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神道は、明治以降は世襲による継承が改められて、現在は、大学卒業(国学院と皇學館)と資格取得による就業という制度が整えられています。つまり、誰でも神職につけるようになりました。女性にも開かれています。
外国人で神職につきたい人が出てくるというのは、世俗化が進み多文化の探求を奨励してきた欧米人ならではでしょう。宗教が極めて重要な意味を持っているアジア、アフリカ、中東の出身者だと、親族と断絶することになるし、そういう好奇心をもつ人間もあまり出てこないでしょう。
ただ、外国人が神道に参画する、少なくとも関心をもつ、というのは、日本が多民族多宗教の社会になるならば、重要なことです。多宗教が共存する社会といっても、互いに全く無関心であったり、敵視するようでは、日本の場合、持続は難しいでしょう。

神道は、実のところ、中国の道教、特に民間で行われてきた道教から大きな影響を受けています。陰陽道などを通して、世界観や祭祀儀礼のあり方でも大きな影響を受けています。
道教、仏教、儒教を元が同じし(天道)で相補うものととらえ、社会の基礎に据える、というのも中国では伝統的に有力な発想です。日本における神仏習合もこれに類似したものでしょう。
日本社会で多民族化が進むうえで、宗教はどうでもかまわない、というわけには実際はいきません。「無宗教」の人々だけが日本にやって来るということもないでしょう。日本人の多数が受け入れがたい宗教もあれば、日本社会の現状を受け入れない宗教もあります。
日本社会で多民族化が進むのならば、実際には、北東アジア、中国、台湾、朝鮮半島にルーツをもつ人々が主になるでしょう。神道や仏教の氏子や檀家になるかはともかく、日本の神道や仏教について外国人が理解しやすい、というのは、少なからず有意義なことになると思われます。
このシリーズ、素晴らしすぎる。NP史上ベストと言っても過言ではない。今回も必読記事。日本や外国がどうこうではなく、個人の夢と情熱にフォーカスしているのが凄くいい。この神主さんは夢が日本にあったから日本に来た。僕は夢がアメリカにあったから日本を出た。そこに本質的違いはない。

それと、この下り、いろんな示唆に富んでいる。

>「神道は『天地悠久の大道である』と言います。いつまでも続く、限りの無い、大きな道だということです。その道の途中、例えば戦後には多くの神主が戦死し、誰がお宮を守るのかと議論になりました。

それまで女性は神主になれなったのですが、お宮を守るために女性にも資格を出すようになりました。それが女子神職です。
それなら、神主は絶対に日本人じゃなきゃいけないか? 神様を正しくお祀りさえできれば、外国人でもいいじゃないかと。もし外国人はダメだと言ってしまったら、限りがないはずの道に限界を作ることになる。外国人が神主になれないというのは日本らしくないと言ってくれました」

【追記】著者の川内さんの「稀人ハンター」という肩書きが気になるぞ笑 どうやってこんな面白い人を見つけるんやろ?

このシリーズ書籍化してほしい!絶対買う。
NewsPicks Booksさ〜ん!!

【追記2】この名シリーズにふさわしいタイトルは、「日本で働く」よりも「日本で生きる」かも。
「私は、神道は宗教だと思っていません。神道は道であり、道は生きることそのもので、身をもって実践するしかないんですよ。しかも、具体的になにに向かっているかわからない。これぞというゴールがない。でも、ただ単に昔の人のまねをするだけなら意味がないから、進化していかなきゃいけない。そうして前向きに生きることによって新たな発見がある。今でもそれが面白いですね」(記事引用)

日本人のメンタリティの基底に「道」があるのは間違いない。ウィルチコ・フローリアンさんは、ご両親が「異国で自分たちとは異なる宗教の仕事に携わる息子に対して『やりたいことができてよかったね』と祝福してくれた」という。ひょっとしたら息子は「改宗」するのではなく、ただ自分の「道」を歩もうとしているのだと直感したのかもしれない。

東大寺を例に神仏習合のあり方も記事に出てくるが、ここにも日本的な「道」がある。如来(悟りを開いた仏陀)になるために修行をつづける菩薩は、自分だけ悟りを開けばよいとは思わない。苦しみの中にある衆生とともに生き、いっしょに歩み、いっしょに涙を流す。その歩みは、「ヒトの道」であり、「ホトケの道」であり、「カミの道」である。ここに生きとし生けるものの姿がある。
ウィルチコさんもその代表ですが、自分の好きなことを突き詰めて、思い切った挑戦をしているところが素敵です。思いがあふれだすと、自然と動きたくなる。「好き」にのめり込めることこそ、もっとも大事なことなのかもしれません。
神道は宗教ではなくて、道である。
確かにこう捉えた方が外国の方々にも説明しやすいかもしれない!

”私は、神道は宗教だと思っていません。神道は道であり、道は生きることそのもので、身をもって実践するしかないんですよ。”

ただ、今の日本人が神道を生活の中で実践し、豊かさに繋げられているか・・と考えるとできていない・・

自分たちが日本人として、どんな思想を大切にし、世界や子供達に伝えて行くのか。
ここと向き合うことが、日本独自の文化を形成するのだと思います。
世界的に見れば、信仰には国籍や民族は関係ありません。特定の集団だけがその宗教に入れるということではないのですから、彼が神主になるのも自然なことだと思います。

ただ「「私は、神道は宗教だと思っていません。神道は道であり、道は生きることそのもので、身をもって実践するしかないんですよ。」という言葉からは、彼が神道を「宗教」ではなく「文化」とか「社会風習」という文脈で捉えてる感じがします。だからこそ、すんなりと入っていけた。もしこれが「食生活に制限がある」とか「服装が厳格に決められている」といったような宗教だったら、果たしてどうだったでしょうか。

それと、記事の中で一つだけ彼が勘違いしていることがあります。
「宗教はメンバーシップみたいなもので、キリスト教徒だったらイスラム教徒にはなれない。」
クリスチャンからムスリムに改宗した人は世界中にたくさんいますよ。
宗教は確かにメンバーシップのようなところがありますが、どの宗教も信者が増えることには異論がないので、自分たちの仕来りに従うという人なら誰でもウェルカムなものです。彼が神道に入ったのだってそういうことでしょう?
しかしこの企画は面白いなぁ。
まずこういう人をこれだけ集めてくるだけでもなかなかできない仕事だ。
4、5才の頃見た写真が人生を変えるとなると、子供達には色んなものを見て欲しいなと改めて思います。何がその子にとってインパクトがあるのか、分からないからこそ思わぬ出会いがあるのかもしれません。何気ない一時が本人にとっては忘れられない記憶になることもあるのかもしれませんね。楽しいですね。

そしてウィルチコさんは覚えていないほど叱られて今があるとのこと。聡明なウィルチコさんからは想像できないですが、ご苦労があり、やめたいと思う時もありながらも、努力されたのですね。私も頑張らないといけないなと反省しました。

久居。今は市町村合併し津市ですが、昔は久居市でした。久居で外回りの仕事をしていたことがありますが、本当に皆さん優しくて笑顔が素敵な方が多い町だという印象がとても強いです。また町中を抜けると川と山が広がる綺麗な景色も楽しめて、まさに神様に長年守られた土地が明るい町を作っているのではないかと思うくらい。とても素敵な町です。
おもしろい!わたしも春日大社の権宮司、岡本彰さんの私塾で学ばせて頂いてますが、神道はとても深く、日本人に合っていると思います。
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「私は、神道は宗教だと思っていません。神道は道であり、道は生きることそのもので、身をもって実践するしかないんですよ。しかも、具体的になにに向かっているかわからない。これぞというゴールがない。でも、ただ単に昔の人のまねをするだけなら意味がないから、進化していかなきゃいけない。そうして前向きに生きることによって新たな発見がある。今でもそれが面白いですね」
良すぎた。。ちょいと涙出た。かくありたい。