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日本の教育水準の低下が最近いろいろなところで言及されています。それはそもそも日本の教育を規定する教育基本法に問題があるのではないでしょうか。

教育基本法の第1条はこう書いてあります。「第一条 教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」

つまり、国家のために役立つ人間をつくることが目的の一番地に書いてあります。国全体としてある一定の水準を上げるという意味においては役立った側面である一方で、今の時代、改めて何のために教育をするのかを考え直さないといけないのかもしれないですね。
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武士の教育レベルが高かったのも事実でしょうが、それよりも市民層の教育レベルの高さが近代化の基盤になったのではと思います。
江戸時代は権力や武力こそ武士層に集中していましたが、こと知識・教養に関してはオープンで、識字率の高さは当時の世界水準より遥か上のはずです。

歴史上どこの国でも、だいたい知識というのは寺社・教会などの宗教が中心となり発達しましたが、宗教というのは権力者の喜捨によって成り立つので、権力者が知の恩恵を占有するのは当然ですね。
西洋では活版印刷により知識が民衆化されましたが、日本の江戸では「寺子屋」という独自の教育システムによって市民層まで教育を行き渡らせていました。

明治維新後の急速な発展は、リーダーとなったトップ層(要は薩摩武士ですが)の教育レベルもそうですが、社会の大半を占める市民層の教育素養がもともと高い水準にあったことが第一の理由ではないかと私は思います。
知識エリートってなんだ。
知識しかないエリートのことか、「知識界(なんだそれ)」のエリートなのか。

掟を命よりも重視させることで、兵隊アリのように自分の生死よりもコミュニティの存続を優先させ、切腹の仕方を教える教育かは、いったたい現代は何を学べばよいのだろう。

周辺の藩や幕府がライバルだった時代と、国家レベルで安全保障のしのぎを削っている現代とでは、前提となるものが違いすぎますよね。
武士の教育に重点が置かれているようですが、町民には寺子屋がありました。

識字率が高かったのには、寺子屋も大いに貢献していたことでしょう。
識字率の高さが資産となって、その後の日本の発展が可能になったと言われています。
しかし、長州戦争、戊辰戦争において百姓や下級武士からなる「奇兵隊」に敗北をきしています。戦術や武器の問題もあったのでしょうが、こうした教育が秩序維持には役立ったが混乱期にはむしろ足かせとなったであろうことは想像に難くないです。
「郷中で重視されたのは、知識の修得ではない。仲間の団結、長幼順の遵守、武芸の上達、命を捨てる覚悟、そして人間としての潔さであった…」

現代は教育は勉強、そして受験の為というスパイラルへ陥ってしまった感がある。
教育とは人財育成なのでその時代によって違うのですね。
江戸時代に求められたことと今は違いますが、しっかりとした目的が必要だということです。
記事にある通り、中央集権的にやるよりも細分化して教育していくほうが良いと思います。
これからは多様化する価値観に合わせて、それぞれが自分に合った教育を選択できるようになれば良いと思いました。
うーん、地方分権したからといって教育が変わるとは思えないし、教える側の人材不足なので逆効果になる気がする……。
最近この時代の勉強をしてるけど、これは別に教育水準が高くて日本スゲー!て話じゃなくて、単純に日本統一されたから武士のやることが無くなり、限られた石高の中で財源をやりくりする必要が出てきたからだけだと思う。
まあそのおかげで数学とかが発達したんだけどね。
みんな江戸に集まってきたせいで農民が足りなくなって法令で田舎に戻そうとしてたり、今の地方創生みたいなことにもなってて面白いですね。
面白い!、し国がマスタープランを立てて、それを地方に下ろしていく制度の一番の問題は、それを現場で実践する教師がカリキュラムユーザーにしかなれない、ということ。マスタープランありきで、如何に上手く効果的にそれを具現化できるかに注力し、しかもその時に主たる教材である教科書を使わなければならない制約が、学校現場が大きく時代と乖離する原因となっている。
超情報化社会を主体的に生きる子どもたちを育むには、マスタープランの作成、そしてその実践を地方に委ねれば良い。色んな問題も生じるだろうが、今の文科省が指導要領改訂のために10年も時間を要さないとできないことを考えれば、地方の叡智に期待する方が、よほど現実的。
現・鹿児島市加治屋町にあった郷中から、西郷隆盛、東郷平八郎、大山巌、大久保利通、山本権兵衛などの著名人が輩出されたことは、有名な話です。

なお、海外では、ごく限られた「エリート」を若いうちに選抜し、特別な教育を受けさせるところがあります。上海市内にも、そのような機関がありました。