日本の優秀な人材が、なぜ今アジアに集まるのか

2018/3/22
近年、日本では成長著しいアジアマーケットに魅力を感じ、移住し、就業したいというニーズが高まっている。しかし、アジアで展開する日系企業の現地採用が以前より簡単になったわけではない。むしろ、さらなる発展に向け、「優秀な日本の人材」の獲得に奔走しているという。採用競争はアジアでも激化していたのだ。
今、どんな人材がアジアに集まっているのか。アジアの日系企業が優秀な日本の人材を獲得するにはどうすればいいのか。激動のアジアでの就職・採用の実態を探る。

これからの経験に価値を見出す若手、これまでの経験が活かせるベテラン層

中国、ベトナム、インドネシア、タイ、香港、シンガポール、インド。今、ここには、成長著しいアジアマーケットに魅力を感じたさまざまな年代、職種の日本人が、現地法人の「直接雇用」の門を叩いている。
「日本から派遣される各社の駐在員がいまだに多数を占めますが、早いタイミングで希望する国で就業できる現地法人の直接雇用にチャンスを見出す人も多い。ある程度語学力があり、海外、特にアジアでグローバルな経験を積みたいという人は確実に増えています」
このように求職者の動向を分析するのは、転職・採用エージェントとしてアジア各国に拠点を設けるRGF HR Agent事業責任者・橘宏喜氏だ。
「アジアは急成長の真っ直中にあるポテンシャルの高いマーケットです。そこで、さまざまな国籍や異なる価値観を持つ人々と協働しながらビジネスを完成させていくのは、日本ではできない刺激的な経験。
特に若手にとっては、速いスピードで変化・伸長するビジネスに貢献し、日本で働く以上に早い段階で裁量を持って仕事を任されるのも魅力のひとつでしょう」(橘氏)
就職先として人気なのは、都市が発展しており生活水準の高いシンガポールや香港で、金融やコンサルティング、アジアの統括拠点の企画業務などの求人が多い。ただし、求められる語学や専門的スキルのレベルも高く、競争率も激しいのが特徴だ。
就職先として多いのは、タイ(バンコク)、ベトナム、中国(上海、広州、深セン)。
すべての国において一定の語学力は大前提となっており、中国なら中国語、東南アジアは英語が話せることが求められる。単純な日本人対応窓口は、日本人から「日本語が話せるローカル人材」にリプレイスされる傾向にあるのだ。
「アジアで働くことを希望する年代は大きく二分されます。ひとつは、経験・スキルを磨きたいと考える20〜30代前半の若手。もうひとつは定年を見据えた40代後半以上のベテラン層。
なかには、これまでの製造生産管理のキャリアを活かし、70歳で中国のローカル企業に就職した方もいます」とは、RGF HR Agent アジア就職支援デスクの責任者を務める細田裕子氏。
若手にとって、成長スピードの速いアジアは、責任ある仕事を任せてもらえるチャンスが多い場所。彼らは片道切符でアジアに転職するというよりも、海外就労を自身のキャリアアップのひとつの手段と捉えている。
一方、ベテラン層にとってアジアは、これまで日本企業で習得した技術や経験を活かして「プレイング・マネージャー」として働ける場所。どちらにとっても、やはりアジアは魅力的な就職先なのだ。

アジアで多様化する採用ニーズ

このように聞くと、日本人のアジア転職は以前より選択肢のひとつとしての認知が高まってきていると思われるだろう。一方、日系企業の採用の動向はどうなっているのだろうか。
「アジア全体としての日本人採用のニーズは、マーケットの成長に伴い確実に高まっています。
ただし、一口に採用といっても、その企業の所在国・都市、規模、対象マーケット、企業成長フェーズの違いによって、採用対象はさまざま。さらなる発展に向け『優秀な人材』の獲得を目指し、日系企業の採用も多様化しています」(橘氏)
たとえば、日系企業を中心にビジネスを進めている企業であれば、日本本社との安定した連携の担保、および取引先の日系企業との関係性強化といったことを採用目的とするケースが多い。
そのため、営業、技術職、バックオフィス(経営企画・経理・人事・事務・通訳)など職種も幅広く、日本人求職者にとってもキャリア選択の可能性が広がる。
一方、現地での歴史が長い企業になると、現地マーケットでの事業成長がミッションとなる。
すると、日系企業だけにとどまらず、ローカル企業や欧米のクライアント対応までこなせるようなマネジメントクラスのスキル、専門性の高いプロフェッショナルを求め、現地のマーケットを熟知したローカルのシニア人材を採用するケースも多い。
では、日本人人材の採用について具体的にどんな求人があるのか。
「アジアに製造拠点を置く製造業は多く、求人も多い。そこでは製品の品質確保に日本の品質管理手法や技術を取り入れたいという要望も強く、技術職、マネジメントクラスの求人も目立つようになりました。
また、財務・経理関連の職種は、所在国や企業の進出フェーズに関係なく、あらゆる日系企業で常に求められています」(細田氏)
特に中国では、優秀な技術者の争奪戦が激しく、ローカルメーカーの品質管理・生産管理、半導体関連の設計技術者などの募集も多いという。
「なかには年収1000万円以上という求人や、優秀な人材であれば日本以上の年収を提示する企業もある」(橘氏)と聞けば、いかにアジアでの「優秀な人材」の獲得に企業が注力しているかわかるだろう。

アジアでの「働く」「採用する」を結ぶ

RGF HR Agentは、これまでにも「アジアで働きたい」求職者と、「現地で採用したい」企業のニーズを結んできた。アジアで働きたい日本人・日本語人材のデータベース数は最大規模を誇る。
「私たちの強みは、アジアの採用マーケットに精通し、アジアの主要都市を網羅するネットワークを持っていること。人材が国境を越えて働く機会が日本人のみならず増えている今こそ、このネットワークを駆使して、ひとつでも多くの出会いを生み出していきたいです。
また、各国にいる、現地に精通したリクルーティングアドバイザーは、在アジア日系企業の抱える課題や現地マーケットのトレンド、求職者の実際の動向をもとに、採用のアドバイスを行っています。
中国やタイでは、リクルートマネジメントソリューションズが展開し、教育研修の導入や評価制度の見直し等のサービスも実施しています。
今後も各国毎にサービスを磨き、国境を越えた連携を加速させることで、グローバル企業、人材から必要とされ続けたいですね」(橘氏)
2006年の中国進出以来、進出地域の拡大や、CDSi(日本) BóLè Associates(中国)、BRecruit(中国)、NuGrid Consulting India(インド)の買収を通じ、アジアの11の国と地域、26都市、45拠点で事業を展開。
経済成長を続けるアジア地域において、役職・経験年数・専門性を問わず、グローバルな経験を求める転職希望者の動きが活発化する一方、国・地域の枠を越えて、多様な人材を採用しようとする企業も増えている。
こういったアジアの採用ニーズに対応するため、2018年4月よりこれまで7つだったブランドを上記の3つのブランドに統合した。
また、以前より問題として挙がってはいたが、「良い人材が採用できない」、「せっかく育てても辞めてしまう」、「管理職層やその候補が確保できない」と嘆く在アジア日系企業の声は依然として多い。
よくある原因のひとつは、人事制度や処遇の作り込みの不十分さ。日本のモデルを参考に作られており、各国の情勢や自社の状況に応じたものになっていないのだ。
「採用競合が日系企業だけなら、それでいいかもしれません。ですが、成長中のアジアでは欧米系企業やローカル企業の台頭も目につきます。そのなかで、優秀人材に相対的な魅力を提示できているのか。
給与等の人事制度だけでなく、発展空間や組織風土、評価・表彰制度、福利厚生、様々な工夫を凝らしてこそ、良い採用ができる。
たとえば弊社では、希望者及び育てていきたい層には、都市や国をまたいだ異動等も行っています。細田も、中国→ベトナム→ベトナムCountry Head→日本支社立ち上げと、様々な機会を掴みとったうちの一人。
優秀な人には相応の職務と評価を与え、優秀な人材の発掘、育成を場当たり的ではなく狙ってやる。この部分をきちん作りこめている会社は強いと思います」(橘氏)
人材獲得競争もグローバルになったこの時代、「日本のスタンダード」を押し通せば世界に負けてしまう。徐々にではあるが、駐在員の帰任のタイミングで現地採用者を幹部ポジションに昇格させる、幹部を現地採用するといったケースも増えてきた。
日系企業にも、グローバルで戦う意識が根付いてきたということだろう。

アジアで働きたい日本人の背中を押す

一方、アジアでキャリアを積みたい日本人に対してリアルな情報を提供するのが、細田氏の所属する「アジア就職支援デスク」だ。
「アジア就職支援デスクは、『現地の事情を直接聞きたい』という声にこたえ、日本にいる求職者向けのサポート拠点として今年1月に東京にオープンしました。
①中国、東南アジアに拠点を持ち、圧倒的な求人情報を持つ
②各国にネットワークがあり、特定の国への就職相談に限らず、複数の国でのキャリアアップを見据えた相談が可能
③キャリアアドバイザーが海外勤務経験者で、実体験や生の声を聞くことができる
という特徴があり、採用情報はもちろん、海外で働くための就業ビザや生活全般、将来設計などもトータルでサポートします」(橘氏)
海外未経験者にとっては、「現地に問い合わせをする」ということ自体がハードルになる。アジア就職支援デスクを東京に置くことで、日本にいる求職者が「最初の一歩」を踏み出しやすくなったのはたしかだ。
また、各国の拠点にいるリクルーティングアドバイザーとアジア就職支援デスクの連携により、複数の国にまたがって条件を比較しながら就職先を決めることができるというメリットもある。
「アジアでの2~3年間の就労経験を活かし、日本でのキャリアアップに成功した事例も増えています。
たしかな経験とスキルさえ身につければ、転職時に評価してもらえるという安心感は、『アジアでの転職』というトレンドを後押しするきっかけになるでしょう」(細田氏)
(編集:大高志帆 構成:工藤千秋 撮影:露木聡子)