グーグル「Lunar XPRIZE」は終了

グーグルは2018年1月、民間チームによる月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」を終了すると発表した。どのチームも、2018年3月31日の期限までにミッションを達成できないことがわかったためだ。
しかし、少なくともイスラエル、日本、アメリカの3チームは月面探査を諦めておらず、レースの優勝賞金2000万ドルが手に入らなくてもミッションを継続すると述べている。
イスラエルのチーム「スペースIL(SpaceIL)」のプログラム・ディレクター、イガル・ハレルは「私たちは全力でミッションを継続している」と語った。同チームは年内の月面軟着陸を目指している。
Lunar XPRIZEが始まった2007年当時、月面探査への関心は低かった。1970年代以降、月面着陸を成功させた国はなく、本気で実現を目指す企業もなかった。
ところがLunar XPRIZEが始まると、意図した効果が現れてきた。グーグルの賞金を獲得できるようなチームが台頭することはなかったものの、月面探査を目指す家内工業的ビジネスが続々と現れたのだ。
調査会社CBインサイツ(CB Insights)によると、宇宙開発スタートアップへのベンチャーキャピタルの投資総額は2017年、28億ドルという記録的な額に達したという。

月が手の届く場所になった理由

月が以前よりも手の届きそうな場所になっている理由の1つは、地球の重力圏をかなり安い費用で脱出できるようになってきた点だ。
イーロン・マスク率いるスペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ(通称スペースX)などの民間打ち上げサービス企業のおかげで、10年前と比べると10分の1の費用で人工衛星を軌道に乗せられるようになった。
スペースXは2018年2月7日、満員の乗客乗員と最大量の貨物を載せたジャンボジェット機を持ち上げられる推力を持つロケットの打ち上げにも成功した。
月面に最初にたどり着く可能性が一番高いのは、NPO組織のスペースILだ。彼らがその離れ業をやってのけようとしているのは主に、それが可能であることを証明するためである。
イスラエル宇宙局からの資金援助と、カジノ業界の大物である億万長者シェルドン・アデルソンからの資金援助を受けており、2018年末までにスペースXのロケット「ファルコン9」に探査機を同乗させてもらう予定だ。
Lunar XPRIZEのレースに参加したほかのチームは、月面インフラストラクチャーを建設し、月への貨物輸送や月面での鉱物資源採取を行うといったビジネスチャンスを思い描いている。
衛星画像などから、月の極地方の永久影になったクレーターに、凍りついた巨大な湖が存在するという推測が行われている。もしそれが正しければ、貴重な資源になるかもしれない。
ただし営利事業となると、時代遅れで不明瞭な国際協定という問題が立ちはだかる。そうした協定は、宇宙における私有財産をどう扱うべきかという問題に対処していない。

政府の宇宙機関が重要な顧客に

一方、さまざまな国が、久しぶりに月へと目を向けている。
ドナルド・トランプ米大統領は、航空宇宙局(NASA)の月ミッションのために9億ドル近くの新たな財源を要望。その一部は、2020年半ばまでに月の軌道上に宇宙ステーションを建設することにも充てられる。
中国は、未踏の地である月の裏側に無人探査機を年内に着地させる計画を進めている。月の裏側には地球からの電波信号は届かない。
調査コンサルタント企業ノーザン・スカイ・リサーチ(Northern Sky Research)のアナリスト、キャロライン・ベルは、民間宇宙探査企業にとっては政府の宇宙機関が重要な顧客となるのではないかと話す。とくに「大規模な潜在顧客基盤がない」初期において、そうなる可能性があるという。
Lunar XPRIZE後もプロジェクトを継続すると述べたあと2つのグループ、ペンシルベニア州ピッツバーグを本拠地とするアストロボティック・テクノロジー(Astrobotic Technology)と、東京を本拠地とする「HAKUTO」チームの運営を行うアイスペース(ispace)はともに「月のフェデックス」を目指している。いずれは、科学装置や商品の月輸送を手がけて利益を得る計画だ。
スタートアップのアイスペースは2017年12月、自動車メーカーのスズキや通信会社KDDIをはじめとする投資家から101.5億円の資金を調達した。月着陸船を月周回軌道に投入するテストを2019年に行い、2020年には探査ローバーを軟着陸させる予定だ。
アイスペースが独自開発した月面探査ローバー「SORATO」は4輪車で、車輪から一定間隔で並んだパドルが突き出ている。昔ながらの蒸気船に使われている水車のようなその車輪が、粒子の細かい月面の砂をかき分ける仕組みだ。
上部に取りつけられた全方位カメラは、40年以上も前にアポロ計画でNASAが使用したものと比べて100万倍近い精密さを誇る画像を撮影できる。
アイスペースの創業者でもある袴田武史CEOは「土地の争奪戦のような事態がまもなく起こる」と語る。「早い者勝ちになるだろう」

「月への輸送貨物に広範な国際市場」

アイスペースのライバルであるアストロボティックは、建設・鉱業用機械を製造するキャタピラーとアルミメーカーのアルコアと提携しており、2020年に初の打ち上げを予定している。
同社の月着陸船「ペレグリン(Peregrine)」は4本の足がついた卓球台ほどの大きさのプラットフォームで、ペイロード(積載可能量)は35kgだ。同社は、ペレグリンで月へ輸送する貨物の料金は1kgあたり約120万ドルになると予想している。
アストロボティックによれば、現時点で手付金を払った顧客が数社あるという。輸送が希望されている貨物には、メキシコ宇宙庁の科学機器や高解像度データを地球に返送信するためのレーザー通信ターミナル、ポカリスエットの缶のような形をしたタイムカプセルなどが含まれている。
アストロボティックのジョン・ソーントンCEOは「月への輸送貨物に関しては広範な国際市場があることがわかっている」と語る。「人々は宇宙の経済価値を理解しつつある」
しかし、ロッキード・マーティンの有人宇宙飛行計画の責任者ロブ・チェンバースは、水の発見こそ、月でのゴールドラッシュを引き起こすきっかけになるだろうと話す。
地球の重力を脱出するにはかなりの推力が必要だ。そのための燃料は、現在のロケット重量の90%近くを占め(エンジニアたちがそれを説明するため使う数式は、ツィオルコフスキーの公式と呼ばれている)、有人宇宙飛行の距離を延ばす上で大きなネックとなっている。
しかし、もし月において水とそこに閉じ込められた水素エネルギーが発見されれば、このネックが解消されるかもしれない。地球の天然衛星である月を、火星やさらにその先に向かう途中の補給ステーションに変えることができるからだ。
「月の経済を推進させる決定的要素は何かと問われれば、それは水だと言って間違いない」とチェンバースは語った。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Pavel Alpeyev記者、翻訳:遠藤康子/ガリレオ、写真:homegrowngraphics/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.