ペットフード業界にイノベーションを

食べたい動物の種類を選べるとしたら、ネコは何を選ぶのだろうか。
これは、最新のバイオテクノロジーを利用してペットフード業界を一から作りかえようとするワイルド・アース(Wild Earth)のライアン・ベゼンコートCEOが、自らに問いかけた疑問だ。
ベゼンコートCEOは以前、シリコンバレー広域圏の有力バイテク専門アクセラレーター、インディバイオ(IndieBio)で、プログラム担当ディレクターを務めてきた。
メンフィス・ミーツ(Memphis Meats)やフィンレス・フーズ(Finless Foods)のような企業が「細胞農業」を用いて、ラボで幹細胞から食用の牛肉や鶏肉、魚肉を培養する方法を見つけ出す手助けをしてきたのだ。
培養肉という「クリーンミート」は、畜産業につきものの食肉処理や環境悪化をともなわずに、世界的に高まる動物性タンパク質への需要を満たす見込みがある。
新しい産業が発展するのを見守りながら、ベゼンコートCEOは自宅での肉の消費について考えていた。
同氏自身は、倫理的理由に基づく完全菜食主義者(ヴィーガン)であり、肉や卵、乳製品を避けている。だが、一時預かりで保護している犬たちは1日2回、肉中心のドッグフードを食べていたのだ。
「わたし自身は食肉処理場で処理された動物を一切食べないが、我が家の動物たちに対してはそうしたものを与えていることに、いつも少々罪悪感を感じていた」

ペットを飼う完全菜食主義者向け市場

ベゼンコートCEOが保護している動物だけではない。米国内で販売されている肉の約25%は、国内の犬8000万頭と猫1億匹が摂取している。
そして犬や猫が食べる肉は、飼い主が食べる肉と比べてかなり規制が緩い。食肉加工業界が「4Dミート」と呼ぶ動物の肉であることも多い。つまり「死んでいる(dead)」「死にかけている(dying)」「身体障害がある(disabled)」「病気に罹っている(diseased)」動物の肉のことだ。
食品会社のJMスマッカー(J.M. Smucker Co.)は3月はじめ、「Gravy Train」や「Kibbles 'n' Bits」といった人気ブランドで販売していたドッグフード1億700万缶以上をリコールした。有毒な安楽死薬が含まれた原料を使用していたと判断したからだ。
この一件は、思うよりも悪い事態だ。食用家畜が安楽死させられるケースはめったにないので、安楽死薬が含まれていたということは、動物保護施設の馬や犬、猫の肉が供給ルートに混入した可能性を示唆している。これは、これまでもしばしば指摘されていた問題だ。
こうした報道をもとに、ベゼンコートCEOとインディバイオの最高科学責任者を勤めていたロン・シゲタは、この分野に大きなチャンスがあると確信した。彼らは、共同で設立したアクセラレーターを去って、新興企業で自力で新たな道を踏み出す価値があると考えたのだ。
ペットを飼っている完全菜食主義者は、ニッチな市場だ。だが、ペットに毒を食べさせたくない飼い主となれば、真の市場になる。

菌類由来のタンパク質「マイコプロテイン」

最初にとりかかったのはドッグフードだった。犬は雑食動物であり、新しい餌の開発が比較的簡単と考えられたからだ。
ベゼンコートCEOは、英国で40年前に開発されたベジタリアン向け食品「クォーン(Quorn)」のファンだった。クォーンは、菌類由来のタンパク質「マイコプロテイン」をナゲットやパテなど肉の代用食品として使用している。
単細胞の菌類は動物と比べて、信じられないほど効率よく炭水化物からタンパク質を合成する。1ポンド(約454グラム)の砂糖で0.5ポンド(約227グラム)の菌類バイオマスを産出し、ほ乳類や鳥類とは桁違いなのだ。
ベゼンコートCEOとシゲタは、味噌や醤油の製造に使用される菌、ニホンコウジカビ(麹菌)を使って、シゲタの地下室で最初のマイコプロテインを醸造し、粗挽きにした。
自ら実験台になったベゼンコートCEOは「とてもおいしかった。大量に食べて、下痢にならないか確かめてみた」と述べている(下痢にはならなかったという)。
400万ドルのベンチャー資本に支えられ、極秘に開発を進めていたワイルド・アースは3月、ドッグフードを年内に発売すると発表した。当初は高級ブランド並みの価格になるが、菌が高効率なので、生産規模を拡大していけば価格は急速に低下するはずだとベゼンコートCEOは述べている。
キャットフードの製造はもっと時間がかかる。犬と違って、猫は真性肉食動物なので、肉を食べる必要がある。肉を与えないと、必須アミノ酸不足ですぐに病気になるのだ。
ベゼンコートCEOとシゲタは、細胞培養を利用すれば、牛や鶏を屠殺しなくても肉を培養できると考えた。だが、そもそも、牛や鶏に頼る必要があるのだろうか。

代替プロテイン分野に集まる注目

結局のところ、人間が今の家畜を育てているのは、その動物が飼育に向いており、大量の赤身肉と脂肪を早く得られるからだ。しかし、バイオリアクターで細胞を培養するだけであれば、そうした条件は重要でなくなる。
そこで冒頭の問いが生まれた。食べるものを選べるなら、猫は何を選ぶだろうか。答えは明らかだった。ネズミだ。
この答えは明白なだけでなく、都合もよかった。ネズミほど、生物学者が細胞を扱った経験が多いほ乳類はないからだ(鳥類や魚類を含めてもだ)。
「マウスは、幹細胞に関する理解という点で研究開発の視点から道理にかなっていたが、顧客が猫だと気づくと製品の観点からも完全に道理にかなっていた」とベゼンコートCEOは言う。
ワイルド・アースは2019年に培養マウス肉の製品を試作し、最初の顧客に提供し始める計画だ。それまでに、ペットフード業界の他メーカーも最悪な慣行を改める必要があると気づいてくれることをベゼンコートCEOは願っている。
同氏は、代替プロテイン分野がその成長ぶりを評価されて『Inc.』の「2018年最高の業界(Best Industries)」に選ばれたことに言及しながら、「われわれの製品が、人間用食品の業界で見てきたのと同様の変化のきっかけになることを期待している」と述べた。
「肉に頼らずにペットに餌をやることは可能だ。そうした会話が始まるようにしたい」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Jeff Bercovici/San Francisco bureau chief, Inc.、翻訳:矢倉美登里/ガリレオ、写真:alexei_tm/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.