エイベックス30周年は寿命か始まりか? 松浦勝人の軌跡

2018/7/7
小室さんと仕事がしたかった
町田の小さなインポーターが小室哲哉を口説く
小室哲哉さんとは仕事がしたいとずっと思っていました。
エイベックスを始める前、僕は神奈川県横浜市の上大岡で、貸レコード店を経営していました。
その頃から、TMN(TM NETWORK)のCDの貸し出し率は、勢いが違うんですね。「いつか小室さんのCDを作れたらすごいな」と思っていたわけです。
小室プロデュースでtrfを売り出す
「小室哲哉プロデュース」のブランドでtrfを売り出す
僕は「Produced by TETSUYA KOMURO」というのをブランドにしようと思っていました。
海外のダンスミュージックだと絶対的にプロデューサーなんですよ。「Produced by TETSUYA KOMURO」のブランドを使って、アーティストを売り出していこうと考えました。それが、trfです。
小室さんとの確執と決別
真相。売り上げ7割を占める小室哲哉との「決別」
小室ブームがピークを迎えるにつれ、マスコミ的な言い方をすると「日増しに横暴になっていった小室の態度」にだんだんついていけなくなったんですね。
具体的なことは言いたくないけど、もうこれ以上無理だなと思ったのは──。
ELTと浜崎あゆみを売る
Every Little Thingと浜崎あゆみを売る戦略
あの頃は、必死で、ゴミ箱を蹴とばしたりすることもありました。
Every Little Thingの曲がラジオで何回かかるか、チェックをして、回数が少ないと、宣伝部の会議に乱入して怒鳴りまくる。
次は浜崎あゆみをプロデュースしなければならない。次々と売っていかないと、上場に間に合わないんです。
ところが、浜崎あゆみは、周りからとにかく「売れない」って言われる。
絶頂の半年後に最悪の事態
上場。莫大なお金を手にして働く目的を見失う
人生の絶頂とも言える時期のわずか半年後には、人生で最悪の事態が起きていたんです。
ヒットチャートを自作
勝手にヒットチャートを自作。やっぱり1位は強い
小学校高学年になると、自分でヒットチャートを作ることに熱中しました。表にして学校に持って行って、みんなに見せてましたね。
多分、「世の中で何が売れているか」ということに興味があったんだと思います。
タダで音楽を聞きまくる方法
ダンスミュージックに夢中、タダで聞く方法はないか
なんとかタダで音楽を聞きまくる方法はないかなと考えていました。
貸レコード店でバイトさせてくれないかな、と。
断わられても諦めない
貸レコード屋でアルバイト。店を任されて売り上げ倍増
貸レコード店「友&愛」港南台店がオープンしました。
オーナーに「バイトに雇ってくれませんか」とお願いしたんだけど、断られました。
それでも僕は諦めません。ほぼ毎日、お店に行って、勝手に仕事を手伝うのです。
ビジネスの面白さに目覚める
ライバルを叩き潰す。客が殺到するキャンペーン
オーナーから「店の経営を好きにやっていい」と言われて、ビジネスの面白さに目覚めました。
僕たちの一番のお客さんは中学生と高校生です。その中高生が一番欲しいものはなんだろうと考えると──。
起業か就職か
就職せずに起業。13坪の店に注いだノウハウで大盛況
オーナーが「もう一軒、貸レコード店をやらないか?」と誘ってきました。つまり、就職をしないで、本格的に商売をやらないかと言うのです。これは悩みました。
今で言えば「エンジェル投資をするから起業しないか」という話なのですが、当時はそう簡単ではありません。
企業は中途採用なんて、よほど経験がある人でなければしませんから、もう就職することはできなくなる。失敗したらどうしようと当然考えますよね。
地域ナンバーワン店にする工夫
レコードからCDへの転換期、ライバルに勝つ施策
僕が神奈川県横浜市上大岡で始めた貸レコード店「友&愛」上大岡店は、大盛況します。
13坪という狭いお店に、たくさんのお客さんが来て、本気で床が抜けないか心配するほどでした。
でも、僕は、それでも満足していませんでした。ライバルがいたからです。これを叩き潰したい。地域ナンバーワンの店にしたい。その挑戦の武器となったのが──。
エイベックスの始まり
小遣い稼ぎに大人たちが寄ってくる。エイベックス設立
コンサルの人から「ちょっとドライブに行こうよ!」と連れていかれたのが、町田市のあるマンションです。
部屋に入ると、デスクがあって、ワープロが1台置かれている。
「はい、これが松浦くんの席だからね。ポップの文を書いて!」
僕の席までできていたんですよね。
しょうがないから、貸レコード店をやりながら、こちらの仕事もやるかと諦めました。これがエイベックスの始まりです。
家を担保に大勝負
エイベックスの分岐点、家を担保に大勝負
自宅を担保に入れて、銀行から借りました。
もし失敗したら、両親の家は競売されることになり、松浦家は親子ともども路頭に迷うことになってしまいます。
今、振り返ると、この時がエイベックスの分岐点でしたね。あそこで勝負していなければ、今のエイベックスの成長はなかった。
EXILE HIROは常連客だった
自分たちで音楽を作ってしまえ。avex trax誕生
後のエイベックスで大きな仕事をする社員も、上大岡店のアルバイト出身者がたくさんいます。
毎日通いつめるようにCDを借りにきていた高校生のお客さんが、後のEXILE HIROです。
借金とお家騒動
お家騒動の舞台裏。依田さんとの軋轢、あゆの宣言…
「一生使い切れないほどのお金を手にした」と思い込んでいたのが、とんでもないことになっていました。
ある人を信用して、管理を全部任せていたのですが、僕の名義で数十億円の借金まで作っていたんです。
僕は住むところがなくなってしまったので、小さなワンルームマンションに引っ越しました。
再び音楽制作ができるようになってみると、今度は別のところで、会社に問題が起こります。
依田巽さん(当時のエイベックス社長兼会長)との考え方の違い。これがいわゆるお家騒動に発展します。
4代表制
社長業の怖さと孤独と寂しさと
僕みたいに「音楽さえ作っていればいいんでしょ?」という人は、社長にはなれない。だから、僕は社長かもしれないけど、立派な社長ではないんです。
それで生まれたのが、4代表制です。代表権を持つ人が4人いる会社なんてほぼありません。
CDが売れなくなる
安定した収益を生むビジネスモデルとは?
僕は、浜崎あゆみがミリオンを連発している頃から、「CDが売れなくなる」予兆を感じていて、一貫して「将来CDの売り上げがゼロになる時がやってくる」と言い続けていました。
千葉龍平(当時の副社長)と寝転びながら、「これからのエイベックスはどうすべきか?」を、ああでもない、こうでもないと話し合っていました。
2人の意見が一致したのは「やっぱり自分たちのメディアが欲しい」ということでした。それで生まれたのがBeeTVで、現在のdTVです。
30周年、浮かれている場合か
30周年エイベックスを倒す強敵は外の世界から現れる
昔からよく聞かされたのが、企業の寿命30年説です。
エイベックスは2018年に創業30周年を迎えました。社内から「30周年のイベント」の話が上がってきましたが、僕は「すべてやめろ」と言いました。何がお祝いごとなのかと。
企業の寿命を迎えて、そのまま終わってしまうか、それとも0歳として再び生まれ変われるかの瀬戸際なのに、浮かれている場合じゃない。
まず、会社の幹部とビジネススクールに通い経営学を学びました。いまさらと思ったんですけど、改めて学んでみるととても面白いんです。
エイベックス2.0
古い社員の意識を変えて「働き方2.0」へ
会社の半分をコワーキングスペースにしてしまおうと思っています。理想は、エイベックスの社員が半分、外部の人たちが半分。混ざり合って全く新しいものを創り出す。
きっともう会社という構造は溶け始めているんだと思います。働き方2.0をすでに実践している人がたくさんいる。
僕は、エイベックスをそういう2.0の人が集まる場所にしたいと思っています。
エンタメ×テックの新規事業
会長就任。エンタメ×テックで再び成長
6月の株主総会での承認を得て、その後の取締役会で、僕はエイベックスの会長になりました。新規事業を産み出すことに専念します。
Entertainment×Techの領域で、僕たちができること、やらなければいけないことは無限にあるんです。
(予告編構成:上田真緒、本編構成:牧野武文、撮影:遠藤素子、デザイン:今村 徹)