チキン事件から復活。マクドナルド、1億人の“胃袋”を狙う

2018/4/16
「うちを再生してくれないか」
2014年、ある日本人経営者の元に、マクドナルドからトップ打診の話が舞い込んだ。7月に仕入先の中国工場で起きた、「期限切れ」の鶏肉使用が発覚して間もない頃のことだ。
日本マクドナルドにチキンを納入していた、中国企業の上海工場(写真:VCG/Visual China Group/GettyImages)
当時のマクドナルドといえば、1年前にサラ・カサノバ氏が社長に就任したばかり。にもかわらず、早くもトップ交代を模索するほど窮地に追い込まれていた。
それもそのはず。品質問題は、外食企業にとって起きてはならない「死活問題」だ。
実際に、マクドナルドの信用は地に落ち、顧客の足はみるみる遠のいていくことになる。2013年から2015年にかけて、全店売上高は25%に当たる1300億円が吹き飛んだ。
しかし最終的に、その人物は打診を断ってしまう。経営に“マジック”はなく、再生できる自信はない──。
これを深刻に受け止めたのが、筆頭株主でもある、アメリカのマクドナルド本社だった。
冒頭の人物に限らず、引き受けてくれる日本人経営者が見つからなかったのだろう。2015年、遂に日本事業の売却を検討し始めたのだ。
だが、買い手についても同じように、最後まで見つかることはなかった。
チキン事件以降、マクドナルドから客足は遠のいた(写真:Chris McGrath/Getty Images News/GettyImages)
当時、日本事業の売却交渉に応じていた複数社の関係者たちによると、交渉が成立しなかった理由は大きく2つある。
1つは、買収金額が高すぎたことだ。世界100カ国以上でビジネスを展開しているマクドナルドにあって、日本の場合は珍しく上場している。
日本マクドナルドは個人投資家向けの人気クーポンといった株主優待を用意しており、その株価は公開市場で形成されている。そのため、「買収にあたり、どうしても株価が割高に評価されてしまっていた」(関係者)。
もう1つは、米マクドナルド本社とのフランチャイズ契約。日本マクドナルドは、米本社から許諾されるライセンスに対し、毎年一定のロイヤルティーを支払っている。
となると、仮に買収して再生しようとしても、マクドナルドの看板を背負ったビジネスだけに、「全て本社の了解を得てから物事を進める必要があった」(関係者)。
要は、自由度が縛られることを懸念したわけだ。
かくしてトップ交代や売却という「選択肢」を奪われた米マクドナルドに、残されたカードは1つしかなかった。
カサノバ社長率いる日本マクドナルド自身に、地道に立て直してもらうという道だ。
「信頼回復のためにはなんでもやる。新たなマクドナルドを創る決意で臨む」(カサノバ社長)
「信頼回復のためにはなんでもやる」と当時カサノバ社長は述べた(写真:Bloomberg/GettyImages)
そして、事件から3年半が経った2018年2月。この日行われた2017年度決算発表の席上、二期連続の増収増益を達成したカサノバ社長は、胸を張ったに違いない。
何しろ、直営店とフランチャイズ店を足した全店売上高を、チキン事件前とほぼ同水準の4900億円にまで、見事に回復させたのだ。
誰しもが、もう再起は不能ではないかと手を上げたあの状況から、である。これには米マクドナルドもひとまず胸をなでおろしたのか、「日本マクドナルドの株式を当面は売却しない」と正式に表明した。
カサノバ社長は決算会見の席上、こう本音を漏らした。
「長い道のりだった」──。

復活と進化、その「舞台裏」を追う

あの「チキン事件」から4年、マクドナルドが遂に復活した。業績は事件前の水準に回復し、今年は約10年ぶりに新規出店を加速させ、店舗数は純増に転じる見込みだ。
なぜ、あれほどの「どん底」から這い上がることができたのか。
そして、日本の「胃袋」の数が減り続け、人々の嗜好やライフスタイルも大きく変化する今、復活したマクドナルドはどんな「進化」を遂げるのだろうか。
NewsPicks編集部は、マクドナルド復活の舞台裏と、これからの進化を占うべく、その鍵を握るキーマンたちへの取材を重ねた。
特集第1回では、マクドナルドを見事に復活に導いた、カサノバ社長の独占インタビューをお送りする。
今だから話せる、当時の苦労話から、彼女の経営哲学、そしてマクドナルドの未来まで。
多忙なスケジュールの合間を縫って正面から取材に応じてくれた、彼女の「声」をたっぷり1万字にわたってお届けしたい。
マクドナルドの未来を語る上で外せないのは、なんといっても米マクドナルドとの関係だ。
「マクドナルドのグローバル戦略において、日本は最も成功した国でした。それが、アメリカ本社にとって一番の自信につながったはずです」
ハンバーガーを日本に根付かせた伝説の創業者・藤田田の時代に入社し、日本マクドナルドの歴史を最も古くから知る下平篤雄・副社長兼COOは、こう語る。
マクドナルドのグローバル戦略の中で、日本はこれまでどのような位置を占めてきたのか。そして、米国との関係はどう変遷してきたのか。
第2回では、マクドナルドの未来を占うためにも、まずは日本における歴史を振り返る。日本の外食25兆円産業を牽引してきたマクドナルドが置かれている状況を、改めて俯瞰できるはずだ。
マクドナルド復活の「きっかけ」の1つは、米国との関係の変化にあった。
これまで日本はマクドナルドのグローバル戦略の中でも、「重要市場9カ国」に名を連ねる、世界の優等生だった。
ところが2015年、米マクドナルドはグローバル戦略を見直し、新たに世界を重要度順に「4分類」した。①本国アメリカ、②国際主要市場、③高成長市場、そして④基礎市場の4つだ。
実は、日本はこのとき、「その他」扱いに等しい基礎市場に分類されるという屈辱を味わっている。
グローバルなマクドナルドのライセンスを司る、米イリノイ州のマクドナルド本社(写真:Tannen Maury/Bloomberg via Getty Images)
「日本が、最下位に落ちたらしいぞ」
その当時、東京都内のフランチャイズオーナーたちの間では、ひっそりと「この話題でもちきりだった」と、あるFCオーナーは明かす。
しかし逆にこれを機に、「アメリカ本社にあまりうるさいことを言われなくなり、むしろ自由に日本に合ったオペレーションやマーケティングが可能になった」(同)という。
むろん、アメリカとの関係だけで日本マクドナルドの復活を語るのは、いささか乱暴に過ぎるだろう。その裏側には、日本独自の地道な取り組みがあってこそ、再起を遂げたはずだからだ。
売り上げの減少ばかりがニュースで取り上げられていた、あの暗い雰囲気の中、社員やサプライヤーたちが一丸となって取り組んできた改革、水面下の奮闘についても、徹底的にレポートしていく。
また、NewsPicks編集部がとりわけ注目したのが、マクドナルドを復活に導いた「人材力」だ。
「ハンバーガー大学」をご存じだろうか。「大学」と名はつくものの、なにも誰もが入れる教育機関ではない。マクドナルド社員たちのための、教育研修機関のことだ。
その「教育力」は折り紙付きだ。かつてファーストリテイリングの柳井正氏がこれに学び、元ハンバーガー大学学長に「ユニクロ大学」を作らせたほどである。
その設立は1971年、日本マクドナルドが銀座に1号店を出店するよりも前だというから、筋金入りの「人材重視」企業なのだ。
マクドナルドは全国に「クルー」と呼ばれるアルバイトを14万人も抱えている。そして、危機下にあった2014〜15年にかけて採用にブレーキをかけたため、一気にクルーの数が減った。
しかし今、業績回復を受けて、再び採用にアクセルを踏んでいる。
この人材不足の時代に大量のアルバイトたちを採用できるだけでもすごいが、新人をスピーディーに教育してサービスの質を担保し続ける、その驚きのシステムについても紹介したい。

マックに立ちはだかる「ライバルたち」

特集の後編では、マクドナルドの「外側」から、マクドナルドという企業を浮き彫りにしていく。
進化を遂げようと奮闘しているのは、何もマクドナルド自身だけではない。ハンバーガーの食材をつくりあげる、サプライヤーたちもそうだ。
なかでもハンバーガーの「心臓部」である肉(パティ)を作っている、日本の食肉の巨人「スターゼン」。2016年5月、三井物産に追加出資を受けた彼らは、食肉ビジネスをいかに拡大させようとしているのか。
普段、あまり注目されることのない、彼らが眺めている「食の風景」を紹介する。
さらに、日本の外食産業の王者・マクドナルドの前に立ちはだかる、強力なライバルたちの動向も追っていく。
マクドナルド自身、有価証券報告書の中で「事業リスク」として挙げているのが、コンビニなどによる「中食(なかしょく)」の台頭だ。
中食とは、レストランや飲食店で料理を食べる「外食」でもなく、手作りの家庭料理を自宅で食べる「内食(うちしょく)」でもない、調理済みの食品を自宅で食べるスタイルのこと。
そうした「時短ニーズ」に答える代表選手が、セブン−イレブンだ。
マクドナルドの朝マックや主力のコーヒーに対し、「朝セブン」「セブンカフェ」などで追撃し、さらにイートインスペースまで拡大していくとなれば、マクドナルドと正面からぶつかっていくのは必至だ。
ライバルのハンバーガー代表としては、2016年にファーストキッチンを買収した、米ウェンディーズを取り上げる。
最近では、ファーストキッチンとウェンディーズの両方を統合した店舗が好調だという。しかもその社長はマクドナルド出身だ。
それだけに、マクドナルドの戦い方や、その強さを知り尽くす彼らは、いかにして戦っていくのか。
興味深いのは、マクドナルドのライバルが、他のハンバーガーチェーンだけではないこと。
その筆頭が近年、著しい成長を見せているセルフ式の「うどん」だ。
特に、ショッピングモールの「フードコート」でマクドナルドの落ち込みの恩恵を受けたのが、丸亀製麺だという。
丸亀製麺といえば、「焼き鳥屋」からスタートしたトリドールが2000年に開始した業態だ。しかも今、日本の外食企業にしては珍しく、海外でも成功している。
世界でトップ10に入る外食企業を目指すという、トリドール創業者にも直撃した。
2017年に日本でも上映された映画『ファウンダー ハンバーガー帝国の秘密』をご覧になった読者も多いことだろう。
米マクドナルドの創業者レイ・クロックの実話を元にした作品だ。
特集の最終回では、1980年代からマクドナルドを研究し続け、この映画も見たというアメリカの社会学者ジョージ・リッツァ氏のインタビューをお送りする。
「マクドナルド化した社会」の著者でもあるリッツァ氏と共に、この映画を紐解きながら、マクドナルドが全米中に広がっていった1950年代以降を振り返ろう。
マクドナルドがこれほど成長した「時代背景」が明らかになってくるはずだ。もちろん、映画をまだ見ていない読者はネタバレ注意だ。
20世紀のアメリカと共に繁栄したマクドナルドとハンバーガーは、21世紀を通じて「進化」を遂げていくのだろうか。本特集を通じて、その未来像を占っていきたい。
(写真:Bloomberg/GettyImages)
(執筆:池田光史、デザイン:星野美緒)