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「フェイクニュース」は今や世界的流行語です。トランプ氏がツイッターで連発しているし、東南アジア諸国の政府もこの言葉を好んで使います。ミャンマー政府はロヒンギャ問題についての欧米メディアの報道を「フェイクニュース」であるとして否定しています。ドイツではフェイクニュースを放置するSNSが処罰される法律が施行されました。 
 マレーシアの場合、テレビと新聞は、ほぼ政府与党に保有されているので、インターネット、特にSNSが問題になります。SNSは発信者の数が多く、フェイスブックのような運営会社に取締まりの責任を負わせることでしか、鎮静化できないのではないかと考えられます。
 マレーシアの政府与党が置かれた状況は、1990年代以降の自民党に似たところがあります。与党にしてみれば、特段経済の状況が悪いわけではなく、政府の政策が変わったわけでもない、野党が優れた政策をもっているとも思えない、それなのになぜ与党への支持が揺らぐのか、と感じています。インターネットが悪い、と考えている政治家が多いようで、テレビや新聞、そこらじゅうの看板で「フェイクニュースを排除しよう」キャンペーンが張られています。マレーシアの場合、まだ政権交代が起きたことがないので、信用が野党に傾くこともありえますが、日本でそうであったように、野党も政権につけば信用を失うことが大いに考えられます。

背景には、世界的に様々なことへの信用が失われつつあることがあると考えられます。社会は信用で成り立っています。お金に価値があるのも信用があるからです。国家や政府も信用があるから強大な力を持っています。信用は、ある意味でフィクションで、ある意味で非常に脆いものです。信用が崩れ去れば、経済も国家も信用が無くなれば一気に崩れ去ります。
 学問や研究、芸術というのも信用の上に成り立っているところがあります。信用をいかにしてつくり出すかがそれぞれの社会の根本的課題で、宗教をはじめ様々な方法で解決されてきました。近代社会では、科学やジャーナリズムが信用の土台になってきましたが、綻びが目立ってきています。日本だとSTAP細胞云々が問題になりましたが、学問の信用も揺るぎつつあります。
 「フェイクニュース」の問題はおそらくかなり深刻で、国家の制度やジャーナリズム、学問が信用を失っているという近代の基盤にかかわる話ではないかと思われます。
記事冒頭で「マレーシア政府が」というところで「ん?1MDB…」と思ったが、やはり。

メディアは、昔から第三の権力だったり三権分立に次ぐ四権と位置づけられてきた。それは情報の流通によって、権力のチェック・監視を行い、暴走を防ぐことを期待されているため。
ただ、メディアの数が有限だった時代は良かったが、ネットとSNSの発達によって、「全員がメディアになれる時代」になった。全員が発信でき、またシェアなどによって媒介できるようにもなった。
それゆえ、権力というか影響力としても強くなっているが、実際問題としてはフェイクニュースの課題もある。一方で本来的なメディアの機能の重要性は、個人的には残っていると思い、遷移期にあるのだろう。

報道倫理(ボルドー宣言)なども、背景としては読みたい。そして「総メディア化」した現代においては、考え方は重要だが、実効性という観点ではアップデートが必要なのだと思う。
http://bit.ly/2JSOsuq
国家による規制もある程度必要かと思うが、やはり個人の情報感度が問われているのだろう。ネット情報を鵜呑みにせず、ダブルチェックや一次情報の確認など、少し手間暇かければ分かることは多いはずだ。
これも、何を言っているかだけではなく、誰が言っているかを重視しなければいけない風潮を作り出している、ひとつの要因ですね。
マレーシアでは発信者のみならず「悪意を持って」偽情報を拡散する者も処罰の対象になる、とのことですが、フェイクニュースがあっという間に拡散してしまう最大の要因は「善意を持って」偽情報を拡散してしまう人たちです。

フェイクニュースもますます手が込んできて、本物かどうかを見極めるのは確かに難しいところがあります。ならば、まずは「拡散する」という行為をやめるべきです。皆が知らないであろう情報を真っ先に教えてあげたい、という気分は、ある種の偽善行為であり、また承認欲求のはけ口でもあります。

元から断つという考えでいけば、フェイクニュースを作る大本をシャットダウンしてしまうことが有用に見えますが、政府がそれをやりだすと、この記事にあるように「行き過ぎ」が起こったり、「都合の良い解釈」をされてしまう危険があります。

まず一人一人が、何かの情報を得たら、骨髄反射的に拡散するのではなく、まずそれを調べてみることが大切です。
広告のグラフィックをみて、自分ならどういうデザインにするか考えたくなった。