なぜ、北海道日本ハムファイターズは"新しいまちづくり"を企むのか

2018/3/26
昨年、過去最高となる年間208万人の観客動員数を記録するなど、多くのファンを集め成長を続ける北海道日本ハムファイターズ。彼らが現在の本拠地・札幌ドームに代わる新たなホームグラウンドとなる新球場構想を発表し、注目を浴びている。その名は"ボールパーク構想"。目指すのは単なる球場移転ではなく、アジアNo.1のライブ・エンターテインメントタウンの創造だ。この壮大な構想の裏側にはどんな思いがあるのか? 計画の中心人物、前沢賢氏を訪ねた。

「入場料は要らない」その理由

──2023年の完成に向けて取り組む、ボールパーク構想のポイントは?
前沢:まずひとつは試合の有無に関わらずいつでも来られて、誰もが楽しめる場所を作ること。
もうひとつは、少子高齢化が進む日本において、この問題がもっとも進行している北海道エリアだからこそ、将来を担う子どもたちがよい体験をできる"北海道のシンボル"となる空間を創造すること。これは大人としての使命だと考えています。
──具体的にはどんなスタジアムになりますか?
たとえば、私は入場券って要らないと思っているんです。球場の外に大きなモニターがあって、試合を無料で立ち見する人がいてもいい。そうしたことが実現できるスタジアムに向けて挑戦したい。
──"タダ見"ができる野球場ですか。
野球ファンになってくれる方を年代でみると、大体10歳と35歳前後。つまり、子どもたちがきっかけなんです。だからこそ、親子でふらっと立ち寄って、快適に過ごせる空間を作りたい。
子連れで気軽に行ける場所のひとつに郊外のショッピングセンターがあります。そこって入場料は要らないですよね。
イベントスペースで無料のショーを見たり、フードコートで食事をしたり、楽しみ方がたくさんある。新球場もそんな場所でいい。
私はスタジアムは子どもが親の目から離れても自由に歩き回れるような場所であるべきだと思っています。
"野球を見てください"と押し付けるより、誰もが安心して集まれる環境を整え、訪れた方がスポーツのすばらしさを感じ、また来てくれる。そのほうが可能性も広がると考えています。

目指すは野球特化の最適なスタジアム

──他方、この計画は「お金を払ってでも見たい」と感じる最高の球場を作るという自負があってのことでしょうか。
はい。スタンドにはもちろんこだわりますよ。座っていただいて、はじめてお金をいただけると思っているので、その座席がチープだと新球場を作る意味が半減してしまいます。
まず、どうすれば野球が見やすいかを徹底的に追求します。3万5000席すべてがもっともフィールドから近い状態になるのはどんな構造か。今ここに30球団のスタジアム図がありますが、一つひとつを研究しています。
ただ、スタンドに来てくれるお客様は、純粋に野球が見たい方、熱狂的に応援したい方、仲間でしゃべりながら楽しみたい方、ニーズはそれぞれです。
「あそこに座りたい」「あの部屋に行きたい」と思ってもらえる座席のバリエーションが多数必要だと考えていますが、残念ながら日本のスタンドは一辺倒なものが多い。
これは一例ですが、ピンクでハートの可愛らしい椅子があるとか、遊具がたくさんあって子どもが泣いても安心な席とか。新球場には、そういったものをたくさん埋め込んでいきたい。
また基本的な点ですが、人間って狭い場所に密集していると精神が削られて殺伐としてきますよね。左右の座席がぴったりくっついていて、パーソナルエリアが侵害されている状態で3時間以上も試合を見るのはやはりストレスです。
いかに、ゆったりとしたスペースを生み出すか。そういった部分もしっかり考えていきたい。
お子さんを抱えたお母さんや高齢者の方が、急勾配のスタンドや混雑した球場内を歩き回るのは大変なので、入退場ゲートやトイレ、売店などから座席への動線も最適な状態を作り上げたいと思います。

手作業で"立体的"に考える

──細かな点まで考え抜く、前沢さんの発想はどこから生まれているのでしょうか。
これをお伝えすると気持ち悪いと感じられるかもしれませんが……、実はよく粘土を使って実際にスタンドを作ってみるんです(笑)。
図面をパソコンで見たり、絵に描いたりするだけではわからないことがたくさんある。それを立体にして毎日考えていると、気づいていなかった新しいことが見えてくる。「ここは、もっと高さが必要だ」「この動線はダメだ」、そんなことの積み重ねです。
──ボールパークのイメージ図を見ると、スタジアムだけでなく、ショッピングセンターや保育園、温泉、マンションなどもあり、壮大なまちづくりの様相です。
昔は野球を見たい3万人が入れる「箱」があれば十分だったのですが、我々はそれでよいとは思いません。5ヘクタール程度の土地さえあれば球場は建ちますが、より大きく広く取った上で全体の最適な配置を考えていきたい。
また、重要なのは拡張性。2023年の球場完成はあくまでも通過点で、最初から100点を取らなくてもいい。まずは60、70点でスタートし、その後も成長し続けるボールパークの未来を描いています。
たかが野球、たかがスポーツかもしれないですが、どうすれば私たちが地域に貢献できるのか。これもひとつの新しいチャレンジです。

最新テクノロジーにも注視

──多くの人が集まると活気が生まれる一方で、混雑や迷子など問題も多く起こります。
交通手段など自治体との連携が必要なインフラの部分と、我々がソフトで解決しなければならない部分があります。
球場は動線を考えてから設計すべきだと考えているので、ゼネコンや設計会社さんとお話ししている資料にも細かく指定をしています。
加えて、来場者の方にいかに高揚感を感じながら球場に入っていただけるかという部分も重要です。
たとえば、帰宅時にマンションの下から自宅を見ると閉じられたカーテンに明かりが透けて奥さんや子供の影が映ることがあるじゃないですか。あれってすごく幸せな光景だと思うんです。
同じような考え方で、歩いていると急に高い壁が現れる閉鎖的なスタジアムではなく、周りの景観と調和する開かれた場所にしたいと考えています。
──ソフト面での取り組みは?
札幌ドームでは現在もどこからでも入退場できるようにしていますが、一般的なスタジアムではチケットによってゲートが指定されています。それは不便ですし、ゲートを探すのも一苦労です。
たとえば、テクノロジーを使って混雑状況をリアルタイムに把握し、お客様を誘導することを検討しています。現在地からの最短距離だけでなく、「ライト側に座るのであれば、ここからも行けますよ」「今、このゲートは混んでいるので、違うルートがおすすめですよ」と、3つくらい提案できる仕組みを作りたい。
ただ、入退場ゲートを多く設けるとチェックの手間が増えます。セキュリティは当然重要ですが、運営側は人の配置が必要になるし、お客様はゲートをくぐるために行列に並ばなければいけなくなる。
また、迷子の対応や場内の案内について現在は誘導員やボランティアなど500名ほどのスタッフを配置し、アナログで対応していますが、今後は進化した最新技術をどんどん取り入れていきたいですね。

球場は一番安全な場所でありたい

──前沢さんはベイスターズ時代からさまざまな事業構築に成功されています。その考え方の基本は?
前年と同じことを行うのは簡単ですが、やり続けるとどんどん陳腐化する。新しいチャレンジをすることが組織として極めて重要です。
また、私は根本的には性善説で事業運営すべきと思っています。理想論かもしれませんが、ボールパークも善意が善意を呼ぶ空間にしたい。お金が儲かること以上に、こういったことが大切です。
エンターテインメントって感動を生むものじゃないですか。
混み合ったゲートから、子どもを押しのけて大人が走っていく光景は誰も見たくない。観戦を楽しもうとしている人の出鼻をくじいてしまうし、その後、どんな劇的な勝利を見ても興ざめしてしまう。
かたや、スタンドに飛んできたファウルボールを捕った大人が近くの子に手渡すシーンに立ち会うと心が和む。
球場は誰にとっても、一番安全な場所でありたい。善意が連鎖する仕組みと、それを邪魔しないハード・ソフトの設計が共に必要だと考えています。

成功のカギは「共同創造空間」の創造

──2020年の大イベントに向けスポーツへの注目も高まっていますが、国際的な競争力を築くために意識していることは?
まず重要なのは2020年をピークにしないこと。ここを弾みとし、それ以降のスポーツ界や日本がどう上がっていくのか。
海外のお客様に、「また、日本に来たい」「次は違う場所に行きたい」と思ってもらうために何をするか。我々も2020年を見据え、さまざまな計画を立てています。
また、我々は"アジアNo. 1"のボールパークを目指していますが、ここで重要なのは、純血主義ではなく多様性を受け入れ、みなさんと共に作る事業モデルです。
国内外を問わず、「この球場を作ったのは私です」と言ってくれる仲間をどれだけ増やせるか。アメリカの片田舎にいる人が「実は日本の北海道にある球場の一部は俺が作ったんだぞ」と仲間に自慢するような状況。
これを私は「共同創造空間」と呼んでいます。我々だけでできることは限られています。全世界のパートナーと共創しながら、構想実現に向けて、一歩ずつ進んでいきたいと思っています。
(聞き手:上野直彦 写真:片桐寿憲 デザイン:星野美緒 編集:樫本倫子)