【佐山展生✕澤井健造】沢井製薬の米USL社買収と、ジェネリック再編の未来とは

2018/3/28
ジェネリック医薬品のリーディングカンパニー、沢井製薬。私たちが知らない、ジェネリック医薬品の金額以外のメリット、そして沢井製薬の海外進出=アップシャー・スミス・ラボラトリーズ社(USL)の買収の意義とは? 大学院修了後、新薬の開発現場を経験した沢井製薬取締役専務執行役員の澤井健造氏と、数々のM&Aを成功に導いてきた佐山展生氏が、世界から認知されるジェネリック医薬品企業の実現という沢井製薬の挑戦、ジェネリック医薬品の未来について語り合う。

新薬とジェネリック医薬品。ビジネスの違いとは

──新薬の研究開発費では、ひとつの医薬品を生み出すのに多額の費用がかかり、まるで宝くじに当たるような確率と言われています。新薬(先発医薬品)の開発と、ジェネリック医薬品(後発医薬品)の開発。双方の違いについてお伺いします。
佐山 澤井健造さんは住友製薬(現・大日本住友製薬)を経て沢井製薬に入社し、ジェネリックの世界へ足を踏み込まれたとのことですが、新薬中心の大手製薬会社との違いに戸惑いはありましたか?
澤井 同じ医薬品業界でも、ビジネスモデルがまったく違います。特にジェネリックの場合、開発から上市までのプロセスが新薬のそれと比べると非常に短く、意思決定の速さが各段に違います。
佐山 新薬の開発は、結構リスクの高いビジネスだと思いますが、実際はどうでしょう。
澤井 おっしゃるとおりです。最初に、膨大な対象からスクリーニングし、化合物の絞り込みを行います。
効率優先で早いステージでふるい分けを行いたいのですが、ある程度前進してからの中止は大きな痛手になります。
佐山 効能が確認されているジェネリックの価値は、選ばれるかどうかですよね。私は、薬局で「ジェネリックにしますか?」と尋ねられると、安価なような気がして、必ず選ぶようにしています。
澤井 ジェネリックの価格は、先発品と比較すると、当社製品のみの加重平均で約46%です。
ちなみに、アメリカではジェネリックの普及率が90%以上ですが、日本は近年急激に普及しているとはいえ、まだ70%に届きません。※対談当時
少なからず、医療関係者の間で敬遠されてきた歴史が影響しています。ジェネリックは、かつてドクターに「ゾロ薬」と呼ばれていました。あとからゾロゾロ出てくるから、と。
佐山 えっ、そんなに安いんですか? 知りませんでした。なるほど、そういう苦い時代を乗り越えてこられたのですね。
澤井 手前味噌ですが、当社の会長がジェネリックは「日本にとって必要になる」という強い信念を抱き、啓発活動に力を入れてきました。
「なによりも患者さんのために」というのは私どもの企業理念なのですが、ジェネリックは患者さんのために役に立つものであるという意義があります。
また、日本においては、高齢化の進行に伴って膨らむ医療費の削減が喫緊の課題となり、ジェネリックの普及が進みつつありますが、諸外国と比べるとまだ普及率には伸びしろが残っています。
佐山 先発品の半額以下の価格なのに、他の国と比べてジェネリックの置き換え率が進んでいない理由は何ですか?
澤井 日本とアメリカでは医療保険制度が違います。日本では、国民皆保険制度が整備されており、必ず何かしらの公的医療保険に加入しています。
一方、アメリカでは個人で民間保険に加入することが主流です。保障内容や保険を適用できる医療機関が、加入する保険によって異なります。
そこでは、保険会社のフォーミュラリーに登録されたジェネリックを使用しなければ保険が適用されません。
佐山 ジェネリックを使うインセンティブが違うということですね。
澤井 そうですね。「加入している保険で適用されないブランド品(先発医薬品)は自腹で払いなさい」というのがアメリカです。

ジェネリックの安全性の確立

佐山 沢井製薬は、国内のジェネリックメーカーで約14%のトップシェアです。業界内をどのように分析されていますか。
澤井 ジェネリックは、新薬と比べると市場参入のハードルが低い分、異業種の企業、海外製薬会社、新薬メーカーなど競合が増え続けています。
沢井製薬の強みは「製剤技術力」「安定供給力」「特許調査・訴訟対応力」の3点に集約されます。
多くのプレーヤーがいる市場で一番手上市を目指しており、先発品の有効成分に係る基本特許以外の特許をいかに回避できるかがアドバンテージを築く礎となります。
当然、医薬品ですから、先発品と同等であるというデータを示し、厚生労働省から承認を得られないと発売できません。
例えば、血中における有効成分の濃度の推移が先発品と同じように推移するかを確かめる試験など、厚生労働省で決められたさまざまな試験をクリアしています。
佐山 ジェネリックのすべてが、国で決められた審査を受けているとは知りませんでした。審査や承認が得られるまでに、どのくらいの時間がかかりますか。
澤井 製品によって異なりますが、製剤の検討から臨床の同等性試験のデータを出し、申請するまでに2~3年。その後、厚生労働省の審査が1年ぐらいかかります。

ジェネリックに託された責任

佐山 なるほど。ジェネリックのイメージが変わりました。まず、沢井製薬の製品では先発品の半額以下という価格。それから、発売までに3年ほどかかること。
ジェネリックには社会的使命を感じますね。
澤井 ジェネリックは後から出す薬ですから、先発品に付加価値をつけて出すことができます。
例えば、高齢者の方が飲みにくいと感じていたら、小型化したり。お子さまが苦すぎて飲みづらいとなれば、コーティングやフレーバーをつけて飲みやすくなるように工夫します。
最近では、OD錠と呼ばれる水なしでも飲める薬の需要も高まっています。
佐山 なるほど、患者さんの声に耳を傾け、さまざまな工夫を重ねているんですね。
澤井 ありがとうございます。ただ、日本では競合も多く、カスタマー(医療関係者、患者さん)が求めるレベルも海外と比べると「芸術品」と呼ばれるほど、非常に高い品質を維持するというビジネスの厳しい一面もあります。
もっとも厳しいのは、薬の価格を自由に決められないことです。
佐山 どうして自由価格ではないのですか?
澤井 日本では国民皆保険が制度化され、国や地方自治体が公費を投入しています。
そのため、保険が適用されるすべての薬は、国民が支払う値段を国が決めています。
公的医療保険の枠の中で、全国どこでも同じ成分のジェネリックは同じ価格という決まりになっています。
たとえどれだけ付加価値のついた製剤であっても、設定できる価格には上限があるわけです。
なおかつ、2年に1度、必ず薬価改定が実施され販売価格が見直されます。
その場合、薬価が高くなることはありません。ジェネリックの場合、最近の傾向ですが、当社を含む大手専業3社の平均で10~15%ほど引き下げとなります。

ジェネリック大国、アメリカへ進出

──ジェネリック医薬品の国内トップシェアの沢井製薬は、2017年5月に、アップシャー・スミス・ラボラトリーズ社(USL)を買収し、世界最大のジェネリック市場であるアメリカに進出しました。M&Aによる成功の秘訣はどこにあるのでしょうか?
佐山 日本国内でシェア第1位を維持されてきた実績を生かし、新たな舞台をアメリカに築こうとされています。アメリカ市場への期待はありますか?
澤井 沢井製薬は、製剤技術、特許に関するノウハウや経験が強みです。アメリカの自由価格市場の下で競争できるのは魅力的ですね。
ジェネリックの役割である患者さんへの思いという付加価値が、正当に評価されると期待しています。
アップシャー・スミス・ラボラトリーズ社(USL)(写真提供:沢井製薬)
佐山 USLの買収は、どのような経緯でしたか?
澤井 USLに関しては、アメリカのアドバイザリー会社に知り合いができ、その人を経由してUSLの創業家の方と引き合わせてもらいました。
佐山 オーナー企業に投資する難しさは、経営の柱である創業家が売却後に経営から抜けることです。私も経営体制の構築で苦戦する例を多く見てきました。
澤井 経営の基盤となる人材の確保は慎重にならざるを得ませんでした。
幸いにも創業家との話し合いが十分にでき、地元では100年ほどの歴史ある企業で、社員からも家族のように愛されていました。
当社の歴史にも通じる部分もあり、経営体制をそのまま維持できる状態で譲り受けることができました。
佐山 国境を超えたカルチャーですね。
澤井 はい。社員全員に残ってもらい、今のままの状態で維持したいと考えていました。
さらに、当社が培ったノウハウをプラスし、経営基盤のシナジー効果にチャレンジしたいと話したときに深く共鳴し、共感し合えたと思います。

日本とアメリカで異なる人事評価

佐山 USLのプレジデントというかCEOは、創業家以外の人がされているのですか?
澤井 はい、そうです。他社を含めて経営幹部としての経験が20年以上ある方です。
澤井氏とUSL社長のRusty氏(写真提供:沢井製薬)
佐山 それは、いいですね。経営体制も維持できるので理想的です。澤井さんもUSLへ行かれるのですか?
澤井 今は、日本とアメリカを行ったり来たりしています。月の半分はアメリカにいます。
向こうには600人ほどの従業員がいるのですが、皆さんの顔を見てあいさつをしたり、話を聞いたりすることはとても意義があることだと思っています。
本社と工場のあるミネソタと、コロラド州のデンバーにある工場にも直接足を運び、製品の肝となる生産や研究開発の現場を肌で感じながらコミュニケーションをとるようにしています。
佐山 日本の企業とアメリカの企業。経営の違いはありますか。
澤井 職場での人間関係はドライかなと思っていたのですが、USLの社員はフレンドリーに接してくれるので、印象が大きく変わりました。
また、ロイヤルティーを大事にするというメンタルも思いのほか強いことを知りました。
人という点で違うなと感じたのは、人事評価ですね。
佐山 やはりそうですか。アメリカでは一般にジョブ・ディスクリプション(職務記述書)で、一人ひとりの業務内容が明文化されています。
澤井 そうですね。まず、日本の場合、期待値を込めて本人が努力すれば届きそうなちょっと高めの目標を設定することが多いじゃないですか。
業務評価も、結果だけではなく、そのプロセスも含めて行うことが多い。
アメリカでは、できること、できないことをはっきりさせ、自分の役割を果たせるのであれば、その間のプロセスは本人の裁量にある程度委ねられています。
その分、業務評価は厳格に行われ、報酬とも連動します。

第一印象がすべてを決める

佐山 経営陣の報酬も業績に連動しますよね。M&A成功の秘訣は、オーナーが去った後の経営です。
私の経験では、事前の面談で経営者としてうまくいくだろうなと思っても実際に成功する確率は、3人に1人。
京セラの稲盛和夫さんや日本電産の永守重信さんも、社長選びが一番難しいと言われていて、同じように、3人に1人しか当たらないと。
その点でも、今回の買収は本当に素晴らしいと思います。
澤井 ありがとうございます。後継の優れたCEOがいる間はいいのですが、常に次の後任候補も探しておかなければと思っています。
佐山さんはこれまで多くのM&Aの行く末も見てこられたと思いますが、後任の社長を選ぶ際に、絶対的な必須条件というのはあるのでしょうか。
佐山 まず当たらないのは、学歴です。次いで、当たりそうで当たらないのが、実は経歴です。どこかしこの社長を歴任したと聞いても、うまくやっていたかどうかわかりません。
これまでの経験で、一番当たるのは「第一印象」です。
澤井 第一印象ですか。
佐山 第一印象が、一番外れないです。顔を見た瞬間に醸し出される雰囲気とエネルギーです。
自分の顔って、実は、自分が一番見てないんです。無自覚だからこそ、内面が出やすい。
これは経営者として、というより人間としての直観ですね。アメリカ人に対しても同じだと思います。「この人、いけそうやな」っていう。そういう感覚が一番当たります。

結局、企業は「人」である

佐山 たとえばJTさんは、海外の大きな買収をあちらこちらでされて、うまくいっています。会長をされていた木村宏さんは、現地の幹部との飲み会が大事だと言っておられました。
どれだけ経営者が自分の会社のことを意識し考えているかが肝心だと思います。
今、私の頭の中の95%は、スカイマークのことを考えています。2015年1月、民事再生を申し立てした当時のスカイマークは搭乗率55%のどん底でした。
2015年9月にそれを引き継ぎ2年半が過ぎますが、初めて事業会社の経営に深く関与し、実践の中で「経営とはどうあるべきか」を学んでいます。
大切なのは、現場の人へ私が何を考えていて、いつも何をやっているのかを発信することだと思っています。
毎週、全社員のみなさんに、写真入りで前の週の報告をしているので、今では、どこの空港支店に行っても、社員のみなさんから気軽に「こんにちは」と声を掛けられます。
澤井さんも、経営者の考えを社員にどんどん発信されるといいですね。
澤井 USLの今のCEOも、毎月、全社員に向けて、「今月は、沢井でこんなことがあったよ」というニュースを作成し、全社員に送ってくれています。
そういう細かな気配りが社員から信頼され、人柄にも出ていると思います。
このことは、想像と違いました。アメリカはもっと「個人ファースト」だと思っていましたから。
佐山 要するに、企業は「人」です。日本もアメリカも同じだと思います。
澤井 買収した日──「Day one」に、USLがどうなってほしいのかメッセージが欲しいと言われました。
皆の前でスピーチしたのですが、未来の目標を共有し、一丸となって向かっていく心意気をUSLの社員も大事にしていることに感動しました。
佐山 やはり気持ちが一番大事ですね。結局、一生懸命な人が勝ちますよ。澤井さんを見ていてそう感じました。それに、現場を大切にしてまったく偉そうにされていない。
偉そうにされないというのは、今に満足せず、もっともっと上を目指しているという証拠です。
アメリカを起点に、ジェネリックのイノベーションに挑み続けるポテンシャルを感じます。期待しています。
澤井 期待に応えられるようがんばります。ありがとうございます。
(編集:奈良岡崇子 構成:浅井公仁 撮影:合田慎二 デザイン:九喜洋介)