起業しやすく、売りやすい。日本が目指すべき起業環境とは

2018/4/10
会社法の改正やITの発展、そしてベンチャーキャピタルなど金銭的な調達チャンスの増加により、起業の環境が整ってきた日本。この4月から、もっと気軽な、安い手数料での「事業承継=バトンタッチ」を可能にするウェブサービス「&Biz」が本格的に稼働しはじめる。
これまで数多くのM&Aを手がけてきた「&Biz」代表の大山敬義氏と、シリアルアントレプレナーであり、トランスコスモスのイノベーション担当取締役でもある佐藤俊介氏の対談から、M&Aマッチングプラットフォームの可能性と、社会にもたらす影響を探る。

深刻化する中小企業の後継者問題

大山:佐藤さんはこれまで起業、そして事業売却を何度も経験しておられますね。
佐藤:どの会社も起業したときは、「この事業を一生やろう」という決意なんです。「成長したら手放そう」という考えで成功するほど、ビジネスは甘くありませんからね。
 これまでの私の売却も、マーケットの変化や数々の波にもまれ、可能性の最大化を求めた結果が売却になった、というのが実態です。ですから、事業売却はタイミングと運も大きい。一発一中で決まるほど簡単じゃないです(笑)。
大山:だから多くの会社が事業承継を諦めて、廃業を選んでしまう。
 日本には現在、約375万の企業があり、今後10年で約170万社が世代交代のタイミングを迎えます。ところが、そのうち約127万社には後継者がおらず、廃業の危機にある。
 そこには優れた企業価値を持つ会社も数多く含まれるので、日本社会にとってはすさまじい損失です。
 実際、地方には黒字で廃業する企業が多い。たとえば、宮崎県では倒産1に対して廃業が11、そして廃業する企業の7割は黒字なんですよ。
佐藤:地方だと都市部に人を取られてしまうから、後継者の問題がより深刻なんでしょうね。
 でも、東京に人が集まる状況って、いつまでも続かないと思うんですよ。今はインターネットの時代です。ネットを活用した事業であれば、リビングコストが安くて、空気がよくて、水もおいしくてごはんもおいしいところでやるのが一番。
 僕も今はシンガポールに住んでいますが、日本に戻るとしても東京である必要はないと思っています。
大山:私の実家は神奈川で建設業をしていましたが、当時、私には家業を継ぐ意志がなく、父の代で廃業しました。父の苦労を見ていたし、大工という商売でこのあとやっていけるとも思えなかった。
 でも、今振り返れば、「息子が継がないから」という理由で廃業することはなかったんです。
 今の日本では、起業でも、跡を継いだ場合でも、「一生やらなきゃいけない」という雰囲気があります。でも、佐藤さんのように、ほかにやりたいことができたら、誰かにバトンタッチしてもいい。
 「M&A」と言うと大げさですが、より簡単に事業を売却できる仕組みができれば、そんな雰囲気も変わるはずです。

ITの活用が安価なM&Aを実現させる

佐藤:少子高齢化社会の中、「血縁者が家業を継ぐのが当たり前」という限界のある考え方を変える上で、大山さんと日本M&Aセンターはかなり貢献されてきたんじゃないですか。
大山:ありがとうございます。ただ、問題も感じていました。
 1回のM&Aで、相手探しから始めて、面談を繰り返して、相手先に出向くだけで200時間ほど費やします。ですから、高価なサービスにならざるを得ません。手数料は最低でも2000万円程度いただくので、対象はだいたい年商5億円以上の企業に限られる。
 今後10年以内に廃業が予測される127万社に限れば、年商5億円以上の企業は1%程度でしょう。
 そこで、ITを活用して手数料を低く抑え、より多くの企業が利用できる新しいM&Aサービスを作ろうと考えました。それが「&Biz」です。コンサルティングが必要なければ、買い手が5%の手数料を払うだけで済みます。
佐藤:3000万円で会社を買って、手数料が150万円なら、かなり現実的ですね。サイトを拝見しましたが、国内のいろいろな規模・業種の会社が掲載されていて、見ているだけでも面白かったです。
&Biz」の公開情報ページ。無料の会員登録をすれば、さらにたくさんの情報を閲覧することができる。
大山:3月現在、「&Biz」は試験運用中ですが、4年間で110件の成約がありました。ネット上でのマッチング自体はすぐに可能だったのですが、この4年は日本各地にM&Aの専門家を育成するための時間でもあったんです。
 マッチングしたあとの交渉や諸手続きを考えると、まだ人間が介在する必要がありますから。
佐藤:日本各地というと、北海道から沖縄まで?
大山:そうです。北から南まで800人。たとえば北海道と沖縄の企業でM&Aということになれば、そのコンサルティングにとてつもない交通費と移動時間がかかります。だから、地域ごとに専門家が必要なんですよ。

「お見合い結婚」式のM&Aはもう古い

佐藤:M&Aって、外部から新しい血を入れるようなものなので、アレルギー反応が起こることもあります。
 成約して終わりじゃなくて、文化も組織も考え方も違う人たちがその後も一緒にやるのはすごく努力が必要だし、売り手のコミットだけじゃなく、買い手のコミットも同じくらい必要。買収したあとも成長させるために必死に育てるつもりじゃないと。
大山:結婚だって、結婚式を挙げて終わりじゃありませんからね。
 あまり夫婦げんかもせず、仲むつまじくやって、子どもも生まれて、それでやっと「成功かな」と思えるのではないでしょうか。なるべくけんかをしないためには相性が一番大事で、相性がよくなければ、そもそもうまくいきようがない。
 「&Biz」の強みは、日本M&Aセンターで4000件以上の成約があり、マッチングだけでいえば数万件の蓄積があること。どんな会社同士の相性がいいかがわかっているし、その後、事業がどうなったかのフォローもしています。
佐藤:「M&Aのその後」を知っているのは強いですね。M&Aの前後は話題になるけど、そのあとはなかなか語られないじゃないですか。失敗したら言いたくないでしょうし(苦笑)。
大山:日本M&Aセンターのサービスは、コンサルタントが見繕った会社を引き合わせる、お見合い結婚みたいなものだと思っています。ただ、いまやお見合い結婚をする人たちは少数派です。
佐藤:「ペアーズ」のようなマッチングアプリで結婚する人も増えていますよね。
大山:&Biz」が目指すのはまさにそこで、実はアプリもリリースする予定なんですよ。
 先日、喫茶店にいたら、隣の女性のグループが盛り上がっていて、マッチングアプリをみんなで見ているんです。「この人よくない?」「いっちゃいなよ」って。
佐藤:同じノリで、スマホでM&Aが完結するようになったら、売る側だけじゃなく、買う側にもインパクトがありますね。若い人でも、ゼロから起業するのではなくて、企業を買うという選択肢が現実になる。
 若い人はデジタルファーストで、ふわっとした柔軟な構想でこれからのサービスを立ち上げることが多いので、足元を固めるような本質的な事業を組み上げられるかが成功のカギ。
 たとえば、「ファッションテックをやりたい」と思ったとき、気軽に工場を買えるようになれば、生産の仕組みや既存ビジネスの課題を正しく理解したうえで、非効率な部分にデジタルを導入することができます。
大山:先日、ニューヨークで会ったPEファンドの社長は、「トラディショナルな会社にITとグローバルを加えたら、確実にバリューが上がる。こんないい投資はない」と話していました。
佐藤:アナログのビジネスはレバレッジが低いけど、そこにデジタルをかけ合わせると、一気に化ける可能性があるんですよね。

事業の円滑なバトンタッチが日本を変える

大山:車に飽きたからといって、ハンマーでたたき壊す人はいない。黒字で廃業するのは、会社をたたき壊すようなものですが、私の実家の例も含め、日本では当たり前のように行われている。こんなにもったいないことはありません。
佐藤:しかも、車は持っていても価値が上がらないけど、会社は上がる可能性がある。そこに挑戦してみようという若者が増えたらいいですね。
大山:若い人が地方の会社を買うようになれば、必ず面白いことが起こります。今は、いきなり地方で起業するのは大変だからと、1%でも成功確率を上げたくて、みんな東京にやってくる。そして、どんな会社も最初に100万円を売り上げるのに苦労しています。
 ところが地方でもはじめから3000万円の売り上げがあれば、最初の「死の谷」を経験せずに済み、圧倒的に成功確率が高い。たとえば、「明日から高知県で車両10台のタクシー会社を経営しないか」と言われたら、挑戦してみたい人は必ずいるはずです。
佐藤:絶対にいますね。それに、地方ってイノベーションを起こしやすい土壌だと思うんです。
 東京でドローンが飛び交って、買った商品が3時間後に届くようになっても、それはより「便利」になっただけ。「できなかったことをできるようにする」、つまりBetterじゃなく、Can notをCanにするというのがイノベーションだと私は定義しています。
 東京ではできても地方ではできないことっていっぱいあると思うんですよ。だから地方はイノベーションに挑戦しやすいし、世の中に与えるインパクトも実は大きいと思います。地方をまるごと、法律から変えるくらいのつもりで取り組むのもアリですよね。
大山:今日、散々「M&A」という言葉を使ってきましたが、実は私は、もう「M&A」って言いたくないんです。自分の事業を誰かに託すという意味で、「バトンタッチ」と呼んだほうが、より適切なのではないかと感じています。
 創業者やオーナーにとって、会社は自分の子どもよりかわいい、半身のようなものです。それを手放すことは、ものすごくつらいし、さみしい。
 だからこそ発想の転換が必要で、「若い人たちにバトンタッチして、それが大きくなっていく姿を見てください」と伝えたい。
佐藤:バトンタッチは言い得て妙ですね。事業ってうまくいっているときほど売りたくないものですが、ちょっとでもかげりが見えると、誰も興味を示さなくなります。だから、事業売却はタイミングがとても大切。
 せっかくの資産ですから、売却の選択肢を否定しないでほしい。より大きく成長させてくれるパートナーが見つかるなら本当に素晴らしいことです。
大山:若者だけでなく、資産に余裕があったり、退職して、まだ何かやりたいという人はたくさんいます。そこで無駄になっているエネルギーが実業に変わったら、この国は必ずよくなりますよ。
(執筆:唐仁原俊博 撮影:Maiko 編集:大高志帆)