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事業を経営していくうえでも、生まれ育った家庭と社会が非常に重要であると思わざるをえません。前回の英国出身で北海道のニセコで活動している人もそうでしたが、人と違っていたいとか孤独でいたいという発想にしても、ほとんどのアジアや中東、アフリカ諸国で育った人間なら思わないことです。社会や世界の問題に共感したり、その解決策を考えたり、目に入ったものを何でも観察して学問や経済と結びつけて考えることが習慣として自然にできる、というのは、育った中で得た知識と育った社会のもつ知識の体系によることです。
今回の記事の場合、家庭に恵まれていると思わざるをえません。特に、精華大学教授であったという祖父、科学技術を教えながら「自分は知識ではなく生き方を教えている」というのは、現代の世界のほとんどの大学教員には言えないことです。西洋の世界観と技術を受容しながら、儒教をはじめとする中国の文明の中に位置づけることができている、ということです。近現代で欧米以外にはほぼ中国にしかできなかったことで、ほとんどのアジアやアフリカ、中東の大学だと、せいぜい「生活の役に立つことを教えている」くらいしか言えないし、下手をすると「西洋渡来の金儲けの仕方を教えている」というのが本音のところです。金儲けに奔走する息子に、「知識がなければすぐに行き詰まる」と叱咤する父親というのも、ほとんどのアジアやアフリカ、中東の社会では現れません。中国で、すくなくとも読書人層にはそれだけ知識の価値が信じられているということです。

長期的に文明の興隆にものをいうのは、士大夫層や読書人の質と層の厚さであり、それさえあれば、GDPなど30年もあれば世界のトップに達しうる、と中国を見ていると思います。この点において、中国は圧倒的に世界で随一です(限られた人口での質の高さからいえば、ユダヤ人ですが)。
映画にできそうなスゴイ人生!

日本に戻ってきた理由が子どもを安心して育てられるから。中国には環境問題が。。というのはとても興味深いです。
日本社会の安心・安全は、日本にいると当たり前のように思ってしまいますが、ほかの国と比べるとおっそろしく価値があるよなぁとたしかに痛感します。
苦学して、ゴールドマンで十分稼いで、起業を繰り返して、新しいアイデアで挑戦する。
「なんのあてもなかったけど、僕は何をやっても生きていけるという自信がありましたから」
いいですねー
全ての人がなれる訳ではないが、こういうアグレッシブさと自分を信じる力は見習うべき。
ただ、実力と実績が伴わないと、単なる勘違いに終わりますが。。。
読んだ瞬間、おこがましいけど、自分が転職する時を思い出しました。転職する際、一番はじめに考えたことは僕は何に自分の人生を使うのか。ということ。そこだけは濃いものにしたいと思ったのを思い出した。
こういう方が日本に住んでくれるのは本当にありがたい
こういう強烈なハングリー精神を持っている人は今の日本では生まれにくくなってますよね。日本で言えば戦争後に育った世代なんでしょう。こういう人が大量に戦っている、中国の強さの一端が見える気がします
今シリコンバレーないし世界で最も有名な日本からのあの方、を思い出してしまいました!

孫正義さんが米国に留学されたことやシャープに自動翻訳機を売り込んだお話などと重なったり。そして孫泰蔵さん含め、皆さん物凄いバイタリティーとそして大きな社会的な夢をもたれていて、本当に凄いですね。

「平和ボケ」していると言われる日本、つまり大多数がcomfort zoneばかりを求めてしまっている日本ですが、どんどんこのような方が刺激となれば良いですね!

最後に、ここでもまた自分が母親だからか、「子どもは勉強ではなく遊びが大切だ」というお祖父様の教育方針にも着目してしまいました。
孫家も、「学校の先生の言うことを信じるな」と言われてお育ちになったそうで。

やっぱり画一的な日本の教育を真剣に考えなくては、と思わされました。
反日・反中で国家同士が争い離れれば離れるほど、その水面下では、社内の亀裂に「橋をかけるべく」、ドン・ルー氏のような起業家が活躍している。こうした中日で手がけられるビジネスチャンスは、もう無限だといってもいい。
単なる立身出世とか、個人的な金銭欲ではない部分が、この方のバイタリティや行動の原動力になっているのが素晴らしい。「欲しいものは自分で作る!」と言うのは、誰かが与えてくれることに慣れきってしまった私たち日本人には久しくなくなってしまったメンタリティだなあ、とつくづく思います。
中国に住んでいたとき、いつも彼らのハングリーさに驚かされていました。記事で取り上げられている董さんほどの方はなかなかいないとしても、少しでも良い待遇を求めて故郷を出、技術を身につけ、自ら商売をしようとする。格差が大きいからこそ、日本にはない世界がそこにあると感じていました。