「つながりの可視化」は組織に変化をもたらすか

2018/4/18
多くのビジネスパーソンにとって、「人脈をどのように広げていくか」「人とのつながりを自分のビジネスにどう生かしていくか」というのは主要な関心事だ。
法人向けクラウド名刺管理サービスで知られるSansanは、導入企業が7000社を突破。名刺交換という行為が社内共有により最大化され、労働の質に変化が起こり始めているという。企業や組織にとって、組織内の個々人の「つながり」が重要であるのは間違いない。
SNSを通じて人と人との関係構築が容易になっている現代において、ビジネスに必須の「つながり」とはどのようなものなのか。海外の経営学ではそのような人的ネットワークに関する研究も進んでいる。著書など通じて海外の経営学のエッセンスを日本に紹介してきた早稲田大学ビジネススクール准教授の入山章栄氏に話を聞いた。

「つながり」の重要性が高まっている

ビジネスにおいて「人とのつながり」はさらに重要なものになってきている、と私は考えています。なぜなら、企業のあり方が以前とは変わっているからです。
そもそも「企業が何のためにあるか」というのは、経営学では多角的な視点で説明されてきました。中でもよく知られるのが、「取引費用理論」による説明です。
簡単に言うと、「市場で他企業と取引をする際の契約手続きなど見えないコストが大量にかかるなら、むしろそれを自分たちの企業内部に取り込んでしまえばいい」という考え方です。
その取り込んだ範囲が「企業」である、というのが取引費用理論の考え方です。長い間、企業のあり方を捉える有力理論として、経済学者・経営学者に使われ続けてきました。
一方、この取引費用は今、世界中で急速に下がってきている、と私は理解しています。昔は企業間の取引コストが高かったんです。
ただ、各国が成熟して法制度が整備されたり、ウェブなどの情報テクノロジーが発達したりすることによって、企業間の市場取引にかかるコストがいま圧倒的に下がってきている。
つまり、垂直統合的な意味で企業が大きくなったり、複数のドメインを内部化する必要がなくなってきているんです。
個人的には、GEが事業分割を検討したり、UberやAirB&Bのような創業間もない企業が世界レベルで水平分業をスケールできるのも、この取引費用の低下が背景の1つにあると理解しています。
一方で起きているのが、「人脈ベースでの組織体」の顕在化です。今では人と人とが簡単につながるようになっているし、日本でも人材の流動性が高くなってきています。
スタートアップ界隈では企業を渡り歩くのは常識ですし、今後は大企業・中堅企業でも働き方改革やパラレルキャリア推進で、流動性はさらに高くなるでしょう。
すなわち、企業の内と外の境界線があいまいになってきているのです。
結果として、自分の人脈を生かしてその間を自由に行き来する人も増えてきています。
アップルの教育機関「アップル大学」の学長をしていることでも知られる高名な社会学者のジョエル・ポドルニーは、「Network Organization」といって、「企業は人脈の集合体である」と主張しています。
そんなふうに企業のあり方が人脈のネットワークベースに変わってきているので、人脈の重要性はますます高まっているんですね。

海外の2大ネットワーク理論

日本ではあまり知られていませんが、海外の経営学・社会学では、人脈が人々や社会に与える影響などを研究する「ソーシャル・ネットワーク(social networks)」という学問分野が確立しています。
そこで2大理論と言われているのが「弱い結びつきの強さ(strength of weak ties)」「ストラクチュアル・ホール=構造的な隙間(structural holes)」です。
1つ目の「弱い結びつきの強さ」は、スタンフォード大学のマーク・グラノベッターが1973年に発表した論文に端を発するものです。
人脈には強い結びつきと弱い結びつきがありますよね。例えば、長年の付き合いがある親友同士であれば強い結びつきですし、一度名刺交換をしただけの関係であれば弱い結びつきということになります。
直感的には、結びつきは強ければ強い方がいい感じがすると思うんですが、実はそうではない、というのがこの理論なんですね。
例えば、Aさん、Bさん、Cさんという3人の関係を考えてみましょう。
AさんとBさんが親友で、AさんとCさんも親友だとします。すると、BさんとCさんはそもそも知り合いでなかったとしても、それぞれがAさんと親友なので、自然にこの2人も友人同士になる可能性が高くなります。
つまり、AさんがBさん、Cさんのそれぞれと強い結びつきを持っていると、結局は3人とも友人関係になってしまい、図にすると「三辺の完成した三角形」の関係になります。それを多人数に拡張すると、下の図のようになりますよね。
一方、AさんとBさん、AさんとCさんがただの知り合いだったとすると、BさんとCさんが知り合う可能性は低くなります。
その場合は一辺が欠けたままの「不完全な三角形」になるんですね。それを多人数に拡張すると、下の図のようになります。

「弱い結びつき」が有効である理由

上の図のように、複数の点の間に閉じた三角形がたくさんあって密接に結びついている関係のことを専門用語で「デンス・ネットワーク(dense network)」と言います。
一方、下の図のように不完全な三角形ができているスカスカの状態の関係のことを「スパース・ネットワーク(sparse network)」と言います。
そして実は、この弱いつながりでできたスパース・ネットワークの方が、情報伝達の効率がいいんです。
同じ量の情報をネットワーク全体で流すとしたら、スパース・ネットワークの方が無駄がないですよね。逆にデンス・ネットワークだと、ルートが多すぎて無駄が多くなるんですね。
水道管をイメージしてもらえると分かりやすいと思います。同じ量の水を流すとしたら、スパース・ネットワークのような水道管のネットワークの方が効率よく遠くまで水が流れていきますよね。
さらに言えば、弱い結びつきは簡単に作れます。結果、遠くに伸びやすい。
そうであれば、弱い結びつきの方が、広範囲に多様な人とつながれます。結果、多様な考えを持っている人の発信する情報が効率よく流れてくることになるのです。
すなわち、さまざまな種類の大量の情報を遠くから効率よく得るためには、こういう弱い結びつきの方が向いているんです。
多様な考えに触れることはイノベーションにもつながります。
「イノベーションは既存の知と既存の知との新しい組み合わせから生まれる」というのがジョセフ・シュンペーターの提示した「新結合(new combination)」です。
いまだに経営学者が、イノベーションを起こす基本原理のひとつとして考えているものです。
強い結びつきで構成されたデンス・ネットワークの中にいると、狭くて閉じたところで情報がグルグル回っているだけだから、同じような知識しか得られないんですよ。
そこで何十年もやっていると、知と知の組み合わせが終わってしまうんですよね。これが今、日本の大企業で起きていることです。
そこで大事なのは、弱い結びつきを作っていくことなんです。すると、そこで知と知の新しい組み合わせが起きて、結果的にイノベーションが生まれやすくなるんです。これが「弱い結びつきの強さ(strength of weak ties)」の理論です。
Sansanのような、組織で使う法人向けクラウド名刺管理サービスは経営学的に見ても、とても興味深いものがあります。Sansanの面白いところは、何と言っても名刺交換による一人ひとりの「弱いつながり」を初めて可視化したところですね。

もっとも得をするのは誰か?

もうひとつの理論が、シカゴ大学のロナルド・バートが提唱した「ストラクチュアル・ホール」です。
例えば、先ほどの「弱い・強い」は忘れていただいて、図のような人脈のネットワークがあったとして、この中でいちばん得をする人は誰かということを考えるんですね。
そこで、真ん中のここにいるAさんがいちばん得をする、ということが言われているんです。
ビジネスにおいて、人脈は情報を得るために重要なわけです。
ここで、このネットワーク上の左側の人が発信する情報を、ネットワーク上の右側の人が取りたいと思ったら、絶対にAさんを経由しないといけないですよね。
左右逆の流れでもしかりです。つまりAさんだけはどちら側の情報も得られるわけです。
さらに言えば、Aさんが「左側の人が発信する情報を右側の人に流したくない」と思ったら、そこで止めることもできますよね。
あるいは、左側でニーズがあって右側にはそのシーズがあることが分かるのもAさんだけです。だとしたら、その間を取り持ってあげることで利益を得ることもできます。
こういうやり方のことを社会学的な意味で「ブローカレージ(仲介取引)」と言います。
Aさんはネットワークのハブになる位置にいるので、その優位性を生かすことでいちばん得をすることになるんですね。
一見、Aさんは上と下のところにネットワークの隙間があって多くの人とつながっていないように見えるから、損をするような感じがするじゃないですか。でも、実はいちばん得をしているんですね。
このAさんの上と下にある隙間が「ストラクチュアル・ホール」なのです。
実際、ストラクチュアル・ホールはビジネスの基本みたいなところがあって、総合商社はまさにこのAの位置にいたから、長い間強かったわけです。
ネット上でもいわゆるマッチング系のビジネスなんかはすべからく、Aの位置にいることで収益を上げられる。
逆に言えば、このネットワークの右と左が直接つながりだしたら、Aの優位性は崩れます。だとしたら、新しいストラクチュアル・ホールを作りに行かないといけないのです。

大切な情報を得るには「強いつながり」

先ほど、「弱い結びつきの方が強い結びつきよりも情報伝達の効率がいい」ということをお話ししました。しかし一方では、強い結びつきがより重要になっているという側面もあります。
というのは、今の時代、ネット上に情報はあふれているじゃないですか。ただ逆に言えば、「ネットで取れる情報は、世界中の誰でも手に入れられる情報だから、実はあまり価値がない」んですよ。
本当にビジネスで勝負を決める重要な情報は、むしろリアルな強いつながりの中でしか入手できないんです。
アメリカのシリコンバレーでは、ごく狭いエリアに世界トップクラスの企業が密集しています。その状況はますます過熱していて、地価もどんどん上がっています。
それでもなぜ人がシリコンバレーに集まるかというと、「そこでのリアルなつながりでしか取れない情報」があるからなんですよ。
孫正義さんも三木谷浩史さんも1年の多くの時間をそこで過ごすと言われていますが、もしそうなら、それはその情報を取りに行かれている部分が大きいのだろうと思います。
そういう場所では、一緒に食事をしながら話したりして、長い時間をかけて信頼関係を築いていく必要があります。
そうやって強い結びつきを作っていかないと、本当に大事な情報は得られないんです。だから、強い人脈と弱い人脈というのは両方必要なんですよ。
ただ、その目的とメカニズムが違うのです。
表に出ていない重要な情報を得るためには強いつながりを作る必要があるし、新しい発想をしたり幅広い知識を得たりするためには弱いつながりが必要なんです。

果たして、「つながり」を可視化するメリットとは?

ただ、弱いつながりは放っておくと見えなくなってしまうんです。でも、Sansanを使えばそれが消えないんですよね。その点にすごく価値があると思います。
名刺交換をしているということは、最初に一度リアルで会っているということじゃないですか。それが決定的に大きいんですよ。これまでは、1回会って名刺交換しただけの人脈はそのままなくなっていたわけですよね。
また、可視化することで「人脈の棚卸し」ができるのも、面白いと思います。1年に1回くらい、今までの仕事を振り返ってみたりすることってあるじゃないですか。でも、よく考えてみたら、「人脈を振り返る」って作業はあまりしないですよね。
でも、Sansanを使えばネットワークの広がりを時系列で見ていって、どういう業界のどういう企業の人とつながっているのか、というのを改めて組織全体で振り返ることができるのは面白いです。
さらに言うと、つながっているところが分かるということは、それを通じて「つながっていないところ」も見えてくるわけですよね。
僕に言わせると、そちらの方が重要だと思います。そこが本当はこれから、弱いつながりを作ったり、ストラクチュアル・ホールを作って、新たなビジネスチャンスになるところでもあるわけですから。
そういうことが個人レベルでも会社レベルでも見えるようになるというのは、すごく面白いことだと思いますね。
(構成:ラリー遠田 撮影:尾藤能暢 デザイン:砂田優花 編集:奈良岡崇子)