二人が精緻な配達ルートから洗濯の工程まで、あらゆることを考え抜いたからだ(健康や環境への悪影響があるパークロロエチレンまたはパークロという薄緑色のドライクリーニング用の溶剤はいっさい使わない)。
リンスに口座を開設した利用者は、メールや電話アプリ、またはウェブサイトで集荷を申し込み、洗剤の香りや乾燥機の温度、畳み方、干し方その他のリクエストを選択する。
集めた洗濯物を実際に洗うのは、専門の業者。地元の店に外注することもあるが、同社の厳しいサービス基準を満たす事業者に依頼することが多い。清潔になった服はリンスに戻され、配達に向けて仕分けされる。
料金は地元の店と十分に競争可能なレベルだ。洗濯と折りたたみ仕上げは重量に応じて1ポンド(0.45キロ)あたり1.75ドル(最低15ポンド)。ドレスシャツは1枚2.50ドル。スーツのドライクリーニングは16ドル。そして、標準配送料は3.99ドルだ(今のところ料金はどこでも同じ)。
配達時に家の住人が不在でも心配はない。配達員は玄関先やガレージ、マンションの廊下に洗濯袋を置き、配達完了を証明するために写真を撮る。
誰かが、面倒くさい仕事を自分の好み通りに安い値段で代行してくれる。それを望まない人がいるだろうか。
「洗濯という仕事は嫌われている」と、ノースカロライナ州シャーロットでクリーニング代行サービスを営む2Uランドリーの共同設立者ダン・ダキーストは言う。「人々はすでに家事や芝生の手入れを外注している。洗濯を外注しないわけがない」

強力な競合相手が全米各地に

リンスが事業を拡大しようとしているニューヨークには、すでにトム・ハラリがいる。
若者に人気の地区として再生したブルックリンのブッシュウィックで、ハラリは共同設立者たちと「クリーンリー」という独自のサービスを構築した。カリフォルニア州のベンチャー投資企業Yコンビネーターが後援し、1100万ドルの資金で武装している。
33歳のハラリは、リンスの戦略は間違っていると言う。ジョウンとプラカシュは、拡大を急ぎすぎている。クリーンリーはオペレーションを強化して、24時間以内の配達(朝晩1回ずつ1時間の集荷で)を可能にするまで、本拠地にとどまった。
ハラリの事業は、ニューヨーカーの洗濯物を引き受けてきた3500軒以上のクリーニング店との戦いから始まった。その後、彼は昨年10月、リンスと対決するために西に事業を展開した。
「うちのサンフランシスコ倉庫の棚には、リンスの元利用者が依頼した洗濯物の袋が並んでいる」と、ハラリは自慢する。「われわれのほうが優れたサービスを提供している」。あとは、最後の仕上げだ。
ハラリがこの仕事を思いついたのは、偶然だった。5年前、広告大手オムニコン・メディア・グループのデジタルマーケティング担当者だった彼は忙しすぎて、洗濯をする時間もなかった。
「私が何を知っているかって? 私に洗濯業界の経験はない。企業を立ち上げたこともない」。ハラリは、自分は起業家志望ではなかったと言う。むしろアイデアが彼をとらえたのだ。
「地元のクリーニング店の前を通り過ぎた時、機械が回転しているのを見て、ふと思った。これは誰かがやらなきゃならないことだ。それは自分だ、と」
一方、アレックス・スメレチェニアクは、ウエイクフォレスト大学で多少なりともクリーニングというビジネスを学んだ。彼は2年生のときに学生が所有し、運営するキャンパス内のクリーニングサービスだった「ウエイク・ウォッシュ」を買収した。
その後、いったんは会社に勤めたが、一般向けの洗濯とドライクリーニングのサービスを立ちあげるために退職した。彼と幼馴染の友人ダキーストは、2Uランドリーを共同で設立し、シャーロットで成功を収め、満を持してアトランタに拡大した。
現在26歳のスメレチェニアクとダキーストによれば、彼らの競争相手はハイテク業界でいう「インストールベース」つまり、ほぼすべての中産階級の家庭にある洗濯機と乾燥機だ。
そして彼らが売っているのは、今後もどんどん貴重になる商品、つまり「時間」だ。彼らが経営する2Uランドリーのスローガンは「時間はデリケート」だ。
汚れた衣類の扱いには、たいした手間はかからない。洗濯するだけでいい。それも週に1度程度で十分だ。リンスやクリーンリー、2Uランドリーその他の企業が大きな可能性を嗅ぎつけたのは、それだけが理由ではない。
「この市場にはリーダーがいない」とハラリは言う。「全収益の約4%を3社があげている」。そのなかには、ドライクリーニングの大手マーチン・フランチャイズも含まれている。だが「残りは家族経営の店だ。全国ブランドはない」
※ 続きは明日掲載予定です。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Bill Saporito/Editor-at-large, Inc.、翻訳:栗原紀子、写真:vtmila/iStcok)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.